才能ある後進を育てる辛さが身に染みるグルメ漫画『ラーメン発見伝』シリーズ

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ラーメン発見伝
『ラーメン発見伝』(原作・久部緑郎/作画・河合単/小学館)

突然ですが、ラーメンが好きです。どのくらい好きかというと、若い頃ラーメン本の編集をしており、取材となれば1日10杯以上のラーメンを一週間食い続けたくらいです。おかげで体重は20kg増えました。35歳を超えてからは、一杯のラーメンを食べただけで胃もたれするようになりましたが、それでもラーメンは好きです。ラーメンから学んだ知識、出会った人、訪れた街。全て内臓脂肪と共に僕の中に蓄積しています。胃の老化で食べられなくなったけれど大好きなラーメンに触れていたい。そんなラーメンフリークの僕が、愛してやまないグルメ漫画が『ラーメン発見伝』シリーズ。この漫画、ラーメンの知識だけでなく、社会人が経験するであろう悩みと、それに対するかっこいい回答まで教えてくれるのです!

著:河合単, 著:久部緑郎
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目次

異端かつ、いまだ最先端のグルメ漫画『ラーメン発見伝』シリーズ

みなさん、グルメ漫画というとどのようなものを思い浮かべますか? このジャンルの漫画は1970年代ごろから始まったとされていますが、

  • 何かしらのトラブルに対して料理対決で決着をつける
  • 視覚ではどうしようもない味の表現を、極端なキャラクターのリアクションで魅せる
  • 謎の専門家が、美味しさの解説をする

という、一般的なグルメ漫画のフォーマットを確立したのは、1973年から1977年まで「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されていた『包丁人味平』(原作・牛次郎/作画:ビッグ錠/集英社)と言われています。この料理対決というフォーマットは、後進の料理漫画や、1993年から1999年まで放送された『料理の鉄人』といったTV番組に引き継がれていきます。

現在の日本のグルメ漫画は、料理対決を主軸に、

  • リアクションを大袈裟にして漫画的な面白さを突き詰める路線……『ミスター味っ子』(寺沢大介/講談社)、『食戟のソーマ』(原作・附田祐斗/作画・佐伯俊/協力・森崎友紀/講談社)『焼きたて!!ジャぱん』(橋口たかし/小学館)等
  • 料理の批評や豆知識に重点を置いた路線……『美味しんぼ』(原作・雁屋哲/作画・花咲アキラ/小学館)、『おせん』(きくち正太/講談社)、『ソムリエール』(原作・城アラキ/作画・松井勝法/監修・堀賢一/集英社)等
  • 料理を通じて出会った人と人のドラマを重視する路線……『クッキングパパ』(うえやまとち/講談社)、『味いちもんめ』(原作・あべ善太/作画・倉田よしみ/小学館)、『ザ・シェフ』(原作・剣名舞/作画・加藤唯史/日本文芸社)等

の3種に大別できると思います。

なかには『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー/扶桑社)や、『ワカコ酒』(新久千映/コアミックス)のような“ただ外食をするだけ”という変わり種もありますが、ほとんどのグルメ漫画はこの3要素を光の三原色の如く混ぜながら、それぞれの独自色を出していこうとしているのではないでしょうか。

で、今回紹介する『ラーメン発見伝』シリーズなのですが。この漫画はこれら三要素を持ちつつ、他のグルメ漫画にはない圧倒的なオリジナリティがあります。それが、端的に現れているのが次のセリフです。

「いいものが常に認められるとは限らない。」(『ラーメン発見伝』 1巻 185Pより)

本作の主人公は、ラーメン好きが嵩じてラーメン店を開業したいという野望に燃える会社員・藤本浩平。彼はラーメンの修行のため、会社に内緒で夜な夜な屋台を引いています。上のセリフはそんな藤本が超人気店「らあめん清流房」の店長である芹沢達也に言われた言葉です。

らあめん清流房では、高級食材である鮎の煮干が醸し出す清涼な風味を軸に、比内鶏の鶏ガラ、鹿児島産黒豚の豚骨、そして厳選した有機栽培野菜でとったスープを用いたあっさり味の「淡口らあめん」を出していました。このラーメンは、職人・芹沢達也の求めた味の完成形でした。ところが、ラーメンに対して客が求めるのは、“アク抜きもしていない豚骨スープに大量の化学調味料をぶち込んでいるような”濃厚な味ばかりだったのです。

