『君と宇宙を歩くために』――「できない」ことへの悩みに真摯に向き合い丁寧に綴る良作……正反対だが似ている者同士の交流が心に響く

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『君と宇宙を歩くために』(泥ノ田犬彦/講談社)
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正反対に見える2人の出会いが生み出す静かで力強い物語

マンガに限らずエンタメ作品には一人ひとり、それぞれ好みのジャンルや作風というものがある。ジャンルレス、ランダムに作品を選んでいるつもりでも、大枠で見ると少なからず趣味嗜好に当てはまっているケースが多いだろう。ところが、何の気なしに読み始めたものが、いつもの自分の好みとは違っていても(詳細に見ていけば該当する部分もあるかもしれないが)、読み進めるのを止められなくなった経験をしたことはないだろうか。『君と宇宙を歩くために』には、そんな引きつけてやまない魅力が秘められていると、第1話を読んだときから感じていた。

本作は、勉強もバイトも続かないヤンキー高校生・小林のクラスに、ある日、1人の転校生・宇野がやって来る。宇野が大きな声で自己紹介する姿を見て、小林は心の中で「ヤバいヤツ」認定する場面から物語はスタートする。宇野の行動が自分とは違うことで確信する小林だったが、小林もまたバイト先で自分だけがうまく仕事ができずに悩んでいた。そんな小林と宇野がある出来事をきっかけに話すようになっていく。

宇野は素直で明るく、自分に関するルールやルーティンをまとめたノートを常に持ち歩き、何かあった際はそれに従って行動できるが、該当しない状況がとにかく苦手なタイプ。一方、小林はヤンキーとして疎まれつつも何事も1人で対処できそうと周囲から思われるようなタイプで、一見すると2人は正反対のように映る。ただし小林もまた、決してやる気がないわけではなく、小さい頃からの積み重ねの結果、失敗を極端に恐れている。つまり2人は共に、いわゆる“普通”がうまくできないという共通点があるのだ。本作では、そんな2人の交流が描かれていく。

著:泥ノ田犬彦
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「できない」への向き合い方が異なる2人が生み出す優しきハーモニー

周りができているのに自分だけできない。そういった経験をしたり感情を抱いたりしたことがある人もいるだろう。特に学生時代の勉強や運動、年齢問わず日常的な何かであると、余計に自分はダメな人間と思いがちだ。今作で言えば小林はそういった考えを持っていて、派手なビジュアルに反してナイーブな性格で、できないと認めるのはカッコ悪いと思っている。その心情は痛いほどよくわかる。「わからない」と口にするのに勇気が必要という人も少ないはずだ。

そんな小林が、自分にできないこと、苦手なことを解決するための方法を考え、活用している宇野の姿を目の当たりにし、努力をバカにするのではなく、自分に置き換えて反省する姿には思わずハッとさせられる。いいものに出会ったからとはいえ、それを取り入れて実行に移すのにはエネルギーと勇気が必要。できないとあきらめるのではなく、できない自分を受け入れて前に進もうとする小林の行動には、問答無用で心が動かされる。

このように書くと「小林はやる気がなかっただけなのでは?」と思う人もいるかもしれないが、宇野に感化された小林の行動がすぐにすべて上手くいくわけではないし、彼はやる気がなかったのではなく、「わからないことがわからない」だけだったのも読んでいれば伝わってくる。

小林も宇野も現実世界なら、もしかしたら何かしらの症例と診断される可能性もゼロではないだろうが、あくまでも彼らの悩みは当たり前のものであり、それこそ“普通”と表現されるべきもの。誇張しすぎず、さらに何かギフテッドがあるわけでもなく、読者自身やその周囲にいそうな雰囲気で描かれているのは、キャラクター&ストーリーともに好感が持てる。

派手な展開とは縁遠いが人生はその人自身には波瀾万丈と再確認

現代社会は、さまざまな意味で「生きにくさ」を感じている人も多いと思う。その原因が何であれ、その人自身にとっては重大なことであり、向き合うべき事柄であり、他人がとやかく言う権利は決してない。「うまくできない」「うまくいかない」と悩みつつも日々、暮らしていかなくてはならない心情は、本人以外にはなかなか伝わりようがない。

そういう意味では、小林や宇野を見ていると、純粋に自己を投影したり、彼らの行動から改めて何かを気づかされたりして、読み手によっては突き刺さる感覚を覚えるかもしれないが、心に静かに深く染み入ってくる読後感は悪くない。

作風的には大きな事件や彼らが何かヒーロー的な活躍を見せるストーリーは想像できないものの、2人にとってみれば自分たちの人生こそがドラマチックであり、主役の物語であるのは間違いない。“普通”が苦手な小林と宇野が送る日常生活は多くの人と異なる部分もあるが、誰かには違っても、彼らにとっては“普通”の日常。互いに影響し合い、リスペクトし合いながら育まれる友情物語は、どこまでいっても“普通”そのものという、何だか不思議なパラドックスに思えるから面白い。

改めて“普通”なるものの価値観や、何を大切にして生きていくべきかを考えさせてくれる本作。宇野と小林の関係性が無性にうらやましくなり今後も見守りたいと思うと同時に、彼らを取り巻く人々の物語も見てみたくなった。

著:泥ノ田犬彦
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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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