LOMICO https://lomico.jp 読みたいマンガと「読み方」が見つかるマンガ情報サイト- LOMICO(ロミコ) Mon, 04 Mar 2024 07:08:30 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.3 https://lomico.jp/wp-content/uploads/2020/09/cropped-siteicon_lomico.fw_-1-32x32.png LOMICO https://lomico.jp 32 32 『不死と罰』――ゾンビが蔓延る世界で生き続ける罪深き青年。この状況は罰なのか、彼と世界を待ち受けるものとは…… https://lomico.jp/review/4632/ https://lomico.jp/review/4632/#respond Mon, 04 Mar 2024 07:07:41 +0000 https://lomico.jp/?p=4632

ある日突然世界に“生ける屍”が溢れる恐怖、生き残る術はあるのか 想像もし得ない出来事に見舞われた時、メタ的な視点が無い限り真実は分からない。例えば、私たち日本人には身近な地震。テレビやラジオなどのメディアを確認しなければ […]]]>

『不死と罰』(佐藤健太郎/秋田書店)

ある日突然世界に“生ける屍”が溢れる恐怖、生き残る術はあるのか

想像もし得ない出来事に見舞われた時、メタ的な視点が無い限り真実は分からない。例えば、私たち日本人には身近な地震。テレビやラジオなどのメディアを確認しなければ、自身がどのような状況に置かれているかは分かりようがない。そもそもメディアがなければ、目の前で起こることこそが全てだ。

それが未知の生物やウイルスによるものであれば尚更。訳の分からないまま奇怪な事態に飲み込まれ、何とか順応していく他ない。「一体何故こんなことが」と理由を探ったところで、分かるはずもない。『不死と罰』は、無知のウイルスによるゾンビが生まれた世界で、生き残った者たちの奮闘を擬似体験できるユニークな作品である。生存者視点のため、変わりない日常の中で突然ウイルスが蔓延し、あっという間にゾンビ世界に放り込まれる。現実に起きる出来事でないとは言い切れない。変異に前触れはなく、理由も解決法も知りようがないのだから。

主人公のミナト(自称)はラブホテルに滞在中、屋外で凶暴化して不死になる未知のウイルスが蔓延していることを知る。許されざる罪を背負った主人公は生き続けることを決め、清掃員、アイドル、ヤクザなどホテル内の他の生存者と出会い、協力しながら生きる術を模索する。

正体を隠す主人公は、現状は重罪を犯した自身に与えられた罰だと捉え、償い続けるために生きようとしている。ウイルスとは別に、そんな彼を狙う者たちがいた。果たしてミナトの正体は、この世界が辿る道筋とは……。

著:佐藤健太郎
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ゾンビを扱った作品としても見事だが、卓越した人間ドラマこそ見どころ

数あるゾンビ(生ける屍)を扱った作品のひとつだが、本作にはタイトルから伺えるように「罪と罰」という重たいテーマが根底にある。

濃く力強い作画はイラストチックながらリアリティがあり、動画とは異なる漫画の魅力が詰まっている。意思に反して動き回る体の描写は素晴らしく、細やかな線や凹み、言葉とも取れないセリフ、主張するオノマトペが甚だ効いている。妙な現実味を纏い、人が人に喰われる恐ろしさが湧き上がってくる。現代に即した世界観のため、テレビやSNSといったメディア描写がとにかくナチュラルで無意識のうちに引き込まれる。作中で、自らインターネット検索しているように現状や主人公の罪が明らかになってゆく様も真実味があって面白い。この世界に突然ゾンビが現れた時の恐怖はこのような感じなのかもしれない。

屈強かつスピード感のあるゾンビの恐ろしさと迫力は凄まじく、単純なゾンビ漫画としても秀抜。凶暴化、音や光に敏感、脳が弱点など一般的に知られるゾンビの特徴を持ち合わせており、ゾンビとの戦いも見どころなので、ゾンビ作品ラバーにもおすすめできる。とはいえ、本作の魅力は何より人間ドラマにある。生存者の誰もが人間らしく、異なる過去、多彩な考えを持っている。セリフや行動、フラッシュバックによってその個性が巧みに描かれており、興味を掻き立てられる。あなたが生存者なら、どんな風に描かれるだろうか。極限状態でこそ、その人間の本質が見えてくる。現実では起きて欲しくない窮地での人間ドラマこそ面白いものはない。他人事として楽しめる創作物に感謝したい。

少しずつ明かされる主人公の悍ましい罪、それにまつわる密謀。

主人公の起こした事件は惨く、現在の彼からは想像もつかない。彼がなぜ殺人鬼になってしまったのか、彼を狙う人々の企ての内容とは、そもそもウイルスはどこから来たのか。奥深い謎はまだまだ残されている。今後も長くよりディープに味わえそうな本作。ダークコミックファンには刺さりやすい作画と内容だと思うので、ぜひリアルで没入度の高い世界観にハマってほしい。

スプラッター&ダーク描写に定評あり、刺激を求める読者に刺さる1冊

『不死と罰』は、佐藤健太郎氏による、深い闇を抱えた青年が絶望の中でもがき生きる様を描いたサスペンスヒューマンドラマ漫画である。秋田書店による月刊少年漫画雑誌「別冊少年チャンピオン」にて2021年より連載、未完、既刊5巻。

言わずと知れたスプラッター、ダークファンタジー系漫画の名作『魔法少女・オブ・ジ・エンド』(秋田書店)の佐藤氏による本作。紹介が憚られるほどスプラッター度の高い代表作だが、今回はそこまで残虐度は高くない。とはいえ、文章による強烈な残酷表現や鮮血の飛び散る殺戮シーンはあるので耐性のない人には注意が必要。佐藤氏の作品は秀逸なスプラッター要素はもちろん、見事なドラマ表現がとにかく圧巻なので読んで損なし! ページをめくった際の血飛沫で嫌厭してしまっているなら実にもったいない。アートな要素さえ含んでいるので問題ないはずだ。

筆者が気になるのはかつての主人公と、ストーカーの方がよほどマシだと思わせるほどに愛の重いヤクザ・風張。作中において彼らの人間性がどう変わってゆくのかも気になるところだ。生存者と世界に訪れる、考え尽くされたエンディングに期待したい。

著:佐藤健太郎
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『ぼくらはみんな*んでいる』――「生きるように死んでいる」彼らはきっとぼくらと裏表 https://lomico.jp/review/4624/ https://lomico.jp/review/4624/#respond Tue, 27 Feb 2024 05:47:46 +0000 https://lomico.jp/?p=4624

「最近多いですよ。死んだことに気付かない人」――“死んで生きる”ことで変わらないもの、変わるもの 「あー……あなたとっくに死んでますね」。ブラック企業に勤めて5年。理不尽な仕事量に追われ深夜の帰宅が続く会社員の砥山紘一( […]]]>

