『君がそれを愛と呼んでも』――愛を知らない女の歪で哀しいラブストーリー。彼女が望む“幸せ”とは

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『君がそれを愛と呼んでも』(ひびき澪/ファンギルド)

※ややネタバレあり

目次

なぜ「悪い男」を愛し続けるのか、ある女性の心理を巧みに描いた秀作

果たして人に勧めてよいものか……。

紹介するのにやや戸惑った作品がある。

可愛らしく現代的な作画なのでサクサク読めてしまうが、その描写は実に過激。えげつない展開もあり、万人に受ける内容ではない。しかし、周囲の助けもなく虐げられ続けた少女がどう成長していくのか、何を考え、どんな考え方に変化していくのか、それらの心理描写が抜群に素晴らしい。

女性の中には「悪い男」に惹かれてしまう人が少なからずいる。DVを受けても逃げずに生活を共にし続ける人もいる。理解し難い感情だと思ってきたが、『君がそれを愛と呼んでも』を読むと少し理解できるようになる。

本作は、かつて恋心を抱いた中学時代の後輩・江野明日花と再会した主人公が、彼女を手に入れるために奮闘するシリアスラブストーリーである。

会社員である望月朋和は、友人に無理やりデリヘルに連れていかれ、“えある”として働く中学時代の後輩・江野明日花と再会する。

かつての恋心を思い出す朋和だったが、明日花には愛する彼氏・砂浦陽平がいることを知る。ある時、朋和は明日花が陽平にDVを受けていることを知り、2人が同棲するアパートへ乗り込むも、陽平と共に階段から転がり落ちてしまう。その時、朋和と陽平の意識が入れ替わってしまい、朋和は陽平の容姿になってしまう。朋和の体が目覚めるまで陽平のふりを続けた朋和だったが、やがて朋和の体が目覚め、明日花と離れることになってしまう。朋和は明日花を手に入れると決意し、そのために動き始める。朋和は明日花を幸せにできるのか、明日花の“本当の幸せ”とは……。

著:ひびき澪
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日本のどこかにある、現代の歪で狂ったラブストーリー

本作はリアルでシリアスなラブストーリーであるが、同時に、助けも希望もなく虐待され続けた少女の成長譚でもある。

陽平は正真正銘のクズとして描かれている。自己中心的な完全なる犯罪者で、更生の兆しもない。なぜ明日花はそんな男を愛してしまうのか。丁寧に描かれた心理描写や表情によってそのメカニズムがよく分かる。

育った環境と出会った人間は、その人の思考形成に多大なる影響を与える。明日花は現在の苦しみから逃れるため、虐待者であった父を許してしまった。さらに、愛情や優しさを知らずに育った明日花は、陽平の言動を都合よく解釈し、自ら受け入れてしまった。陽平に洗脳されたわけではなく、DVから逃れるためでもなく、ただ純粋に陽平に必要とされていることに幸せを感じてしまうのである。

正しい判断ができる人は、愛を知っている人だ。家族から、友人から、恋人から、誰からであれ愛されたことのある人だ。虐待をするような人間ではない普通の人に「愛された」記憶があれば、明日花の思考は違っていただろう。

子供の思考形成において愛情がいかに重要なものかを改めて思い知らされた。本作を読むと、人を本当の意味で助けること、虐げられた子供たちを理解することの難しさがよく分かる。大人が読めば“Z世代”と呼ばれる若い子たちが今どんな世界を生きているのかが分かるし、若い子が読めば自分たちが生きる世界を俯瞰的に眺めることで初めて見えてくることもあるかもしれない。

陽平のあまりの非道ぶりに不愉快になる人もいるかもしれない。こんな人間がいるとは思いたくないが、きっとこれは日本のどこかに必ずある物語。

よりよい世の中にするために私たちにできること、それは誰かに愛情を注ぐことだ。愛を知らない子供をそのままにしてはいけない。朋和が子供のうちに明日花に愛を伝えていたら、今とは違う結末があっただろう。

若い世代が生きるリアルな世界を描いた新しい漫画作品

『君がそれを愛と呼んでも』は、奥深い心理描写が秀逸な、読み応えのあるラブストーリーである。電子コミックレーベル「コミックアウル」から複数の電子書籍配信サイトを通じて2021年より連載され、現在は29巻(電子版)まで配信中。同年に単行本化もされ、既刊は2巻。

作画も内容も現在に即していて、電子書籍配信サイトで気軽にサクッと読むことができる。キャラクターがデフォルメされることも多く、カラーでとても読みやすいが、内容は想像以上に重い。

背景などの描き込みはほぼなく、キャラクターの動きや表情の描写が中心だが、とにかく心理描写に長けているのであまり気にならない。物語の後半で朋和はホストとして働くので、本作を読んでホストのテクニックを知るのも良いかもしれない。

現代社会の闇、今時の若者を描いた無二の作品。

あなたは何を思うか、気軽に読めるのでぜひ確かめてほしい。読む人によって感じることも違うだろうから、誰かと感想を語り合うのも面白いかもしれない。

著:ひびき澪
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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