高級食材を使っているため淡口らあめんは原価率が高く、毎月ギリギリやっていける程度の儲けしか出ません。窮地に立たされた芹沢が起死回生の策として打ち出したのは、鮎の煮干スープの上にニンニクを揚げた牛脂を加え、客のコッテリ嗜好に合わせた「濃口らあめん」でした。当然、鮎の風味など吹き飛んでおり、芹沢の理想とは真逆の劣った味です。ところが、この濃口らあめんが大当たり。らあめん清流房は超人気店となり、濃口らあめんの売り上げのおかげで、淡口らあめんも続けることができるようになったのです。芹沢は自分の濃口らあめんについてこう語ります。

「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。(鮎の煮干を使っているという)情報を食っているんだ!」

『ラーメン発見伝』 1巻 190Pより

本シリーズの特徴はまさにここです。一般的なグルメ漫画では、「おいしさ=絶対の正義」として扱われていました。が、商売の世界ではそれが絶対の正解ではない。本作は、料理漫画の3本の矢に、“ビジネス”という第4の矢を加えた全く新しいグルメ漫画なのです。

巻が進むごとにこのビジネスの傾向は強くなっていきます。「ビジネス街のラーメン屋は、サラリーマンがいなくなる夜間どのようにして営業するべきか?」「空中店舗(店が路面に面していない店)の集客率を高めるには?」「ろくに腕のない従業員が業務用スープをうまく扱うには?」「従業員の売り上げのちょろまかしを防ぐには?」はっきり言って、グルメ漫画には全くいらないエピソードばかりですが、ビジネスとしては必要不可欠な知識が次から次へと学べるのです。

自分が惚れ込んだ後進は損得を抜きにして育てるべし!

本シリーズの基本構造は、ラーメン店を巡るトラブルに巻き込まれた主人公が、メニューの改良や、創作ラーメン対決で問題を解決するというものです。が、ここに芹沢達也が絡むとこのフォーマットは音を立てて崩れていきます。商売をするということは、“現実をわきまえて理想を追求する”ことだからです。

本作が4本目の矢としてビジネス要素をつがえてしまった以上“理想に燃え現実にまでまだ気の回らない若き天才”藤本浩平の物語よりも、“現実をわきまえて理想を追求するラーメンの天才”芹沢達也の思想のほうが正しいという結論に至るのは必然です。主人公の熱血が空回りする様は、読んでいて痛々しく、芹沢の何も間違っていない現実論は、間違っていないだけに、憎たらしい悪役のセリフのように聞こえてしまいます。

都合の悪いことに藤本は、総合商社で働くサラリーマンでもあるので、会社が手掛ける自然食レストランのラーメンメニュー開発や、ラーメンテーマパークの運営なども任されています。つまり、外食産業に携わるプロ。相手が同業ならばと芹沢も手心を加えることなく、全力で藤本の商売のやり方に噛み付いてきます。芹沢が言う現実が、藤本の理想をどんどんと侵食していくため、これまで他のグルメ漫画で培ってきた“味が第一”という思想は間違ったもののような気分になる見事な仕掛けです。

ところが、藤本に現実を叩きつける役割の芹沢もまた、ラーメンに対する理想を持ち続けているのが本作の白眉なところ。そもそも芹沢は、濃口らあめんで儲けると言っておきながらも、いまだ自分の店では理想の味である淡口らあめんの提供を続けている甘ちゃんです。芹沢には、ビジネスに徹しきれないラーメン職人としての矜持が残っています。その矜持が、藤本のつくる創作ラーメンの味を認めてしまうのです。

超人気店を複数店手掛けている芹沢には、藤本のライバルと呼ぶのもおこがましいほどの圧倒的なアドバンテージがあります。このふたりの対決はどうしても芹沢有利で進むしかありません。放っておけば全ての対決に勝利できるはずなのですが、藤本の味を認めているからこそ、彼をさらに育てたいという欲が出てしまいます。「優秀なラーメンマニア」と藤本をからかいながらも、なんだかんだ彼にアドバイスし、しまいには藤本の熱に浮かされたかのように、自分も商売度外視の理想にまみれた、ただ美味しいラーメンを作ってしまう。

結局こうした競い合いにより、将来、自分の店の商売敵になるようなプロのラーメン職人・藤本を育てたところで第1シリーズ『ラーメン発見伝』は幕を閉じます。最終回を読み終えた時点で多くの人はこう思うはずです。

「ああ、この物語の主人公は、芹沢だったんだ」

芹沢はまるで、部下から嫌われながらも会社からの評価は高く、チームとしては数字を残す課長のような不器用な生き様です。もちろん、部下から慕われるにこしたことはない。でも、ある程度年齢を重ねた人なら、部下と全力でぶつかりながら、本気で仕事に当たってみたい、と願ったことが一度はあるのではないでしょうか?

