ヒロアカが受け継ぐジャンプイズムとは何だったのか?『僕のヒーローアカデミア』

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僕のヒーローアカデミア
『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平/集英社)
目次

“友情”“努力”“勝利”という少年漫画のスローガンは、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。王道少年漫画を表すものとして知られており、確かにこの三要素を含む少年漫画は綺羅星のごとく作られています。ところでこのスローガン、「週刊少年ジャンプ」のものと思われがちですが、ジャンプ編集部が表立って掲げたことがないことはご存じでしょうか? 

ジャンプらしさとは何なのでしょう?

2014年から「週刊少年ジャンプ」で連載が始まった、『僕のヒーローアカデミア』はそのヒントになる一作ではないかと思うのです。

著:堀越耕平
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“気”でも“小宇宙”でも“幽波紋”でもない! “個性”という命名の素晴らしさ!

本作の舞台は、世界の人口の8割が何らかの超能力を持って生まれてくるようになった時代。“個性”と呼ばれる超能力を用い、犯罪を行う『敵(ヴィラン)』が社会問題となっていました。各国の政府は、こうしたヴィランを取り締まるべく、特に秀でた“個性”を持つ人材を育成し、ヒーローに任命。対ヴィラン犯罪用の公務員として活用し始めます。

主人公である緑谷出久(みどりやいずく)は、ヒーローに憧れる中学3年生。彼は、今となっては非常に珍しい“無個性”の少年で、同級生から馬鹿にされていました。それでもヒーローになる夢は諦められず、進路希望には超エリートのヒーロー課がある雄英高校と書いて出そうと考えています。

ある日、出久は偶然ヴィラン犯罪に巻き込まれてしまいます。絶体絶命の出久を救ったのは、No.1ヒーローで、幼いころより憧れていたオールマイトでした。出久はオールマイトに尋ねます。

「“個性”のない人間でもあなたみたいになれますか?」

通常のヒーロー漫画なら「もちろん」という言葉が返ってくるところでしょう。ですが、オールマイトの言葉はそっけないものでした。

「プロはいつだって命懸けだよ。“個性”がなくとも成り立つなんて、とてもじゃないが……口に出来ないね」「夢を見るのは悪いことじゃない。だが相応に現実も見なくてはな少年」

打ちのめされて帰路につく出久の前で、先ほどオールマイトに倒されたはずのヴィランがクラスメートを襲っていました。無個性の無力さを思い知らされたばかりの出久でしたが、気が付くと彼の足は友人を助けるべく動いていました。その姿を見たオールマイトは、出久はヒーローになれると確信。彼に自らの力の源、“無個性”の者にのみ渡すことができる“個性”「ワン・フォー・オール」を受け継がせるのです。果たして出久は、受け継いだ「ワン・フォー・オール」を使いこなし、憧れのヒーローになれるのでしょうか?

と、ここまでが第一話のあらすじです。まずこの第一話を読んで、超能力の名前を“個性”と命名したことに僕はクラクラとしました。詰め込み型教育が終わり、人は個性を伸ばすべきという教育に変わってから20年以上経過しました。そんな中、主人公にはそのものずばり“個性”がないという表現には何やら強い主張を感じたのです。

個性的なジャンプ漫画は、本当に個性的だったのか?

漫画の主人公というのは個性的であればあるほどキャラクター性が高まり魅力的になると考えられています。とするならば、脇役を含めすべてのキャラクターが個性を持っているこの世界の中で主人公を務めるということはかなり難しい。実際作中では、主人公の出久よりも、より主人公っぽい轟焦凍という人気キャラクターがいます。なんだったら、出久たちと敵対する敵連合も個性の塊で魅力的です。あまりにも魅力的すぎて、主人公らヒーローサイドが一切出ない単行本すらあります。

出久がオールマイトから受け継いだ個性「ワン・フォー・オール」は、一見、身体能力を強化する力に見えますが、その実態は“力をストックし、別の人間に譲渡する”能力です。この特徴により、受け継いだ2代目よりも3代目。3代目より4代目と力が強力になっていくのですが、反面、受け継ぐ側の人間が力に押しつぶされやすくなります。それまでただの無個性な中学生だった出久が、普通にこの能力を継承できるわけもなく、彼は体も心もぼろぼろになっていきます。

ところで本作の作者・堀越耕平先生は、漫画を描き始めてわずか2年半で、ジャンプ掲載を果たした鳴り物入りの新人作家でした。本作の連載前にも『逢魔ヶ刻動物園』(集英社)、『戦星のバルジ』(集英社)と「週刊少年ジャンプ」本誌にて2本も連載を勝ち取っています。が、どちらもなぜか人気が出ず短期で連載終了となりました。

ジャンプの漫画として人気を発揮する条件とは何なのでしょう。読者アンケートの評価が芳しくないと感じたら、バトルトーナメントを開催することでしょうか? それまでの強敵をワンパンチで倒すようなさらに強い敵を登場させることでしょうか? それとも、パワーアップのための新アイテムの登場でしょうか? もしくは、これら誰もが思いつくようなテコ入れ策を否定することでしょうか。

堀越先生の初期作品は、いずれも新人作家の作品と思えないくらいの高い完成度だったと思います。が、なぜか人気があまり出ませんでした。ジャンプ誌面において、個性を今一つ発揮できなかった先生の鬱屈が、本作では爆発しているように感じます。

さて、上でさらりとよくあるテコ入れ展開を思いつくままに例を書きました。これらはお約束として、ジャンプに限らずあらゆる少年漫画でよく見る展開です。なぜこれらの展開をよくみるのか? それは、これらの展開が面白く、少年の心をワクワクさせるからでしょう。そういえば、ハリウッド映画には、脚本を書くための学校があり、徹底的に娯楽映画のスクリプトパターンを叩き込まれるそうです。ジャンプを含む日本の少年漫画文脈には、こうした王道かつ、絶対に面白いパターンが脈々と受け継がれております。新人作家はその型を踏襲したうえで、さらなる高みを目指さなければなりません。

こう考えると、これまでのジャンプの漫画が個性的だったのかどうか、疑問がわいてきませんか?

