『血の轍』—母の異常な愛が生み出す、母と息子の不気味で歪な関係

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血の轍
『血の轍』(押見修造/小学館)

※ややネタバレあり

目次

息子を支配する、身勝手な海よりも深い母の愛情

「父の恩は山よりも高く母の愛は海より深し」ということわざがある。

父母の恩は計り知れないほどに大きいことを意味するが、その愛が純粋なものではなかった場合どうだろう。幼い子供にとって、母親は世界の全てであり、多大な影響を受ける絶対の存在である。

歪んだ愛情を注ぐ母親と、その愛に包まれて育つ息子。その関係性はいかなるもので、息子の成長と共にどう変化するのか―。

『血の轍』は、過干渉に子どもを支配する“毒親”をテーマにした、異常ともいえる母子の関係を描いたサイコサスペンス漫画である。

主人公の長部静一は中学2年生、母親・静子より周囲からは過保護ともとれるたっぷりの愛情を注がれている。夏休みのある日、仲良しの従兄弟・しげるを含む親戚らと一家はハイキングへと出掛ける。そこで静一は、崖から転落しかけたしげるを救ったかに見えた静子が、唐突にしげるを突き落とす場面を目撃してしまう。

しげるは重症を負うも、一命を取り留めた。静一は事故だと嘘をつく静子を庇い、ストレスから吃音を発症。異常な静子の様子に戸惑いながらも、母親への依存を深めるのだった。

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揺れ動く繊細な感情で表現される、不安定な母子の在り方

母子の歪な関係を如実に表す描写が独特の世界観を形作り、多彩な線が織り成す秀逸な線画が豊かな感情を表現している。各々の表情はもちろん、スピーディーかつドラマティックなコマの展開は、まるで濃密な映像作品を見た時のようである。感情の揺れや微細な移り変わりを丁寧に描いているからこそ進展の鈍さも感じるが、人間臭い強烈な描写こそが本作の醍醐味である。

クラスメイトの吹石由衣子に告白された静一は、静子の為に一度は拒否したものの、後日自ら告白し、静子を拒絶して吹石宅に無断で宿泊する。

静一は、自分を探しに訪れた静子が由衣子の父に自分に対する愛を語る姿を覗き見、帰宅を決意。静子の話を聞く中で、静一は静子の主張通りしげるは自ら転落したと錯覚し、さらに、由衣子には二度と近付かないと約束を交わす。

その後しげるが目覚め、記憶を取り戻したことで、静子に疑いの目が向けられる。静一はまたも静子を庇うが、静子が罪を認めたことで逮捕へ。

静子から解放された静一には自我が芽生え、新たな日常に歩を進める……。

まだ不安定な静一は、さまざまな感情に支配され、静子の絶対性を感じ、盲目的に愛し従うこともあれば、反抗し離れようとすることもある。子どもにとって母親の存在はそれほどまでに大きく、強い影響を及ぼすものなのである。静子の愛情は間違いなく我が子に対する深い愛ではあるが、子どもを所有物だと考えているような面もみられ、自らの意のままになる存在と捉えているようにも思う。

一般的とはとても思えない奇妙で歪んだ静子と静一の関係。

果たしてそれは、どこへ行き着くのか。姿の消えた静子の支配から、静一が完全に逃れることはできるのか、静子の呪縛から完全に解き放たれるのか―。

本作は、現代社会にはびこる“毒親”という闇を巧みな描写によって見事に表現した、ホラーとすら思わせる革新的な作品である。

卓越した描写で子どもを縛り付ける“毒親”を表した怪作

『血の轍』は、不気味な母親と繊細な息子の不快な関係を描出した、異彩を放つ作品だ。『ビッグコミックスペリオール』にて連載中で、既刊10巻。次巻となる11巻は、2021年5月頃に発売予定。

余談ではあるが、物語の舞台は作者・押見修造氏の出身地である群馬県だと思われる。そのため、会話は全て語尾に特徴のある群馬弁でのやりとりで、心地よい癖が物語により現実味を与えている。

(群馬県民と方言好きにはたまらない…!)

“毒親”が辿る運命とは、子どもの成長の行方とは。変わりゆく母子の関係を最後まで見届けたい。

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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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