『ぼくらはみんな*んでいる』(金田一蓮十郎/スクウェア・エニックス)

「最近多いですよ。死んだことに気付かない人」――“死んで生きる”ことで変わらないもの、変わるもの

「あー……あなたとっくに死んでますね」。ブラック企業に勤めて5年。理不尽な仕事量に追われ深夜の帰宅が続く会社員の砥山紘一(とやま・こういち)は、同僚に顔色の悪さを指摘され病院に行ったところ、医者に「死んでいる」ことを告げられた。恐らく過労死で、死後1週間。いわく「最近多いですよ。死んだことに気付かない人」だそうだ。干からびるからと水分だけは摂るように言われ、防腐剤を処方されて「お大事に――」。「……お大事にっておかしくない?」。

世界には、10数年程前から未知のウイルスが蔓延している。特になんの症状もなく、死んだときにだけそのウイルス由来の特異な状態になる。これが砥山も蝕まれた、いわゆる「ゾンビ化」だ。とはいえ、映画やドラマで観るような、“いかにも”なものになるわけではなく、死んでもこれまで通り過ごす人がほとんど。しかし “死んで生きる”ためにもお金はかかる。砥山は夜空を見上げ思う。「俺死んだのに明日も普通に会社行くのか……」「……まぁいいか」。

著:金田一蓮十郎
¥730 (2024/03/12 22:31時点 | Amazon調べ)

ゾンビになって「初めて死んだ実感がした」のは……? 不思議な「死」を“生きる”人々

無気力な暮らしぶりで、夢も希望もなく「死んだように生きている」……「死んでいるも同然」の“ゾンビ”のごとき人物がいるとする。そんな人物が叱咤されたり、何らかのきっかけで自ら活力を取り戻すことで“生”に立ち直る展開は、こと創作の世界においてたびたび見かける筋書きだ。では、人並みの暮らしを送り、人並みに夢や希望を持つ「生きるように死んでいる」……「生きているも同然」の“ゾンビ”が“生きる”先には、はたして何が待つのか。

昨年も『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』(原作・⿇⽣⽻呂、作画・⾼⽥康太郎/小学館)がTVアニメ化と実写映画化を果たすなど、「ゾンビもの」といえばマンガでもすっかり定番化し、次々と新作やメディアミックスが行われる人気作が出るジャンルだ。『ぼくらはみんな*んでいる』も同ジャンルの一作なのだが、必然的に非日常が介在する設定にも関わらず、どこか身近さを感じる“ゾンビ”の平熱感ある日常を描く内容が独自の魅力を醸す。

かくして“ゾンビ”と化した砥山は冒頭の成り行きを経て、それでも引き続きブラック企業勤めの会社員として“生きて”いく。「自分の死亡届を出す」という本作ならではの行動を起こすなかで、「自分ちょっと前に死んでたみたいで」と切り出すしかない砥山の姿は不思議な笑いを生む。その後砥山は、やむを得ず職場にも“死んだ”ことを打ち明けるが、それによって労働環境が改善され、あまつさえ恋人までできてしまうという展開は面白くも皮肉だ。砥山は「どうしようもない日々が反転した」ことで、「初めて死んだ実感がした」と独白する。

ある「死」に接した我々は、それでも続く「生」を送るなかで、ふとその「生」が以前のそれとは大なり小なり異なることを感じる。しかし、やがてそんな「死」の違和感も「生」に折り込み、「死」も内在した「生」こそを「生」としていく。反転した日々、つまり非日常が日常になるのだ。作中の不思議な「生死」も、その実は我々と裏表というのが味わい深い。

その瞳孔が開ききった眼差しは何を見る――「死」んで色づき始める「生」

本作はオムニバスということで、第1巻には砥山のほかにも殺人事件の被害者となった女子高生・杏野晴美のエピソード、社内恋愛を経て結婚するも愛憎の果てに……な合川夫妻のエピソードも収められている。晴美の話も続刊に向けて気になる展開を見せるが、合川夫妻の話は本作ならではのオチが付き、本作らしい苦笑い感とどこか気味の悪い読後感が一段と色濃い。表紙の晴美の瞳孔が開ききった眼差しは、読了後もどうにも頭から離れない。

著:金田一蓮十郎
¥730 (2024/03/12 22:31時点 | Amazon調べ)
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鉄分薄目な『鉄道少女漫画』シリーズは鉄道系漫画の異色作!? https://lomico.jp/review/4615/ https://lomico.jp/review/4615/#respond Mon, 19 Feb 2024 09:15:53 +0000 https://lomico.jp/?p=4615

『鉄道少女漫画』は、鉄道系漫画にありがちなディープ&マニアックではなく、ふわっとした情景や暖かな心情が独自の世界観を生み出している短編作品集です。鉄道好きだけでなく、恋愛系や日常系作品が好きな方にもお勧めな、その魅力とは […]]]>

『鉄道少女漫画』(中村明日美子/白泉社)

『鉄道少女漫画』は、鉄道系漫画にありがちなディープ&マニアックではなく、ふわっとした情景や暖かな心情が独自の世界観を生み出している短編作品集です。鉄道好きだけでなく、恋愛系や日常系作品が好きな方にもお勧めな、その魅力とは……。

BL系で人気の作者が手掛けた鉄道漫画!?

『鉄道少女漫画』と、同書に収録された『君曜日』の作者は、中村明日美子。この名前を見てピンときた方は、タイトルの“鉄道”に「エ?」と思われるかもしれません。

中村作品といえばBL系、ボーイズラブや(その香りを漂わせる)少女漫画といった女性向け作品が多く、イメージからすれば違和感も当然でしょうか。

アニメ好きな方には、奇才・幾原邦彦とコラボした『ノケモノと花嫁 THE MANGA』(原作・幾原邦彦、漫画・中村明日美子/幻冬舎)も印象的なはず。その幾原作品イメージからも、“鉄道”は連想しにくいキーワードで……。

本作の作画も、いわゆるBL系。好きな人は好きでも、ダメな方はダメ。コミックス表紙や作品1ページ目を見ただけで、好き嫌いが分かれる絵柄だといえます。

作画自体は丁寧で好感を抱けるものですが、そこで抱く違和感を、自分の中でどう処理するか。その方法論次第で、本作に向き合う姿勢は大きく変わるでしょう。

著:中村明日美子
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BL要素がない中村明日美子作品の味わい

『鉄道少女漫画』の舞台は、東京の大手私鉄・小田急電鉄を走る特急ロマンスカー。一口に「ロマンスカー」といっても、「はこね」「さがみ」「えのしま」「ふじさん」と、さまざまな特急列車が走っています。

