本編よりも読みやすく、誰もが楽しめるジョジョのスピンオフ……『岸辺露伴は動かない』

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岸辺露伴は動かない
『岸辺露伴は動かない』(荒木飛呂彦/集英社)

「週刊少年ジャンプ」(集英社)から始まり、35年以上連載が続いている超人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦/集英社)。そのスピンオフシリーズとして、掲載誌も掲載時期も完全不定期で始まった作品が『岸辺露伴は動かない』だ。スピンオフ作品でありながら、アニメ化に実写ドラマ化・映画化まで成し遂げてしまった本作は、ある意味、2023年現在本編よりも手軽に触れられるジョジョワールドなのだ。

目次

『ジョジョの奇妙な冒険』随一の変人が主人公に大抜擢

本作の主人公である岸辺露伴は、荒木飛呂彦の代表作『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部に登場する人気キャラクター。職業は漫画家。作中内での大人気漫画『ピンクダークの少年』を少年ジャンプに連載しており、漫画の執筆に人生の全てをささげている。

世間的にはスタイリッシュな人と思われているが、実は人が苦手でかなりの変人。小学生相手に本気で嫌がらせをするし、漫画の資料にしたい環境を守るために6つの山をまとめて購入し、地価の下落で自己破産。極めつけは、リアルな蜘蛛を描くためにと、生きた蜘蛛をトーンナイフで切り刻み、その味を確かめるシーン。リアルタイムで読んでいてトラウマになった諸氏も多いことだろう。

本編第四部では、敵キャラとして登場。人間の記憶を本の形にして取り出し、それを読んだり、あるいは、露伴が望む物語を書き加えたりできる (記憶の改ざん)能力「ヘブンズ・ドアー」で活躍した。

偶然、主人公の仲間の記憶を読み、自分のような能力者が他にもいることを知った露伴は、その記憶を漫画にしようと暴走し、第四部の主人公・東方仗助らを殺しかける。最終的に仗助に敗れ重傷を負ったのだが、それでも「凄い体験ができた」と血まみれでペンを握る姿は、周囲をドン引きさせたのだった。

その後、紆余曲折あって仗助らの仲間となるのだが、最後まで自分をひどい目に合わせた仗助に対する憎しみは絶やさないなど、執念深い性格を見せた。癖のあるキャラクターが多い『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズにあって、その強烈な個性は群を抜いている。

『岸辺露伴は動かない』は、そんな露伴が主人公の、完全スピンオフシリーズだ。

著:荒木飛呂彦
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変人だからこそ成立した奇妙なドラマ

本作の特徴は一話完結の短編作品となっていること。『岸辺露伴は動かない』には、敵となる能力者が存在しない。露伴が出会うのは、古くから伝わる妖怪伝説や自然現象、はたまた心霊の類だ。取材先や普段の生活でたまたま奇妙な事件に出くわしてしまった露伴先生が……特に事件を解決するでもなく、ただ巻き込まれ、身にかかる火の粉だけ払ったという出来事をつづっている。まさにタイトル通り、露伴は特に動かない。

なかには、露伴は一切関係なく、彼が聞いた話を語るだけのエピソードもある。TVドラマ『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系列)や、あるいは90年代中期に一世を風靡したSF怪奇ドラマ『X-FILE』シリーズを見たあとのような読後感を想像してもらうとわかりやすい。

特に単行本1巻に収録されている「密漁海岸」の話は衝撃的。岸辺露伴と、イタリアンのシェフ(ジョジョ本編四部でおなじみのトニオさん)が、地元の海岸にアワビを密漁しにいくという話なのだが、ただのアワビ漁が、きちんとSFにもホラーにもサスペンスにもなっており、めちゃくちゃ面白いのだ。何十回も読み直しているのだが、毎回感動してしまう。

その面白さは、本作がNHKでドラマ化し放送された際、映像化は一切されなかったのに「密漁海岸」というワードが、Twitterのトレンドを席巻していたくらいだ。

本作は、ストーリーテラーが岸辺露伴であるからこそ成立する話がいくつもある。「何故、そんなことをするのか?」「何故、特殊能力のヘブンズ・ドアーを使わないのか?」といった疑問が「だって岸辺露伴って変な人だから」で解決できるのだ。

岸辺露伴というキャラクターは、「めんどくさいこと」と、「他人と積極的に関わること」が大嫌い。しかし、それが「漫画のネタになりそうなこと」や、「物語として興味をもったこと」、「数少ない友人に関する問題」となると、興味本位で積極的に首をつっこみたがる厄介な人。

結局岸辺露伴は、自らの好奇心に負けて、奇妙で、不思議で、恐ろしい体験を味わい、身を滅ぼしかけているのだ。

究極のマニエリスムであるホラー作品+論理的な作風=傑作娯楽

ここで、突然の告白になるが筆者はホラー映画が大好きだ。小学生のころたまたま見てしまった『13日の金曜日PART2』(1981年)に衝撃を受けて、以降両親に隠れながらホラー映画を見続けた。高校時代は、学校の横に格安レンタルビデオショップがあったことも災いし、週に10本くらいのペースでホラー映画を見続けていた。今でも、なんだかんだ1カ月に1本は映画館でホラー映画を見ている。

