『夏目友人帳』時を超えて紡いだ絆――人と妖、切なくも優しき交流録

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『夏目友人帳』(緑川ゆき/白泉社)
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少年&ニャンコ(実は妖怪)のコンビが織りなす「あやかし契約奇談」

日常の中で、家族と、友人と、仕事の取引先と、何気なく交わす「約束」や「契約」。それは果たして「縛り」だろうか、「絆」だろうか。

ひとりの少女が多くの妖怪たちと交わした契りをきっかけに、その孫である少年がさまざまな事件に関わっていく「あやかし契約奇談」が、『夏目友人帳』である。この度、2024年秋より、テレビ東京系列でTVアニメ七期『夏目友人帳 漆』の放送が決定した。

主人公の夏目貴志は、妖の類が見える能力を持つ高校生。早くに両親を亡くした夏目は親戚に引き取られるが、その能力ゆえに、幼い頃から妖怪たちにちょっかいを出されることがしばしばだった。親戚や学校の同級生に疎まれ、各地をたらい回しにされて育った夏目は、ある時、遠縁の藤原夫妻に引き取られ、自然豊かな田舎の地に落ち着くことに。心優しい藤原夫妻に心配をかけないよう、能力のことは秘密にしながら日々を送っていた。

ある日、いつものように妖に追われ、逃げ回っていた夏目は、小さい祠の結界を破ってしまう。そこから飛び出してきたのは、頭の大きな招き猫(を依代とした妖・斑)。夏目の顔を見た斑いわく、「おまえ、夏目レイコじゃないか」――。レイコとは、若くしてこの世を去った祖母の名だった。性別こそ違えど、容姿は夏目に瓜二つ。さらに斑は、レイコの遺品である「友人帳」を渡すよう夏目に迫る。

「友人帳」とは、同じく妖が見える能力を持っていたレイコが、妖と勝負して打ち負かしては、子分になった証として名を記した契約書の束。友人帳に名のある妖たちは、所有者の命令に絶対服従を強いられるため、友人帳を持つことは、多くの妖を支配することだった。夏目の死後、友人帳を譲る――その「約束」のもと、斑は藤原家の飼い猫「ニャンコ先生」として、夏目の自称用心棒をすることに。多くの妖怪に友人帳を狙われながらも、夏目はそこに名が記されている妖たちに名前を返し、解放しようと決意する。それは同時に、さまざまな事情を抱える妖たちと、儚い出会いと別れを繰り返す日々の始まりだった。

著:緑川ゆき
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孤独だった少年が優しさを知って成長

当初は、妖が見える能力を厭い、周囲の人間にも心を許し切れなかった夏目。優しい藤原夫妻や学友、同じ能力を持つ祓い屋たち、さらにニャンコ先生をはじめとする数々の妖との触れ合いによって、人間的に成長を遂げていくのも見所のひとつ。

家庭に戻れば、本当の父母のように出迎えてくれる藤原夫妻がいる。夏目にとっては、物心ついて以降、ようやく「帰りたい」と思えた大切な居場所と理解者。妖と対峙する時にも、ニャンコ先生という心強い相棒を得た。最も広がったのは、友人関係だろう。高校で西村・北本という初めての友人ができ、一緒に釣りや旅行に出かけたり登下校をしたり、今までできなかった「普通の学生生活」を送る日々。夏目ほど強い力はないが妖怪の気配を感じ取る寺の息子・田沼や、陰陽師の家系で、陣の中にいる妖なら見ることができる少女・多軌は夏目の能力について知っており、要所でサポートしてくれる心強い味方。

表の顔は人気俳優、裏の顔は妖退治を行う祓い屋の名取は、「友人帳」の秘密まで打ち明けた、現状ではただひとりの人間。身体を動き回る謎のヤモリの痣を持つせいか、根本的に妖を憎んでいる名取に、当初は夏目も異を唱え反発することもあった。だが、さまざまな事件や冒険を共にし、今では年齢差を超えて互いに「友人」と認識する仲に。当初は他の人を巻き込むまいと、ひとりで秘密を抱え込んでいた夏目だが、さまざまな事件を通し、次第に友人や名取に相談したり助けられたり、誰かを頼ることを覚えていくのだ。