その車内でスリを働こうとした少女が、ある男と出会います。男は妻と弟の不倫を疑い、妻の後を追ってロマンスカーに乗り込んでいました。

このように基本設定からして滅茶苦茶なので、その時点で引いてしまった方はアウト。中村作品らしい深みあふれる(=あふれすぎる?)恋愛物語を彷彿させる始まり方で、1ページ1コマごとに読者の取捨選択が進む作風ともいえそう。

ここまで読者を選ぶ作風は、ある意味、他に類を見ない潔さでもあるわけで……。

彼女は壊れかけていた夫婦関係を修復するキューピット役なのですが、ウジウジした夫(=兄)と理想的イケメン像な弟の対比&関係性など、物語は濃厚な少女漫画的恋愛観とともに展開していきます。

兄弟の姿にはほのかなBL感も漂わせますが、筆者も苦手なBL展開はありません。いわば、“BLがない中村作品”と評すべきでしょうか。

西村京太郎トラベルミステリー風な鉄道ネタも

その物語には、半ば唐突に鉄道(時刻表)ネタが登場します。新宿発の特急を途中駅で下車した彼女&夫(兄)が、急行や後続の特急を乗り継ぎ小田原で追いつくという、西村京太郎作品の鉄道トラベルミステリーで描かれるような時刻表トリックが。

作者自身が小田急好きと語るだけに、複雑怪奇な小田急のダイヤを巧みに用いた作品だとも。ロマンスカー車内や各駅の描写にもこだわりが感じられ、鉄道好きなら思わずニヤリとしそう。

が、そこで鉄道ネタに期待すると、肩透かしを食らいます。『鉄道少女漫画』に収録された他の短編や、その続編のようなシリーズ『君曜日』各巻にも、それ以上の鉄道ネタは登場しません。

『鉄道少女漫画』の短編のスピンオフである『君曜日』は、鉄道好きな女子中学生の主人公+彼女が憧れる既婚者オジサマ+彼女に想いを寄せる同級生男子が繰り広げる、ちょっぴり切なくて淡い恋愛物語。

秩父鉄道や大井川鐡道のSLや鉄道模型がストーリーに幅を持たせますが、“鉄分”(鉄道趣味)は限りなく薄いもの。タイトルの『鉄道少女漫画』は、鉄道好きからすれば正直どうなのだろうとも思いますが……。

なので本作は、「ほのかに甘く優しい恋愛模様をゆるふわな鉄道情景とともに楽しむ」作品だと考えたほうが良いでしょう。

逆にいえば、鉄道にまったく興味がない方でも十二分に楽しめる、幅広い層が読みやすい作品だともいえます。タイトルの“鉄道”は気にせず、作画タッチや見た目の雰囲気から選んでも間違いはないはずですよ。

著:中村明日美子
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『COSMOS』――宇宙人専門保険会社というアイデアがアトラクティブ! 嘘を判別できる高校生と宇宙人の保険調査員が織りなすドラマに深み https://lomico.jp/review/4609/ https://lomico.jp/review/4609/#respond Thu, 15 Feb 2024 07:56:48 +0000 https://lomico.jp/?p=4609

嘘が見抜ける能力を持つ主人公と宇宙人の遭遇が巻き起こすのは? 『べるぜバブ』(集英社)などで知られる田村隆平が手がける本作の冒頭は、わずかな確率の不幸にかける「博打」があり、それは「保険」だと表現することで幕開け。保険に […]]]>

『COSMOS』(田村隆平/小学館)

嘘が見抜ける能力を持つ主人公と宇宙人の遭遇が巻き起こすのは?

『べるぜバブ』(集英社)などで知られる田村隆平が手がける本作の冒頭は、わずかな確率の不幸にかける「博打」があり、それは「保険」だと表現することで幕開け。保険に関するストーリーなのかと思い読み始めると、主人公は「人が嘘をつくと臭いでわかる」能力を持った高校生・水森楓であり、なにげなさそうな日常生活の描写が続いていく。……と思いきや、音信不通となっている同級生・相澤の自宅を訪ねたところで事態は一変していく。

相澤宅の前に取り立て屋風の人相悪めな人たちが立っており、その後ちょっとした出来事があった後、男たちは消え、ひとりの女子高生が現れる。相澤に金を貸しているという彼女とともに部屋の中に入ると、そこには相澤の姿をしたミイラならぬ“抜け殻”が。そして女子高生・穂村燐が言うには、相澤は「地球外生命体」であり、彼女は宇宙人専門の保険調査員なのだという。そして、それらが嘘ではないことを、水森楓は自身の能力ゆえに理解する。

まさに主人公の設定をきれいに活かしつつ、読者にも想像の上をいく展開で楽しませてくれる。単行本第1巻の帯で『BLEACH』(集英社)などで知られる久保帯人が絶賛していたが、冒頭のフリで思いっきり引きつけられ、そこから怒濤の引きで第1話のクライマックスまで一気に突っ走る。たしかに読んでいて爽快で、続きが素直に気になる。

著:田村隆平
¥693 (2024/03/15 21:30時点 | Amazon調べ)

事態解決やアクション痛快さに彩られたキャラエピソードが◎

水森楓は嘘を見抜く能力を見込まれ、穂村燐に保険調査員(オプ)にスカウトされる。穂村燐らの説明によると、地球にはかなりの数の異星人が来ており、宇宙人専門の銀河金融保険公社「COSMOS」は世界中に支部があるという。この設定は現在の日本が置かれているインバウンド的な状況に近く、対象が宇宙人になっただけだと思うと、規格外ではあるが飲み込みやすい設定だ。こうした会話中も水森楓は穂村燐の言葉に嘘の臭いを感じないのだが、何度も念押しされると、何もないのだろうがいろいろな意味で正直気になるところではある。

その後、実際に仕事に立ち会いながら見学していく中で、大立ち回りあり、嘘を臭いで見破るなど、一見すると宇宙警察的な勧善懲悪なストーリーが展開していくのかと思いきや、エピソードは思いのほかヒューマン(相手が宇宙人なので合っているかは謎だが)な描写もある。続くエピソードでは水森楓が嘘を見抜く能力があるからこそ抱いてきた思いについても触れられており、ドラマ的な読み応えも抜かりない。

嘘を見抜く能力や能力を使って事件を解決、さらに保険調査員を中心にした物語などはほかにもあるが、本作はそこに宇宙人を絡めているところが異色で斬新。能力持ちの地球人と宇宙人による保険調査員バディものというのは、何ともエキセントリックながら王道でもあり、さらに宇宙人たちの金銭の話という視点は想像がつかない。まだまだ既刊は1巻のみだが、この先どのような味付けを施したエピソードで楽しませてくれるのか期待が高まるばかりだ。

著:田村隆平
¥693 (2024/03/15 21:30時点 | Amazon調べ)
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『雨がしないこと』から学びたい価値観が異なる人同士の絶妙な距離感 https://lomico.jp/review/4602/ https://lomico.jp/review/4602/#respond Mon, 12 Feb 2024 02:42:22 +0000 https://lomico.jp/?p=4602