真の才能には敵わないと悟ったら経験を伝える役割に徹しよう!

らーめん才遊記
『らーめん才遊記』(原作・久部緑郎/作画・河合単/小学館)

続くシリーズ第2作『らーめん才遊記』では、主人公が交代しますが、芹沢は続投します。芹沢は、らあめん清流房の経営に加え、ラーメン向けフード・コンサルティング会社「清流企画」と、「麺屋せりざわ」というセカンドブランド店も開業。飛ぶ鳥を落とす勢いです。

ところが、清流企画に入社面接にやってきた若干22歳の女性・汐見ゆとりに、「麺屋せりざわで提供している新作ラーメンをさらに美味しくすることなど簡単」と言われ、実際にそれをやられてしまうのです。彼女は、半年前に初めてラーメンを食べたラーメンど素人でした。

この汐見ゆとりが、第2シリーズの主人公となります。藤本には、荒削りなラーメンの才能を育ててやろうと上から目線で見ていた芹沢が、初めて本物の天才に出会い、追い詰められます。彼女は芹沢など目じゃない、絶対的な味覚をもっています。ゆとりの母は、著名な料理評論家である汐見ようこ。彼女は、幼い時から母に料理の手ほどきを受けてきた“料理のサラブレッド”だったのです。所詮、邪道であるラーメン道を独学の積み重ねで生き抜いてきた芹沢とは、持っている物もバックボーンも違います。

料理に関する余裕が徐々に失われていく芹沢は、見ていて惨めです。普通の感覚なら、自分のプライドを守るため、彼女の採用を見送るところでしょう。

ですが、芹沢は彼女の才能を活かそうと考えます。汐見は、社会人としてあまりに非常識な若者でした。芹沢は、料理のコツを彼女に教えるというよりは、清流企画の社長として、社会常識や仕事の仕方、コンサルとして客が求めているものをいかに引き出すかを叩き込みます。こうすることで、彼女のラーメン作りの才能を社会に認められる形に磨こうと奔走するのです。

人生をかけて努力してきたラーメン作りのすべてを、天才に一瞬で抜き去られていくという感覚は、筆舌に尽くし難い屈辱だったでしょう。だから、この古兵然とした芹沢の立ち居振る舞いはたまらなくかっこいい!

らーめん再遊記
『らーめん再遊記』(原作・久部緑郎/作画・河合単/小学館)

第3シリーズ『らーめん再遊記』では、ついに主人公は芹沢になります。汐見と出会い、彼女を育てたことで、これまでのようなラーメンに対する情熱を失った芹沢。そんな彼にラーメンへの情熱を取り戻させようと奔走する汐見。この一連の騒動のなかで、ラーメンへの情熱は取り戻したものの、汐見にはどうやっても敵わないと悟った芹沢は、彼女に会社を譲り、引退を決意します。引退した芹沢が、長年連れ添ってきたラーメン作りの技術とともに、どのような第二の人生を送っていくのかが、この第3シリーズのテーマです

引退後の芹沢を襲うのは、かつてとまるで異なるラーメン業界の潮流です。ラーメン系YouTuberの登場や、総合外食グループのラーメンチェーン参入。グルメ系サイトの登場で仕事を奪われるラーメン評論家などなど……。現代はもはや職人が生きられる世の中ではなくなっています。果たして芹沢は、今の世の中をラーメン作りの技術だけでどう生き延びていくのでしょう。

僕は、この芹沢の生き様を見るたびに、弟子に全ての技を教え、年老いていったある武道家を思い出します。その武道家は、若い時代は鶴仙人という達人と兄弟弟子としてともに切磋琢磨し、孫悟空という有能な若者と出会ってからは、彼を育てることに腐心します。晩年は、自らが育てた弟子たちの戦いをテレビで眺めることしかできませんが、それでも、武に生きた生き様はカッコよく幸せそうでした。

そう『ラーメン発見伝』シリーズは、グルメ漫画でありながら『ドラゴンボール』(鳥山明/集英社)の亀仙人の気持ちを味わえる作品でもあるのです!

ともかく、芹沢達也の大人としてのカッコよさが半端ない『ラーメン発見伝』シリーズ。基本一話完結で読みやすいので、騙されたと思って1話だけでも読んでみてください!

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この記事を書いた人

フリーの編集者。雑誌・Webを問わずさまざまな媒体にて編集・執筆を行っている。執筆の得意ジャンルはエンタメと歴史のため、無意識に長期連載になりがちな漫画にばかりはまってしまう。最近の悩みは、集めている漫画がほぼほぼ完結を諦めたような作品ばかりになってきたこと。

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