祖母が遺した友人たち――刹那の出会いと別れに息づく想い

夏目が名を返す度、妖の記憶の一部として流れ込んでくるレイコの姿は、いつも笑顔でいながら、いつもひとりだった。「友人帳」に妖怪たちの名を集めながらも、一度負かした妖怪の名は、二度とその名を呼ぶことはなかったという。常にニャンコ先生が傍にいて、事あるごとに中級やヒノエら、なじみ深い妖が集まってくる夏目とは実に対照的だ。

名を返してもらった妖たちは、元の住処に戻っていくのが通常のパターン。しかし、中には妖力が高いという夏目のうわさを聞きつけ、頼みごとにやって来る妖怪もいる。時には、夏目とニャンコ先生の尽力で願いが叶った後、姿を消したり消滅(成仏)したりする妖も……。別れの寸前、「さらば」「ありがとう」と言葉を残して旅立っていくシーンは、どこか物悲しくも美しい。ほんの一時の出会いだが、夏目は彼らの“想い”に触れるうちに愛着を覚え、ひとつひとつを大切にしていきたいと思うのだった。

おススメのエピソードを挙げるとするならばは、夏目が雪でこしらえた雪兎に取り憑いてしまった「玄」、かつて想いを寄せ合った人間の男性を思い続ける「ホタル」、ダムとともに沈みゆく町で出会った「燕」の3エピソード。どれも切なくも美しいストーリーで、じんわりと心を温めてくれる。

『夏目友人帳』には大勢の妖怪たちが描かれるが、決してホラー漫画ではない。中には封印もやむを得ないほどのタチの悪い妖、異形の姿が恐ろしい妖もいるが、それ以上にフィーチャーされるのは“人間的”な妖の事情。1匹1匹に、仲間や人間を想い、愛し、行動する背景が丁寧に描き込まれている。彼らとの触れ合いを通し、夏目は嫌っていた能力も、「人と妖、両方が見える自分だからできることがある」と、徐々に考えを改めていくのだった。

一度でも触れ合ってしまったら、それは誰に気づかれなくても、心を支え続ける大事な出会い。「大切な友人たち。今のおれにとって、人も妖も等しく、かけがえのない」――レイコが妖たちと交わした「約束」は、時を経て、夏目を数多くの友人たちと結びつけてくれたのだった。

ニャンコ先生と夏目一族にも秘密が? 考察好きを惹きつける作中の謎

「ニャンコ先生」の普段の姿は、三毛猫風の2.5頭身の招き猫。普通の人間には「頭の大きな猫」に見えており、夏目に付いてまわる時は基本このスタイルだ。藤原夫妻や夏目の友人たち、普通の人間の前では人語を話せることは秘密(ただし、田沼や多軌、祓い屋たちには正体を知られている)。成人である名取を「小僧」呼ばわりし、「中年からイカを取り上げる気か!」と主張するあたり、人間で例えると中年にあたるらしい。おまけに酒好きで、マイお猪口を抱えてしょっちゅう外に飲み歩きに出かけている。

そんなニャンコ先生には、実は第1話から謎が隠されていた。本来の姿である「斑」は巨大な白い妖で、妖怪たちの中でも一目置かれる存在。たいていの妖なら光による威嚇で追い払うか、噛みついて妖力を散らせる強さを誇る。それほどまでに強いニャンコ先生が、なぜ招き猫の姿に封印されてしまったのか……? 本人が「事情があるのだ」と語りたがらないので詳細は秘密のままだが、何やら秘めたわけがありそうだ。

夏目との関係もどこか不思議で、自称用心棒ながら、仕事ぶりは大いに気まぐれ。夏目を襲う相手が下級の妖であれば、助けを求められてもたまにスルー(その後は「苦しいって言ってるだろ!」と、夏目から妖もろともゲンコツを食らうのがお約束)。それでいて、タチの悪い妖怪や大勢の妖に絡まれて本当に危機が迫った時は、颯爽と元の姿に戻って蹴散らす。夏目が名を返す度、もらうはずの友人帳がうすくなると文句を言うが、結局はいつも助けてくれる。