『雨がしないこと』は、第26回手塚治虫文化賞で短編賞を受賞したオカヤイヅミが贈る、「恋をしない」30歳・花山雨を巡る群像劇。2023年12月12日に上・下2巻が同時刊行された。雨自身と、雨と接点のある複数の人物の視点から […]]]>

『雨がしないこと』(オカヤイヅミ/KADOKAWA)

『雨がしないこと』は、第26回手塚治虫文化賞で短編賞を受賞したオカヤイヅミが贈る、「恋をしない」30歳・花山雨を巡る群像劇。2023年12月12日に上・下2巻が同時刊行された。雨自身と、雨と接点のある複数の人物の視点から、日々のあれこれが描かれる。筆者がこれまで紹介してきた作品と共通するのは、狂言回し的な存在である雨自身が主体となって、自らについて語る回も登場すること。東京の郊外(立川あたり)の古びた平屋に引っ越した雨の日々の暮らしがとても魅力的で、他の登場人物との、つかず離れずの程よい距離感も好ましい。「人との距離感」を切り口に本作の魅力を紹介したい。

花山雨を「アロマンティック・アセクシャル」とは定義しない新しさ

「恋をしない」という言い回しはふわっとしていてわかりにくいが、雨はきっと他者に恋愛感情も性的欲求も抱かない人……「アロマンティック・アセクシャル」という、性的マイノリティの人々をあらわす「LGBTQIA」のひとりと思われる。2022年に岸井ゆきのと高橋一生がダブル主演したNHKの連続ドラマ『恋せぬふたり』で「アロマンティック・アセクシャル」のふたりが描かれ割と一般的にも知られるようになったが、こういった言葉で定義づけされる以前は、雨のような人たちは「ちょっと変わった人」くらいの扱いで、本人は生きにくさを抱えながらも、別段注目されることもなかったはずだ。

実際、本作には「アロマンティック」や「アセクシャル」という言葉は一切登場しないし、他の登場人物たちがそういった言葉で雨のことを分類したりもしない。むしろ世の中で一般的とされる恋を「しない」雨のことを、少し都合よく感じているかのようにさえ映るくらいだ。なぜなら、恋愛相談をしても恋のライバルにはならないし、ひょっとするとそこには、「恋の楽しさも苦しさも知らないなんて、雨は人生を損している」という上から目線が含まれているとも言えなくはない。だが、当の雨自身は自らが性的マイノリティであるとも感じていないため、悲壮感がないどころか、飄々とマイペースに生きていて、とても満ち足りているように見える。それこそが、本作がいわゆる「時流に乗った作品」とは一線を画する、新しさを感じさせる点なのだ。

著:オカヤ イヅミ
¥862 (2024/03/18 19:45時点 | Amazon調べ)

花山雨を巡る人々の本音が駄々洩れすぎるがゆえの愛おしさ

ここで、ストーリーを簡潔に伝えるために、『雨がしないこと』下巻の冒頭を引用する。

「花山雨は三十歳になるOL。周囲から超マイペースの不思議な人と思われている。料理好き。そして、『雨ちゃんは恋をしない』。杉森トヨは雨の幼稚園からの幼馴染み。彼女は、恋人の顔が好き。剣菱京は雨と同じ職場で働く派遣社員で、上司の土井垣大介と不倫をし、契約を切られる。才木耕人は以前付き合っていた杉森トヨを通じて雨と知り合い、恋に疲れると雨に遭いに来る。原ノ井久四は一児の父。大学生の頃の雨と一度だけ『デート』をしたことを憶えている。広川晴江は雨の実母だが、今は再婚し、雨に自分を『晴江さん』と呼ぶように伝えた。花山雨を巡るさまざまな人生模様は、色めきざわめきながら、季節が変わるように移ろい流れてゆく。」

雨以外の登場人物たちの視点で描かれる章では、雨に対する感情がモノローグで駄々洩れになっていて、いわゆる“神の視点”で雨のことも彼らのことも観ている読者としては、自分勝手な彼らの考え方を目の当たりにしても、「人間なんて所詮こんなもんだよね。だってみんな自分が一番可愛いもんね。私だってそうだよ」と、妙に納得させられてしまう。

だが、その一方で、実は彼らの行動や価値観も、それぞれの家庭環境に起因していることが明らかになり、多かれ少なかれ人は縛られて生きていることを痛感させられる。だからこそ、時に周囲の反応に戸惑いながらも、自分らしい生き方を貫いているように見える雨に対し、「雨みたいに煩悩とは無縁の生き方が出来たら、幸せなんだろうな」と、まるでヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』(2023年)で、役所広司が演じたトイレの清掃員・平山に羨望のまなざしを向けるのと似たような感覚で、花山雨に憧れる人もきっと多いことだろう。

花山雨と剣菱京。嚙み合わないふたりの絶妙な距離感こそが本作の真骨頂

筆者が上・下巻のエピソードの中でもっとも興味をそそられたのは、まるで正反対の生き方をしている雨と剣菱京が、「どこまでいっても噛み合わない」にも関わらず、空気を読まない(読めない)雨ならではの距離感のバグのせいで、決して会社の近くでもない雨の自宅で、一緒にすき焼きを作って食べることになるくだり。筆者は雨と同じわけではないけれど、明らかに剣菱京サイドの人間ではないから、京が雨に対して抱いている本心は、まるで自分に対して言われているかのようにも感じられ、自分の中での当たり前が相手の当たり前ではないことや、心の中で思っているだけで面と向かっては本人に言わないケースが世の中にはこれほどたくさんあるのだということを改めて思い知らされて、とても興味深かった。

これを読んでもいったい何のことだか腑に落ちないという人は、騙されたと思ってぜひ本書を手に取ってみてほしい。「まずは様子見で上巻だけにしよう」と思っても、読んだら絶対下巻も読みたくなるはずだから、最初から2冊まとめて購入することをオススメしたい。

著:オカヤ イヅミ
¥862 (2024/03/18 19:45時点 | Amazon調べ)
著:オカヤ イヅミ
¥862 (2024/03/14 22:58時点 | Amazon調べ)
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『ブレス』——夢に向かって走り続ける若者たちの煌めく日々を描いたヒューマンドラマ。夢を持つことの尊さに気付くはず https://lomico.jp/review/4579/ https://lomico.jp/review/4579/#respond Mon, 05 Feb 2024 07:47:22 +0000 https://lomico.jp/?p=4579

夢を持つことの本質を思い出す、夢追い人たちの放つ輝き あなたには夢があるだろうか。叶うにせよ、叶わないにせよ、夢を持つのは素晴らしいことだ。夢は生きる糧になり、目的にもなる。 若い頃は無敵で、何者にでもなれるような気がし […]]]>

『ブレス』(園山ゆきの/講談社)