一緒にホラー映画を見た友人によると、筆者はホラー映画を見ているあいだ笑っているらしいが、これは、自覚もある。

実はホラー映画における目新しい演出というものは、ほぼ存在しなくなっている。なんだったら、ショッキングなシーンがすべて過去の映画の演出のつなぎ合わせのような映画も多い。むしろ、最近のホラー映画は、そのつなぎ合わせのテクニックが評価の対象にすらなっている。ホラー映画はすでに、HipHopにおけるサンプリングと同じ文化だ。もっと古い言葉で言うと美術史用語のマニエリスムというべきか。いかに多く元ネタとなる映画を見ているか、知っているかが勝負の鍵となる。僕がにやにやしている場合は、たいてい元ネタとなる映画が分かった時である。

このような評価機軸が生まれたのは、ショッキングなシーンを直接見せてしまうと、怖さよりも嫌悪感や怒りという感情が先に出てしまうからではないかと考えられる。視聴者が期待するレベルを超えつつ、過度になり過ぎない恐怖を与えることができた演出は、あり得ないくらいに擦られ続けるのだ。むしろ、傑作とされる演出を上手に引用していく方が、より怖くて楽しめるホラー映画に仕上がる。

作者の荒木先生は、2冊の映画批評本を執筆するほどの映画好きで、しかもホラーやサスペンスへの偏愛は有名。さらに、『ジョジョの奇妙な冒険』は論理的なストーリーテリングが評価されている作品でもある。つまり、ジョジョに存在するバトル要素を丸ごと抜いて、ホラーやサスペンスに特化した本シリーズこそ、荒木ワールドの神髄は味わえるといっても過言ではないのだ。

荒木先生の漫画については、裏でどのような計算を行い演出しているかまで『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社)という著書のなかでご本人が説明している。本作は、そんな漫画術の、模範解答のひとつといってよいだろう。

天才に憧れた天才の努力が生んだオリジナリティ

荒木飛呂彦というと、「能力バトルもの」の漫画を生み出した人とされている。ここでいう「能力バトルもの」とは、手から炎や雷を出して戦うという意味ではなく、「自らのもつ特殊能力を活かす形で知恵を張り巡らし、強大な敵へ心理戦で打ち勝つ」作品のことだ。

荒木先生がこうした作品を生み出したのには、当時少年漫画の主流であったマッチョが殴り合う作品を読んでいて、「現実では細い男が勝つこともあるし、そっちの方が見ていて面白いのではと考えた」ことと、「自分の描くキャラクターたちをライバル漫画家のキャラクターと並べると埋もれてしまう」という計算のため、とかつてインタビューで答えている。

荒木飛呂彦という人は、現役バリバリでありながらも、自身の漫画論をかなりあけすけに公開してくれている稀有な作家なのだ。そんな彼が、著書やインタビューで頻繁に名前を出すライバル漫画家が、こちらも『キン肉マン』シリーズ(集英社)を未だ連載中のベテラン漫画家ユニット・ゆでたまご先生であることは面白い。実はゆでたまごのふたりと荒木先生は同い年。だが、高校一年生の時点で漫画家デビューを果たし、すでに人気作家だったゆでたまご先生と、ジャンプ編集部へ持ち込みを繰り返していたものの、20歳まで連載を勝ち取れず悶々としていた荒木先生は、真逆の存在であった。

しかも、荒木先生が面白さを分解しようと試みても、『キン肉マン』という作品は、読めば読むほど論理が見当たらない奇妙な作品。しいて一貫している要素を上げるとすると、ゆでたまごのお二人が、ただただ好きなものを、面白おかしく書いて楽しそうという、その一点のみだ。この作り方は、作者の好きなものと読者の好きなものが合致するという奇跡が起きた時にしか通用せず、意識せずにシナジーを起こせる作家は、天才としかいいようが無い……。

そういえば、藤子不二雄名義から藤子F不二雄と藤子不二雄Aに別れて活動をした藤本先生と安孫子先生の関係にも、似たような葛藤が見受けられる。藤本先生は、感性と本能で漫画を描くタイプで、時折ものすごくブラックなお話をあっけらかんと描いてしまった天才タイプ。対して安孫子先生は、これがあまり得意ではなかった。結局、藤本先生と並ぶべく、安孫子先生が取り入れたのが、論理で描きやすいホラーやサスペンスの要素だった。さらに、安孫子先生は論理が破綻したときに「ドーン!!」のコマと黒ベタで終わらせるというオリジナリティまで獲得している。

荒木先生独特の、ホラー映画の不快な心理音をあえて文字に起こした擬音、“ジョジョ立ち”と呼ばれる誇張されたひねりを入れたキャラクターの立ちポーズなども、努力の末に編み出された技術だろう。そして、この技術の結晶が、荒木節とも呼ばれる味わいであり、『岸辺露伴は動かない』という作品の異常なまでの面白さを支えている。

ちなみに、荒木先生がルーヴル美術館から依頼され、オールカラーで書き下ろした『岸辺露伴は動かない』の番外編、『岸辺露伴ルーヴルへ行く』は、長編として単行本化もされている。高橋一生主演で実写映画化され、2023年5月現在公開中だ。岸辺露伴を主人公としたシリーズは、小説も出ており、こちらも非常に面白い。絵柄のせいで『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズを敬遠している人にこそ、手に取ってほしい。

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原作:荒木飛呂彦  脚本:小林靖子 出演:高橋一生, 飯豊まりえ, 柴崎楓雅, 中村まこと, 増田朋弥
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』本予告 

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この記事を書いた人

フリーの編集者。雑誌・Webを問わずさまざまな媒体にて編集・執筆を行っている。執筆の得意ジャンルはエンタメと歴史のため、無意識に長期連載になりがちな漫画にばかりはまってしまう。最近の悩みは、集めている漫画がほぼほぼ完結を諦めたような作品ばかりになってきたこと。

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