本来、人と一緒にいる妖は使役する「式」と呼ばれ、正式な術に基づく契約関係にある。だが、夏目とニャンコ先生の場合、この契約すらしていない。2人の関係は、夏目が死後に友人帳を譲る、という「約束」のみによって成り立っている。一見あいまいで不確かにも見えるが、主従というより対等な関係にあるからこそ、夏目はケンカをしたり言い合いをしたり、ニャンコ先生に対し素顔を出せている気がする。ともすれば周囲の人間に遠慮し、秘密を作りがちな夏目にとっては、ストレスを感じない良い関係に思えるのだ。

時折、ニャンコ先生が夏目を意味深な眼差しで見つめる場面があり、その真意が非常に気になるところ。田沼らと友情を育んだり、妖と絆を深めたり……そんな夏目の姿や成長を傍で見守る「保護者ぶり」もあって、一部ファンの間ではニャンコ先生の正体について、さまざまな考察が飛び交っている。

祖母のレイコは、未婚のまま夏目の母を生んでおり、祖父が誰か、はっきりと明示されていない。一方、すでに他界している夏目の両親も、死因など詳細は不明のまま……。果たして、謎が多い夏目一族に何か秘密があるのだろうか。そしてニャンコ先生は、単なる陽気な酒好き妖怪なのか。考察好きな方は、ストーリーに感動しつつも考えてみてほしい。

祝・アニメ七期放送決定! 今後の行方にも大注目

『夏目友人帳』は、白泉社の月刊少女漫画雑誌「LaLa」にて連載中。既刊は30巻(2024年3月時点)。過去6度にわたるTVアニメ化、2度のアニメ映画化を経て、2024年秋より、第七期『夏目友人帳 漆』の放送が決定した。揺れ動く少年の心の機微をぴたりと演じ、ED前のモノローグでひときわ感動を誘う神谷浩史(夏目役)、招き猫と妖、まったく違う声色を1人で演じ分ける井上和彦(ニャンコ先生/斑役)ら声優陣の妙と、熊本の人吉・球磨地方をモデルにした美しいロケーション風景は必見。七期放送に向け、無料配信動画サービス「TVer」では、過去のTVアニメシリーズを3月25日より順次配信しているので、この機におさらいがてら視聴してもいいだろう。

七期ではどんなエピソードが描かれるのかも、非常に気になるところ。公開されたティザーPVを見る限り、夏目が粘土で作った小型のニャンコ先生もどきに、妖が宿ってしまう「ミニ先生」のエピソードが描かれる様子。さらに、引退した元祓い屋・依島らしきキャラクターが登場するあたり、「とおかんや」のエピソードも可能性が濃厚だ。猫好きとしては、ニャンコ先生そっくりの招き猫(焼き物)が大量に登場する、白霞焼の里事件も期待したい。

人と妖の間には、どんなに仲良くなろうと、埋めがたい溝もある。たとえば、寿命の問題だけはどうにもならない。人の一生は、妖からすると非常に短くあっという間で、一緒に過ごせる時間には限りがあるのだ。一方、妖とて妖力が衰えれば、その存在は尽きてしまう。夏目の昔の同級生・柴田が恋した、枯れゆく藤の木の精「村崎」のように。

いつの日か、夏目とニャンコ先生にも、「別れの時」はくるかもしれない。たとえそうだとしても、限りあるその時までは、どうか一緒の姿を見せてほしい。人とニャンコの凸凹コンビと、個性的な妖たち。彼らの紡ぐ物語はあたたかな光となって、きっといつまでも私たちの記憶に残り、心を照らし続けてくれるから。

アニメ「夏目友人帳 漆」ティザーPV

夏目友人帳|TVer

著:緑川ゆき
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この記事を書いた人

情報配信会社や冠婚葬祭会社勤務を経て、編集プロダクション「アドバンスワークス」所属。TV雑誌記事やSEO記事の編集、執筆を担当。都心情報サイト&親子を結ぶ介護サイト準備中。好きなものは猫、ミステリー。

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