夢を持つことの本質を思い出す、夢追い人たちの放つ輝き

あなたには夢があるだろうか。叶うにせよ、叶わないにせよ、夢を持つのは素晴らしいことだ。夢は生きる糧になり、目的にもなる。

若い頃は無敵で、何者にでもなれるような気がしていた。大人になって、広い社会に出て、現実を知って、段々と夢を失ってゆく。何者にもなれない自分に気が付いて、絶望すら感じる。夢を持ち続けるのはとても難しい。しかしながら、夢のある人生は光り輝いている。この世の中に、夢を持ち続けている人はどれだけいるだろう。『ブレス』は、そんな夢を持つことの煌めきや苦しさを教えてくれる青春漫画である。

登場人物たちが過ごす日々があまりに眩しくて、何故だか涙が込み上げてくる。私は一体いつ夢を見失って、諦めてしまったのだろうと悲しくなった。人々の夢のほとんどは叶わない。夢を掴むのはひと握り。けれども、結果はどうあれ、夢のために努力した日々はいつまでも光り輝き、かけがえのない仲間を得て、いつの日か頑張った自分を認めることができる。夢のために努力した人は、本作に触れると、その眩さを懐かしく温かく感じることだろう。筆者のように夢から逸れた人は、説明しようのない感情に支配され、「過去に戻ってやり直したい」と切望するはずだ。

男子高校生で元モデルの宇田川アイアは、メイクアップアーティストになる夢を諦めかけていた。ある時、学園祭のアーティストコンテストに冴えないクラスメイトの女子・炭崎純と出場することになり、そこで純の魅力を引き出すメイクに挑戦する。ふたりは優勝し、アイアはメイクアップアーティストに、純はモデルになる夢を追うことを決意。アイアは渋谷にあるメイクスクール「MIRROR」で技術を磨きつつ“U21ヘアメイクコンテスト”での優勝を目指し、純はモデルオーディションに挑むことに。彼らの夢の行き着く先とは――。

著:園山ゆきの
¥759 (2024/03/13 11:54時点 | Amazon調べ)

夢のために努力する若者の姿に見る、人生を輝かせる方法

力強い線で描かれた作画は美しく、登場人物は誰もが麗しい。

必要な場面で丁寧に描かれた背景が現れ、豊かな表情や鮮やかなメイクを強調する場面では効果的に余白が使われていてメリハリが実に見事。喜怒哀楽や僅かに揺れ動く感情を繊細に映す表情描写は特に素晴らしく、彼らの毎日が鮮明に浮かび上がる。物語はサクッと進むが、人物の巧みな描写によって夢に向かい時に揺らぐ若い心は手に取るように分かる。

全ての場面に趣があり、夢の持つ輝きがしっかりと反映された独特で優美な世界が広がっている。

部活動をテーマにした青春漫画は多々あるが、具体的な夢に向かって努力する若者の姿を描いた作品はあまりないので心に刺さる。

アイアの夢はメイクアップアーティスト。現実に男性が多く活躍していることもあり、性別を意識させないところがまた良い。メイクをされるのは圧倒的に女性が多いのに、「メイクで人を○○にしたい」という強い思いに男女で変わりがないのも面白い。これまで筆者はメイクを疎かにしてきたが、本作を読むとメイクの持つ無限の力や、メイクでしかなし得ないものがあることに気付くことができる。メイクはどこまでも自由で、無二の個性だ。長い人生で行き詰まった時、メイクアップアーティストにメイクをお願いしてみたら本当の自分に気付くことができるかもしれない。私にも、あなたにも、当人では気付けない魅力がきっと隠れているはずだ。たかがメイク、されどメイクで人生は変わる。

本作の物語はキラキラと輝いている。登場人物の素材があまりに良く才能もあり、まだ挫折も少ないので共感できる部分は少ない。だが、共感性がなくとも、感情移入できなくとも、“夢追い物語”としては実に見事である。

地方出身ながら夢のためにもがく代々木ギンガ、モデルとしての夢物語は終わりだと考えている北山由希子の各ストーリーはあまりに眩しくて胸がいっぱいになってしまった。夢は確実に、それを追う人々の人生に彩りを与える。

時代は変わった。これからも変わる。SNSや動画配信サイトが全世界に広まったように、これからまた新しいプラットフォームが生まれる可能性もある。夢を叶える手段も、努力をする方法も増えるばかりだ。国籍、性別、年齢問わず、努力していれば誰かの夢はきっと叶う。それはもしかしたら、あなたの夢かもしれない。

目標に向かって懸命に頑張る人々の美しさを教えてくれる

本作は、講談社による月刊漫画雑誌「少年マガジンエッジ」にて2022年より連載され、未完、既刊4巻。「少年マガジンエッジ」の休刊に伴い、「月刊少年シリウス」へ移籍。

若さ溢れる青春の輝きが目に沁みる素敵な作品。

自分にはなかったキラキラの青春を羨ましく思うも、あまりに完成されていて悔しさや妬みは浮かばない。まだ若い皆さんにとっては、夢を持って努力する喜びを知るきっかけになることだろう。努力できる対象であれば夢は何だって良い。行動を起こす前から「どうせ叶わない」と諦めるのは勿体無い。

もう若いとは言えない夢を失ったみなさんにとっては、再び夢を見てみようと思うきっかけになるはずだ。目標に向かって努力する姿は美しい。たとえ夢が叶わなくとも、その過程は財産となり、「いい人生だった」と思わせる経験となるはずだ。今こそ、あなたなりの夢を描こう。

著:園山ゆきの
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『路傍のフジイ~偉大なる凡人からの便り~』彼は“つまらない人間”なのか。誰もの映し鏡たりうる男の生きざま https://lomico.jp/review/4574/ https://lomico.jp/review/4574/#respond Tue, 30 Jan 2024 09:16:42 +0000 https://lomico.jp/?p=4574

40過ぎで非正規、独身……やたらと気になる“かわいそうな人”藤井さん 「つまらない……目に映るすべてが」。家を買う。2人目が産まれる。ゴルフを始めた。今乗っている車は。そんな話題ばかりが飛び交う友人の結婚式を作り笑いで乗 […]]]>

『路傍のフジイ〜偉大なる凡人からの便り〜』(鍋倉夫/小学館)

40過ぎで非正規、独身……やたらと気になる“かわいそうな人”藤井さん

「つまらない……目に映るすべてが」。家を買う。2人目が産まれる。ゴルフを始めた。今乗っている車は。そんな話題ばかりが飛び交う友人の結婚式を作り笑いで乗り切った帰り、その輪で唯一の独り身であった若手会社員の田中はふと脳内で独り言つ。そんな彼には、最近どうも視界に入りがちな同僚がいる。40過ぎで非正規社員、独身の“どう見てもサエない”藤井だ。「この人に比べたら俺はまだマシだ」。田中は藤井という“下”の存在を慰めにしていた。

