『フォビア』−−−世の中にある多様な恐怖症(フォビア)を知り、疑似体験する。独創的な題材の新感覚ホラー漫画

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『フォビア』(原作・原克玄、作画・ゴトウユキコ/小学館)
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侮ることのできない恐怖症の恐ろしさを疑似体験しよう

高所、閉所、暗所、昆虫、血液……この世の中にはさまざまな恐怖症に苦しむ人がいる。症状に当てはまらない人からは理解を十分得られず、軽く考えてしまわれるかもしれないが、中には恐怖のあまり呼吸困難に陥ったり、失神してしまったり、命を落としてしまうケースすらある。アレルギー同様、自分は大丈夫だからといって相手も大丈夫だと考えてはいけない。誰にでも恐怖心はある。だが、恐怖に感じる対象は異なる。恐いと思う人には恐い、それを正しく理解しなければなるまい。

恐怖症とはいかなるものかを知るのに大変相応しい作品がある。『フォビア』は、そのタイトル通り、多彩な恐怖症をテーマにしたホラー漫画。なぜそれに恐怖を感じるのか、恐怖を感じる人には世界がどう見えているのかがよく分かる素晴らしい構成になっている。恐怖症になる過程や変わった考え方が実に丁寧に描かれていて、恐怖症を甘く見た人々が辿る悲惨な結末は必然のようにも思えてくる。読者の皆さん、恐怖を侮ってはいけない。

既刊2巻の本作は、どちらも恐怖症をテーマにした連作の短編が収録されている。

隙間恐怖症の女が恐ろしい事件を起こす「隙間」、匂い恐怖症の女子高校生が自分の匂いを気にするあまり狂気に至る「匂い」、ある経験から閉所恐怖症になった会社員を描いた「閉所」、独身のキャリアウーマンが狂った結末を迎える「孤独」、醜形恐怖症に陥った女に哀しい結果が訪れる「醜形」など。

どれも恐怖症の人とその周囲の人を描いており、ホラーらしく救いのない空虚な結末に至る。人間恐怖症にならぬよう、お気をつけあれ。

著:原克玄, 著:ゴトウユキコ
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恐怖症を十分理解できるうえ、類を見ない恐怖も味わえる

線の強い作画はあまりホラー漫画では見かけないタッチで、独特で癖になる。陰影の使い方が効果的で、読んでいると不安な気持ちを掻き立てられる。とにかく言葉にはしづらい「見えない恐怖」の描出が素晴らしく、恐怖に支配された人々の追い詰められた表情、それとは対照的な、何に恐怖を感じているか分からない周囲の人々の嫌悪の表情など、恐怖に関する豊かな心理描写が傑出している。どのストーリーもB級ホラー映画よりよほど恐ろしいし、起承転結のよく考えられた構成・展開で、短編ながら無駄がなく、恐怖がギュッと凝縮され、綺麗にまとまっている。影響を受けやすい人は、読んだ短編の恐怖症になってしまうかもしれないと思えるほどだ。

筆者も幼い頃隙間を恐ろしく感じていたが、それは想像力によるものだった。本作でもそうだが、恐怖症に苦しむ多くの人の恐怖心はトラウマ(実際の経験)によるものである。その経験は、他者から見れば他愛ないもののようにも思える。即ち、自分が何気なく放った言葉や無意識の行動が誰かに恐怖心を植え付けてしまうことがあるということだ。何が恐怖症に繋がるかは分からない。何であれ、下手に誰かの恐怖心を煽るような行為はやめるべきである。本作には恐怖症の人から見る世界が分かりやすく描かれているので、ぜひ読んで疑似体験してもらいたい。見え方次第で世界はどこまでも恐ろしく変わることもある。

どのストーリーも等しくよく出来ているが、特に印象深いのは「孤独」と「醜形」。独身のまま生きる選択をする人が増え、ひとりだからこそ人生が潤うと考える人も少なくないだろう。本心であれば良いが、自分に嘘をついて「ひとりでも幸せ」と言い聞かせているなら問題だ。筆者は独身なので、こんな結末もあるのかと空恐ろしくなってしまった。

最近ルッキズムをテーマにした漫画を読んでいたこともあり、「醜形」の結末は泣けた。広い視野を持てば、世界には何億もの人が存在し、その数だけ好みもあることが分かる。実際の容姿はどうであれ、「世界一可愛い」と心から思ってくれる人がいる限り、その人は誰よりも可愛い。容姿を比べてもキリがない。あなたを愛してくれる人がいることこそが重要なのだ。

人間の恐さを実感する、特異なテーマの優秀なホラー短編集

『フォビア』は、原作・原克玄氏、作画・ゴトウユキコ氏による、多種多様な恐怖症(フォビア)をテーマにした連作ホラー漫画である。小学館による月2回発刊の青年漫画雑誌「ビッグコミックスペリオール」にて2021年より掲載された短編をまとめ単行本化、既刊2巻。最新刊となる第3巻は2023年内に発売予定。

恐怖症を正しく理解する目的でもぜひ読んでもらいたい一冊。

個性的で可愛らしいとさえ思える作画が目を引くが、恐怖描写との落差がまた良い。登場人物の行動は私たちの考えの斜め上をいくが、恐怖に駆られた人間の行動とはそういうものなのかもしれない。人間は恐ろしい。物事を考えることができ、想像力を持つ存在だからこそ、得体の知れない幽霊なんかよりずっと恐ろしいのである。

 久々に出会えた良質なホラー作品。ありふれたホラー作品とは毛色が異なるので、苦手でない限り是非とも読んでみてほしい。背筋がゾッと凍るので、残暑に苦しむ今の季節にもぴったり。あなたが恐いものは何だろうか。

著:原克玄, 著:ゴトウユキコ
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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