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友情を試す心理戦を描く『トモダチゲーム』から痛感 「信じる」と「疑わない」の相違と困難さ

山口ミコト原作・佐藤友生作画/講談社

非日常系のゲームものがあぶり出す「疑わない」ことのハードル

「友達を疑わないこと」

まさに、この言葉が核にして醍醐味である『トモダチゲーム』。仲の良い高校生5人組が、いきなり借金2000万を背負わされて理不尽なゲームに巻き込まれる。そのゲームの名が「トモダチゲーム」で、運営側の進行役として登場するキャラクター“マナブくん”から、クリアの方法として第1話終盤に提示されるセリフが上記の「友達を疑わないこと」だ。

主人公・片切友一らは単純ながら奥深いゲームに挑み、互いに疑心暗鬼になりつつ心理戦や頭脳戦を繰り広げ、どんでん返しや予想を裏切る展開を見せてくれるのが魅力。勝負に挑む際、「信じる」ではなく「疑わない」という方向に重心を置いているのがポイントだろう。

対義語である「信じる」と「疑う」は、本来の言葉の意味や受け取る人の感性によっても左右される部分はゼロではない。特に人間関係を中心にした物語においては、単純に信じている=疑わないにならないことは明白だ。

友情か金かを巧みに突き付けてくる展開に……

本作には“裏切り者”の存在が第1巻からほのめかされている。この状況で他人を信じることが難しいというのは想像するまでもないが、そこに“友達”というファクターがかかるとどうだろうか。やはり信じたくなるのが人情というものだろう。

ところが各ゲームにはクリア以外に借金を減額できる方法も存在。この状況で誰かを信じるというのは、なかなかにヘビーだし、自分に有利になる条件があるとすれば、むしろ多少の罪悪感や後ろめたさを覚えつつも疑う方が簡単かつ楽と言える。

例えば第1ゲームの「コックリさんゲーム」。仲間の一人が出題者となって問題を出し、全員一致で答えを合わせ正解するとゲームクリアとなる。ところが一向に答えがそろわず互いに不信感を抱く中、途中で出題者のみ借金を減らせるチャンスがあることが読者に提示される。

こうなると主人公以外(彼視点で物語が進むので裏切り者としては除外しておく)、全員が全員、怪しく見えてくる。話し合いで解決すれば……と思うだろうが、「ゲーム中に声出すことは禁止」というルールがあり、主催者側に抜け目がないのが心憎い。

マンガとしての面白さの裏に見え隠れする命題が深い

つまり、ゲーム中には否が応でも信じていても疑わざるを得ない状況に追い込まれることに。これが友達の隠し事をバラすほど有利になる第2ゲームの「陰口スゴロク」でさらに加速する。「○○にしか言っていないのに……」という、わかりやすい人間関係の信頼の“証”となり得る秘密。それを他人にバラされることがどれほどのことか、想像に難くない。

そんな悪魔的なシチュエーションで軽々しく金銭より友情と言えるだろうか。むしろそんな時に友情と言う相手を信じることはできるだろうか。

そんな心を揺さぶられるようなテーマを扱い、人の醜い部分や目を覆いたくなる本質をえぐり出すように描いている本作だが、そこにはどこかアンチテーゼのようなものが感じられる。というのもそれは第3ゲームの「友情かくれんぼ」で、その場から動いてはいけないという隠れ役を買って出たある人物が、信頼を取り戻すために過酷な状況に耐えるという行動からもうかがえる。

主人公である友一が“暗い過去”を抱えており、そのことから高校生ながら人を出し抜く術に長けている。その彼の価値観や人生観一つとっても、「信じる」と「疑う」ということが相反するようで、根幹では通じていると感じさせられる。

物語はただ友情を信じるだけでは到底太刀打ちできない、「大人のトモダチゲーム」へと発展。ゲームの勝利のみならず、さまざまな思惑を持った登場人物たちが参戦し、さらに疑わないことがしんどい展開を迎え、読者の心を揺さぶってくる。

バートランド・ラッセルが遺した言葉の一つに、「必要なのは、信じる心ではなく、それと正反対の、知ろうとする心である」というものがあるが、本作が描こうとしていることの一つを言い得ているかもしれない。

本当に“大切なもの”、人との“つながり”とは何か。そんなことを考えつつ読んでみるのもありだが、もちろん小難しいことを考えずとも、特殊なゲームや心理戦、群像劇や衝撃の展開なども純粋に面白い。それにしても疑わないというのは難しいと痛感した。

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