「藤井さん…?」。そんな折、田中はある休日に近所でたまたま藤井を見かけた。コロッケを買い食いして歩くその背を、思わず尾け始める。公園の池で見つけた、亀の甲羅に書かれた落書きを消す。公共施設で親子連れ向けの展示を眺める。洋菓子店でケーキを選ぶ。……日が暮れるまでそんな藤井を見届けた田中は「ムダな休日を過ごしてしまった」と後悔。しかし帰ろうとしたその時、路上でいざこざに巻き込まれ負傷した藤井に、ついに田中は声をかけた。

著:鍋倉夫
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他人が基準の“物差し”に囚われる日々――顧みるきっかけは「孤独な中年男」

最近の小中学生は辛そうだ。「見習え」と、国外の最上位リーグで歴史を塗り替える活躍を続ける、かの著名スポーツ選手の姿勢をしきりに刷り込まれるらしい。23年末、X(旧Twitter)で注目されたポストに端を発する話だが、世界のスポーツ史に名を残すであろう人物を「真似しろ」と繰り返されるのはたしかに酷だろう。これは極端な例だが、こういった「ああなるべき・なってはいけない」などの他人が基準の“物差し”は、誰しもを取り巻くものである。我々は自ずから、もしくは外部的圧力によって、多かれ少なかれそれに囚われて生きている。

だが『路傍のフジイ~偉大なる凡人からの便り~』の藤井は、どうもそういった“物差し”を気にしない日々を送っていると見える。本作はそんな藤井を映し鏡に、彼に関わった人々が自らを縛る“物差し”を顧みる姿を描くマンガだ。中心となるのは藤井だが、物語は彼の周囲の人々の視点から描かれ、その内心が綴られていく。藤井“から”語られないところが良さだ。

冒頭に記したなりゆきから、実は近所に住んでいた藤井宅へと招かれた田中は、社内での姿から「なんかかわいそうな人」とのイメージを抱いていた彼への認識を変えていくことになる。室内は意外と普通。机には組みかけのジグソーパズルが広がっている。小説に昆虫の飼い方、DIYなどの本を揃え、聞けば水彩画や皿を焼く趣味まで。「なんか…人生楽しそうですね」。田中の皮肉交じりの言葉に、藤井は臆面もなく「はい。楽しいです」と答えてくる。

「そうやって自分に言い聞かせないとやってられないのかもしれないな」。それでも藤井に対する色眼鏡が外れない田中だが、これも趣味のひとつであるらしいギターの弾き語りの披露を頼み、その下手ながらも実直な演奏ぶりを横目に思い至った。「この人がつまらない人間に見えたのは、俺自身がつまらないやつだからだ」。演奏を見届けた田中の目から、ひと筋の涙がこぼれる。「また遊びに来てもいいですか?」。藤井にそう言い、田中は帰路に着く。

こうして“物差し”に変化の兆しが見られた田中を皮切りに、藤井の生き方は図らずも周囲に影響を与えていく。藤井と田中の同僚の女性で、ある事情から周囲、特に男性に関して“物差し”のある石川も、藤井に大いに感化されるひとりとなる。その一方で、そんな藤井に“しっくりこない”様子の人物も描かれるのは本作の誠実さだろう。やはり藤井らの同僚である矢部は、紹介した「良いやつら」と打ち解ける様子もなく帰っていく藤井の背を、頭を掻きつつ見送る。矢部の「無理してでも人に好かれたい」姿勢も、別に間違いではないのである。

実は掴みどころのない「自分らしさ」――藤井の生きざまに何を見るか

「自分のものなのに、他人が使うことのほうが多いものは何か?」という、よく知られたなぞなぞがある。答えは「名前」なのだが、鑑みれば「自分」とはことごとく外部との関わり、外部を基準にして規定されているものであり、実は「自分らしさ」とは霧や霞のようなものであると気付く。藤井は“物差し”を気にせず「自分らしく」生きている、と読みたくなるが、その実は“物差し”の設け方、「自分らしさ」の見出し方に非常に個性がある、ということなのだろう。感化されるも、感化されぬも良し。誰もの映し鏡となりうる藤井の生きざまだ。

著:鍋倉夫
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『ヨルムンガンド』は武器商人の北欧神話的ロードムービーかもしれない https://lomico.jp/review/4567/ https://lomico.jp/review/4567/#respond Thu, 25 Jan 2024 09:16:36 +0000 https://lomico.jp/?p=4567

2006年から2012年まで「月刊 サンデーGX(ジェネックス)」(小学館)で連載された『ヨルムンガンド』は、武器商人を題材にしたガンアクション。2期にわたってアニメ化される(TOKYO MXなどで放送)など、2000年 […]]]>

『ヨルムンガンド』(高橋慶太郎/小学館)

2006年から2012年まで「月刊 サンデーGX(ジェネックス)」(小学館)で連載された『ヨルムンガンド』は、武器商人を題材にしたガンアクション。2期にわたってアニメ化される(TOKYO MXなどで放送)など、2000年代序盤を代表するアクションドラマのひとつといっても良いでしょう。

“ヨルムンガンド”――語源は北欧神話に登場する大蛇の幻獣

“ヨルムンガンド”とは、北欧神話に登場する大蛇の幻獣・ミドガルズオルムの別名。

「五つの陸を食らい尽くし 三つの海を飲み干しても 空だけはどうすることもできない。 翼も手も足もないこの身では」

そう嘆く世界蛇ヨルムンガンドとは裏腹に、五つの陸をまたにかけ、三つの海を自在に渡り、空を飛ぶ翼まで手にした世界的な武器商人の物語が、本作『ヨルムンガンド』。兵器を売る場所なら何処へでも……鋭敏な嗅覚で世界各地へ飛ぶ武器商人の生き様を描く、タフ&ワイルドなドラマが繰り広げられます。

“ヨルムンガンド”といえば、アニメ作品『機動戦士ガンダム MS IGLOO』に登場したジオン軍の試作艦隊決戦砲を思い浮かべる方も少なくない? 第二次世界大戦時にドイツ軍が開発していた巨大砲がモデルとされますが、当時のドイツ軍には、もうひとつの“ヨルムンガンド”が存在しました。

アメリカ本土爆撃用に計画された重爆撃機ユンカースJu 390がそれで、実際には試作機が開発されたのみ。このJu 390こそ、『紺碧の艦隊』(原作・荒巻義雄、作画・居村真二/徳間書店)に登場するドイツ軍(架空)超大型六発重爆撃機“ヨルムンガンド”のモデルなのです。

などと、北欧神話だった“ヨルムンガンド”は、現代の戦争武器・兵器に例えられることも多いわけで。そんな背景を思い描きつつ本作『ヨルムンガンド』に触れると、また違った感覚が芽生えてくるかもしれません。

