「ラブ・エレベーター」から紐解く、タイの漫画家タムくんの魅力 『ロマンス タムくんのラブストーリー短編集』

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ロマンス
『ロマンス』ウィスット・ポンニミット/太田出版

“よしもとばななの小説の装丁画などでもお馴染みの「タムくん」こと、タイの漫画家ウィスット・ポンニミット。漫画家としてのみならず、イラストレーターやアニメーション作家、ミュージシャンとしても活躍する多才なクリエイターであり、『ブランコ』や2009年に文化庁メディアメディア芸術祭のマンガ部門で奨励賞を受賞した『ヒーシーイット アクア』など、過去に話題になった作品は数知れず。1998年にタイで漫画家デビューするも、2003年から日本に留学して専門学校で日本語を学んだ後、京都精華大学に通っていたことから、日本語も堪能で、手書きの日本語入りの漫画も多数手掛けている。今回はそんなタムくんの珠玉のラブストーリー短篇傑作選『ロマンス』の中から、『ラブ・エレベーター』を紹介したい。

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わずか10ぺージで1本の映画を観たような余韻に包まれる「ラブ・エレベーター」

2010年に発刊された『ロマンス』は、人が増えすぎて陸に住めなくなってしまった人間が、水の入らない「バブルヘルメット」をかぶって水中で生活する未来の世界を描いた表題作『ロマンス』や、愛し合う二人にとって一番重いものは何なのかを、墜落しそうな気球に喩えて描いた「フロート」など、計8本の短編漫画とともに、やくしまるえつことの対談や、よしもとばななによる寄稿、タムくん本人による作品解説などが収録された短篇集。

8本目に収録されている、ほぼセリフのない「ラブ・エレベーター」は、わずか10ぺージの描きおろし作品でありながら、恋愛適齢期の男女の出会いを、年齢を階数に喩えて向かい合う2台のエレベーターの、ドアが開くタイミングと重ね合わせて描いた、ファンタジックで切ないラブストーリー。だが、そこに描かれる人生哲学は思いのほか壮大で、読み終えると、まるで1本の映画を観たかのような余韻に包まれる。

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向かい合う2台のエレベーターが、同じ階で同時にドアが開く奇跡……

年齢をエレベーターの階数に喩える発想は、妻夫木聡が出演するビールのCM「大人エレベーター」にも通じる部分があるのだが、本書の巻末に掲載されている「タムくんによる作品解説」によれば「よく行くデパートのにある2列のエレベーターから着想を得た」といい「いろんな人が見えるけど、一瞬で扉がしまっちゃうよね。見えた人と恋に落ちたらチャンスが一瞬しかないから、後悔したり胸が痛くなったりして恋っぽいな」と話している。

17階で顔を合わせた相手と18階でも再び顔を合わせたら、きっとそれだけで「あっ!」と運命的に感じられて、ドキドキしてしまうに違いない。だがその後、花束を抱えて25階のボタンを押したとき、向かい側のドアが閉まったままだったら……。人と人との出会いのタイミングが実は奇跡の付き重ねであることが、エレベーター内部を正面のみならず、斜め上や後ろや真俯瞰、後ろなど、あらゆる角度から切り取り、ボタンのアップやドアが開く瞬間のお互いの目だけにズームアップしているカットをテンポよくつないで行くことで、2次元の世界でありながら、実にドラマチックに、そしてエモーショナルに、二人の出逢いと別れ、そしてそれぞれの人生をわずか17階から33階の移動だけで展開させてみせるのだ。短いながらも「愛」とは何だ?という問いに対するタムくんなりの答えが詰まっていて、ラストのコマに出てくる日本語の一文にハッとさせられる。

タムくんが描く「もっと長い人生が観たい!」という人にオススメのDVDも

ひょっとすると優れたCMやミュージックビデオの絵コンテにも近いのかもしれないが、物理的なカメラ位置や天井の高さに煩わされることなく、フォーカスしたい箇所を自由に描けるという意味では、漫画ならではの表現であると言えるだろう。ちなみに17歳から33歳だけでなく「もっと長い人生のお話を見てみたい」という人には、タムくんの初期の名作『部屋』をオススメしたい。

一人の男性の生涯を、エレベーターならぬ「部屋」の変化で辿っていく物語だ。収録されている書籍が既に絶版となっているようで、漫画で読むのはなかなか困難だが、この原作をもとにタムくん自ら制作したアニメーションと、本人によるピアノの弾き語りにのせて見せる『部屋 ライブ』が映像特典になったDVD『タムくんアニメ グリーン』で、その世界観を堪能することができる。幼少時代から『ドラえもん』や『キャプテン翼』など、日本の漫画に多大な影響を受けて育ったというタムくんが生み出す、ちょっぴり毒のある甘酸っぱい物語の数々に、ぜひこの機会に触れてみて欲しい。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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