「オタクであること」は自らを縛ること……“あの時代”を生きたオタクへ『古オタクの恋わずらい』

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古オタクの恋わずらい
『古オタクの恋わずらい』(ニコ・ニコルソン/講談社)
目次

“オタクは隠すもの”――90年代を駆け抜けたオタク女子高生の呪縛の始まり

「こんな未来……こんな青春……私の時代にはあり得なかった!!」。時は“オタクは隠すもの”が常識の1995年。ネットも携帯も普及しておらず、まだオタクが市民権を得ていない時代だ。現代ではオタクでリア充な娘を持つシングルマザーとなっている佐東恵は、あの日、オタクを隠すのに必死な17歳の女子高生として大事な転校初日を迎えていた。しかし、「第一印象が勝負」と意気込んでの『天ない』(『天使なんかじゃない』(矢沢あい/集英社))の主人公・翠(冴島翠)を意識したあいさつはダダすべり。ノートに広げた妄想の世界に沈み込んでしまう。

「食わん? ここの購買5分で売り切れるぞ」。するとそこに、見た目の怖い男子生徒が現れる。カツアゲのヤンキーかと思いきやプリンを定価で譲ってきただけの彼は、学級委員長の梶正宗だった。正宗をきっかけに周囲とも打ち解けた恵はその後、バスケ部のエースとして活躍し、放課後にはいとも簡単に不良を追い払った彼に、恋する『スラダン』(『SLAM DUNK』(井上雄彦/集英社))のキャラクター・ルカワ(流川楓)を重ねてときめく。「この人なら……」。意を決してオタクに対する印象を聞いた恵だったが、正宗は笑って「死ぬほど嫌い」と言い放つのだった……。

著:ニコ・ニコルソン
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「いつから市民権を得たのか?」“変遷期”世代から楽しむ90年代のオタク模様

筆者は「オタクはいつから市民権を得たのか?」と聞かれれば、『電車男』(中野独人/新潮社)の映像化(山田孝之主演の映画版も、伊藤淳史主演のTVドラマ版もよかった)や、『涼宮ハルヒの憂鬱』(著/文・谷川流、イラスト・いとうのいぢ/KADOKAWA)のTVアニメ化あたりをそのきっかけとしてつい挙げたくなる、オタクを自覚する三十路前後である。

それだけに、『古オタクの恋わずらい』における、オタク環境をリアルタイムで生きていた層とはひと回りほど離れているわけだが、それでも“オタクは隠すもの”という当事者意識についてはかなりの共感を持って読んでいる。「学生時代は、自分の時もまだこうだった」と。

オタクとしてはずっと「読み専」にして「見る専」で来ている。なので、創作や発信にも意欲がある恵とは、そもそもの内なる熱量がまったく違うはずだ。とはいえ、常に胸中に抱くキャラクターやセリフがあったり、好きな・追っている作品の動向を日々の活力にしていたり。それでいて、そういう秘めたものを隠そうとコミュニケーションがぎこちなくなりがちだったり、同様に苦労している同志に勘付いたり。「あるある」にはひたすら共感してしまう。

一方で、自分はたまたまオタクを深める最中に「得てから」が訪れた、いわばオタクの変遷期に学生時代を送った世代であることを改めて自覚する。たった一回り違うだけの恵と同年代の層は、学生時代の最初から最後まで「得るまで」の中でどっぷりだったのだ。「オタクであること」は、今でこそ自己表現のひとつにすらなるが、ほんの少し前までは自らを縛ることと表裏一体だったことを、主軸はラブコメにある本作ながらつい考えてしまう。

『スラダン』『エヴァ』『ガンダムW』……リアルタイム世代でなくても面白い、90年代の「あの頃」

恵が正宗をルカワに重ねる『スラダン』のほか、『エヴァ』(TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』)や『ガンダムW』(TVアニメ『新機動戦記ガンダムW』)……。三十路前後のオタクとしては、当事者的に見るには早かったが、“目覚め”の早い同志きっかけで存在を知り、やがてちゃんと認知するようなタイトルが「当時のオタクの最前線」として出てくるのは、「分かる」と「分からない」の塩梅が絶妙で面白い。一から十まで共感できるのは恵と同世代かもしれないが、一回り下、ひいてはもっと下の世代でも「内なるオタク」と比較しながら楽しめるはずだ。

著:ニコ・ニコルソン
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この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

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