著:高橋慶太郎
¥693 (2024/03/19 08:30時点 | Amazon調べ)

「世界平和のため」兵器を売る武器商人

この『ヨルムンガンド』は、世界をまたにかけた武器商人(♀)ココ・ヘクマティアルと、彼女の傭兵部隊でボディガード的なポジションに就く少年兵・ヨナの世界行脚(武器売買)を描いた物語。

海運業で世界を席巻する大実業家一族でもあるココは、兵器運搬業=武器商人として裏世界で名を轟かす銀髪碧眼のカリスマ白人女性。

いっぽうヨナは、アジアの紛争地帯で両親を失い、幼くして山岳部隊(=ゲリラ)に加わった西アジア系孤児。両親を殺害した武器への恨み、憎しみは人一倍なものの、その頼もしさを誰より知っている少年でも。

両極端な二人ですが、なぜかココはヨナを愛おしみ、絶えず自分の傍に置きます。そんなココに戸惑いつつ、無感情に敵対する人間を撃ち殺し、自らの心と葛藤するヨナ。二人の微妙な関係性が、物語の根幹に謎めいた匂いを漂わせていくことに。

本作品では、人が当たり前に死にます。武器商人が行くところ、謀略や騙し合い、殺戮に奪略は当たり前。ココを守るヨナなど私設傭兵部隊と、戦争国家、ゲリラ、ライバルとなる武器商人が対峙し、ときに三つ巴ともなる戦闘最前線地帯が、武器商人の主戦場でもあるわけで。

ですが、彼らは戦場で平然と日常生活を送っています。「面白いから」ココについていくと語る彼らは、明日死ぬかもしれない日々を楽しみ、笑って過ごし……。その矛盾した姿は、ふざけたコミカルキャラな銀髪碧眼美女ココが、窮地で眼光鋭く狂気に満ちた表情に一変する様とも相通じます。

究極の矛盾と違和感、非日常性、やるせなさも漂う荒廃感など、高橋慶太郎作品の原点が『ヨルムンガンド』にある……とは、いい過ぎでしょうか。 ただし、本作は戦場での殺し合いを売りにした物語ではありません。ヨナに「なぜ武器を売るのか」と尋ねられたココは、「世界平和のため」と答えます。そんなココの想いこそ、本作ならではの独自解釈“ヨルムンガンド”であることが、作中で徐々に描かれていきます。

疾走感あふれるロードムービー的な世界観

ちなみに本作は、同時期に同じ「月刊 サンデーGX」で連載された『BLACK LAGOON』(広江礼威/小学館)とも比較されがち。でも、痛快アクション劇的なわかりやすさもある同作とは、本質が異なるのでは。両作品とも大好きな自分的には、比べて甲乙を考えること自体、間違いだと思うのですが。

一方で、本作のどこか映画的な作風には、同じく武器商人を扱う映画『ロード・オブ・ウォー』(2005年)などとも相通じるものが。武器商人の商売=旅が、ロードムービー的な感傷を引き出させる故でしょうか。

また、FNブローニング・ハイパワーMk3、FNCアサルト・カービン、H&K MP5-K、M733カービン、M24スナイパーライフル、H&K USSOCOM Mk23、グロックM26&M17など、ココの傭兵たちが愛用する銃器のマニアックさも、作品の魅力を深めています。

彼ら各人の背景には北欧神話的なエッセンスも感じられ、そこでもまた“ヨルムンガンド”の独自解釈が見え隠れし……。

彼ら傭兵9人の物語は、作者自身がコミックス1巻につき一人ずつ、10巻完結(最終的には全11巻)を想定していたことからもわかるように、疾走感に満ちたもの。無駄を省き、物語をヘンに引っ張らず、時に物足りなさすら感じさせる。読みやすく、読み始めると止まらなくなる『ヨルムンガンド』の本質は、そんな潔さにあるのかもしれません。

著:高橋慶太郎
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『新しいきみへ』――物語の開幕から終幕まで期待と興味をかき立て続けてくれる変幻自在な吸引力を持つ秀作【一気読みのすすめ】 https://lomico.jp/review/4562/ https://lomico.jp/review/4562/#respond Tue, 23 Jan 2024 05:49:04 +0000 https://lomico.jp/?p=4562

恋愛ものを入口にしながらその先に待つのは……? 追い続けている作品はどれも好きだし面白い。そんな読み続けていた作品が最終回を迎えたとき、一抹のさみしさは覚えてしまうものの、それでも「読んで良かった」と心の底から思えるのは […]]]>

『新しいきみへ』(三都慎司/集英社)

恋愛ものを入口にしながらその先に待つのは……?

追い続けている作品はどれも好きだし面白い。そんな読み続けていた作品が最終回を迎えたとき、一抹のさみしさは覚えてしまうものの、それでも「読んで良かった」と心の底から思えるのは、とても幸せだ。最近、そんな素晴らしい作品がまたひとつ。それが今回紹介する『新しいきみへ』だ。

第1話で主人公の高校教師・佐久間悟は、妻の浮気らしき現場を目撃。ショックから突発的に傷心旅行へ向かい、各地を転々とした結果、故郷の神奈川・小田原でひとりの少女と出会う。悟は不貞を働きそうになるも思いとどまり、日常へ戻るが、新学期、担任を受け持つクラスの生徒の中にその少女がいて……といった、いかにも恋愛ものテイストな展開で幕を開ける。

ところが、冒頭やその後にも差し込まれる、悟の夢に出てくる少女の存在が物語に不思議な彩りを添える。彼女は小田原で出会った少女と似ているものの、悟は会ったことはあるが誰だかは思い出せず、しかも夢の中で「きみはまた失敗した」と言ってくる。何とも言えない意味深さを醸し出し、読者の興味を思いきり惹きつけてくるのも見事だ。

著:三都慎司
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ストーリー展開と仕込みの巧みさに圧倒

第2話以降でも小田原で出会い、今は教え子でもある相生亜希(あいおい・あき)に訳知り顔で翻弄され続ける悟。亜希の小悪魔ぶりもさることながら、悟の慌てぶりも見ていてなんだか可愛らしい。このまま悟と亜希のやりとりを見続けるのも悪くないと思っていた矢先、第3話のラストでショッキングな描写が飛び込んできて、なにやら不穏な気配を漂わせてくる。

ここにきて第1話終盤で、ニュース音声として自然な形で流れていた新型ウイルスに関する話題も、小さな違和感から得体の知れない何かを暗示する要素へと一気に格上げして考察できる。読者の興味を引くのが実にうまく、恋愛もの要素を巧妙に隠れ蓑として先の展開を読めなくさせる手腕には惜しみない拍手を贈りたい。

毎話、悟と亜希を中心にストーリーが進んでいくものの、回を追ってもその全貌をなかなか見せない構成は、絵柄とスピード感、洗練された謎の散りばめ方などの相乗効果で素直に展開が気になり、心地いい吸引力にグッと魅了されてしまうのだ。