受け継ぐことにより生じる責任は呪いか祝福か

“友情”“努力”“勝利”というスローガンは、こうして継承されてきた少年漫画の型のひとつであったのではないかと思います。この“友情”“努力”“勝利”の次に少年漫画でよく見る型が、血統主義とでも言うような出生の特殊性です。戦闘民族サイヤ人の生き残りだった『ドラゴンボール』(鳥山明/集英社)の孫悟空。北斗神拳創始者であるシュケンの血を受け継いだ特別な伝承者だった『北斗の拳』(原作・武論尊/作画・原哲夫/集英社)のケンシロウ。キン肉星の王子だった『キン肉マン』(ゆでたまご/集英社)のキン肉マン。

彼らは出生の段階で逃れられない力をもっていました。かつてのジャンプはこの血統による力の継承を、宿命と呼び変え強大な悪にぶつけることでタイマン試合のような高揚感を少年向けの娯楽として昇華していたと思います。

ところが、1995年のTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の登場で、力の継承と深く向き合う作品が増えてきました。もちろん、エヴァ以前もこうした作品は存在していましたが(それこそ、62年発表のアメコミ・スパイダーマンはこれを前面に出した作品でした)、決してメインストリームではありませんでしたし、どちらかといえば青年向けの作品でのテーマでした。ところがエヴァ以降、力を持つことによって生じる責任や、受け継ぎたくもない力からいかに逃れるかについて語る作品が、メインストリームに躍り出たのです。この波は少年漫画をも浸食し始めました。現在あらゆる作品で、自分は力を使うべきか悩む場面が描かれるようになっています。

本作で自ら率先して「ワン・フォー・オール」を受け継いだ出久は、力を継承しなければ考える必要もなかった苦痛を味わい続けます。はっきりと、力の継承は呪いであると断言する描写です。それでも出久は、友人や名も知らぬ誰かを助けるため、そして力を預けてくれたオールマイトたち歴代の継承者の思いを受け継ぐため、力を使いこなせるように努力し続けます。

出久が守ろうとしている人に、名も知らぬ一般庶民やオールマイト以外は直接の関わりのない歴代継承者が含まれていることの意味は非常に大きいと思います。というのも、2000年代の力を持つ責任について語った作品の多くが、主人公とその周辺の関係性のみの狭い“セカイ”の中での思考実験にとどまっていたからです。スパイダーマンも、叔父という身近な人間の死が改心のきっかけでした。出久はかつて語られた狭い“セカイ”を飛び出し、最初から名も顔も知らぬ人のために力を使うことを自ら選択しています。歴史を継承しつつ、それを超克した主人公なのです。

その姿は、本来は逃れてもよかったはずなのに、それでも日本で最も売れる週刊漫画雑誌の連載枠を受け継ぎ、血反吐を吐きながら誰も読んだことのないような漫画を描き続けなければならない漫画家の姿のようです。苦痛は筆舌に尽くしがたいものですが、もし、ジャンプで新しい型を生み出すことができれば、その作品は間違いなく、新たな世界のスタンダードとなっていきます。

“責任を継承し超えること”。

僕は、これこそが真のジャンプのスローガンなのではないかと最近考えています。

ヒロアカは、マンガ好きなら「あ、この構図、あの先生のあのページだ」と思うようなシーンを、おそらく意図的に挿入しています。それでいて、ヒーローを目指すクラスメート全員に見せ場を作りながら物語を破綻させないという、週刊連載漫画では見たこともないようなことをさらりと行います。物語の章が切り替わると、本作は未来でヒーローとなった出久が過去を振り返って語っている物語であることを強調するためのモノローグが入ります。まるで、マルセル・プルーストの大作小説『失われた時を求めて』のようですが、この演出は、主人公が祝福された理想のヒーローになれることは最初から確定しているというとんでもないネタバレだったりします。

歴史ものではないにもかかわらず、盛大なネタバレを見せながらここまでドキドキさせてくれる漫画を、僕はあまり知りません。本作は間違いなく、ジャンプイズムを“継承”しつつ、次の世代へ引き継がれるべき、少年漫画の新たなスタンダードを作り上げた作品なのです。

著:堀越耕平
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出演:山下大輝, 三宅健太, 岡本信彦, 佐倉綾音, 石川界人, 悠木碧, 広橋涼, 井上麻里奈, 細谷佳正, 増田俊樹, 畠中祐, 梶裕貴 監督:長崎健司
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この記事を書いた人

フリーの編集者。雑誌・Webを問わずさまざまな媒体にて編集・執筆を行っている。執筆の得意ジャンルはエンタメと歴史のため、無意識に長期連載になりがちな漫画にばかりはまってしまう。最近の悩みは、集めている漫画がほぼほぼ完結を諦めたような作品ばかりになってきたこと。

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