作品の「始まり」と「終わり」――いずれの読後感も爽快なのが◎

本作は2023年10月に発売された「ウルトラジャンプ」(集英社)の11月号で完結。その後、12月に最終巻となる6巻が発売された。連載中はもちろん、完結した今となってはインターネットで検索をかければさまざまな情報の入手が可能だが、できれば極力、前情報は少なくして読んでほしい。

今回紹介した内容から何となくどのようなジャンル要素が盛り込まれているか想像つく人もいるかもしれないが、そこは明言しないでおく。仮に明言したとしても、その想像を飛び越えたり飛び跳ねたり、ときには潜り込んだり、さまざまな手法で覆し、読み手を楽しませてくれるはず。しかも伏線の張り方と回収の仕方が、どこまでも健やかで爽やかな読み味がとてもいい。

タイトルの『新しいきみへ』に関しても物語途中できっちり明示し、そこに込められた意味がわかったときに生まれる感情も作品のスパイスとなり、切なさや愛おしさがあふれてくるのも興味深い。

最初から最後までスピードを緩めることなく駆け抜けた本作。欲を言えば各キャラクターへの深掘りをもう少し見たかったが、あえて走り続けたからこそたどり着いた境地、読後感、キャラクターたちへの想いがかけがえのないものに思えるのもまた事実だろう。最高のスタートダッシュからトップを守り抜き、素敵なゴールへとたどり着く。いつまでも読みたくなるし、繰り返し読みたくなる。完結をしたからこその一気読みをおすすめしたい。

著:三都慎司
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『取るに足らない僕らの正義』で気づかされた、人の感情や記憶に直接作用する曲のパワー https://lomico.jp/review/4556/ https://lomico.jp/review/4556/#respond Thu, 18 Jan 2024 09:16:17 +0000 https://lomico.jp/?p=4556

世間の認知度は低く、サブスク解禁もされていないが、一部の人たちから強く支持されているシンガーソングライターの多野小夜子が、唯一楽曲を公開していたSNSの投稿を全て削除した上で、突然姿を消した。小夜子の楽曲を自らの心のより […]]]>

『取るに足らない僕らの正義』(川野倫/トゥーヴァージンズ)

世間の認知度は低く、サブスク解禁もされていないが、一部の人たちから強く支持されているシンガーソングライターの多野小夜子が、唯一楽曲を公開していたSNSの投稿を全て削除した上で、突然姿を消した。小夜子の楽曲を自らの心のよりどころにしていた若者たちは、唯一信頼していた相手に裏切られたかのような気持ちになり途方に暮れつつも、それを機にこれまでの生活が少しずつ変化していく――。Webコミックメディア「路草」での川野倫の連載を1冊にまとめた単行本『取るに足らない僕らの正義』が、2024年1月11日に発売された。

宮崎出身の漫画家で、「ごめん」という別名義でも活動している川野倫。さまざまな音楽アーティストともコラボしているからなのか、「ごめん」名義の『たとえばいつかそれが愛じゃなくなったとして』(KADOKAWA)のレビューには、「back numberの曲が似合いそうな言葉」「クリープハイプの歌詞みたいな素敵な本」といったコメントが散見される。小説を楽曲化するYOASOBIのように、どこか楽曲を漫画にする感覚に近い部分もあったりするのかも……と思いつつ、最新作の『取るに足らない僕らの正義』の中にも、「音楽」が持ち得る、人の感情や記憶に直接作用するパワーを感じずにはいられなかった。

「切実な想いを綴ったラブソングとそれを歌う17歳の女の子。俺にはちっともわからない」

たとえばそれは、小夜子が突然“垢消し”したことに気付き、泣いてショックを受ける17歳の女子高生・明日花と、彼女が一方的に好意を寄せている、9歳年上の雅臣との間においては、こんな形で現れる。正直「泣くほどか?」と訝しがりながらも、「世界で一番好きな曲だから、雅臣くんにも好きになって欲しいと思っとったと……」と涙を見せる彼女を前に「じゃあ、明日花ちゃんが聴かせて。歌えるやろ、好きな曲なら」と促した雅臣は、日頃からギターを弾いている様子の明日花自身に、小夜子の歌を弾き語ってもらうことにする。

だが、明日花の歌を聞きながら「切実な想いを綴ったラブソングと、それを歌う17歳の女の子。こんな歌が泣くほど好きな女の子。俺にはちっともわからない。わからなくて、わからないことに、腹が立つのはなんでだろう――」と自問自答した雅臣は、日々怒ったり泣いたりしながら感情をむき出しに生きる明日花に対し、「もっと何かを諦めながら生きていかんと、そのうち壊れるよ」「好きな曲がひとつ消えても、世界の何も変わらんやろ?」「俺は、君みたいに不器用そうに生きとる人が嫌い……」と冷めた目線で説教し、激高した彼女に頭からジュースをかけられる。そして明日花は、ずぶ濡れの雅臣を前に「私は、そういう考えの方が嫌い。達観した気になって。色んな気持ちから逃げて。そういう大人には私は絶対ならん!」と啖呵を切り、「私は、大切なもののためなら、いくらでも傷つくと」と宣言する。

好きな曲がひとつ消えたとしても、自分を取り巻く世界は本当に何も変わらないのか――。

このふたりのやりとりを目にした直後、この章の冒頭に掲載された小夜子が作詞・作曲した楽曲「愛の上限」の歌詞を今一度振り返ってみたのだが、「正直共感できる要素は何もないな」と感じてしまった自分は、もはや雅臣サイドの人間なのだろう。だが、かつては(いや、お恥ずかしいことに、20代後半くらいまでは……)現役高校生の明日花と同様に、激情型の人生を自ら好んで歩んでいたはずだった。だが、そんな“夢見る夢子”も30をとうに過ぎ、理不尽なことにいちいち立ち向かう気力も体力もいつのまにか失って、いまでは「初めから何も期待しないことだけが、できるだけ傷つかずに生きていくための秘訣である」とすら、考えるようになっている。だが、「果たして本当にそれでいいのだろうか」と、学生時代に夢中で聴いていたロックバンドのボーカルの訃報を前に、ひとり、虚無感に苛まれてもいる。

自分が好きな曲がこの世界からひとつ消えたことを、人生の一大事だと嘆いて自らギターをかき鳴らして泣きながら歌い上げている明日花の方が、“エコモード”という名の“惰性”で生きている今の自分より遥かに眩しく尊いことは間違いない。多野小夜子の楽曲を聞いても響かないことは明らかだが、かつての自分にも明日花にとっての小夜子の楽曲と匹敵するくらい大切なものがあったことに、『取るに足らない僕らの正義』を読んで気づかされた。

著:川野倫
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