『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』は“サウダージ”を巡る心揺さぶるシスターフッド

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『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』(いしいひさいち)

※ややネタバレあり

『ののちゃん』(東京創元社)や『がんばれ!!タブチくん!!』(双葉社)などで知られる、いしいひさいちの『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』。いしい氏の公式Webサイトや即売会などでしか販売されない自費出版本でありながら(現在はKindleでも読める)、カルチャー誌「フリースタイル」(フリースタイル)の「THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」で第1位を獲得した話題作。

地方の女子高生・吉川ロカが、年上で姉御肌の同級生・柴島美乃に支えられながら、ポルトガルの国民歌謡「ファド」歌手を目指して奮闘し、成功していく過程を、新聞連載でお馴染みの4コマ漫画を積み重ねるスタイルで仕立てた、ほろ苦い友情物語。思いがけない突然の終焉に、“サウダージ”を巡るシスターフッドを感じずにはいられない、本作の魅力を紹介したい。

目次

アイドルではなく、「ファド」歌手を目指す女子高生であるからこその哀愁の物語

いしいひさいちの『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』が、いわゆる夢追い系の漫画と趣を異にしているのは、主人公の吉川ロカが、アイドル歌手を目指す女子高生ではなく、物悲しい響きを持つ、ポルトガルの国民歌謡「ファド」歌手を目指すという“マニアックさ”が、肝になっているからであろう。「昔どこかで聴いたことがあるような気もするけど、ファドって一体どんな曲だっけ?」と、好奇心がくすぐられるからだ。

ROCA販売特設サイト」に掲載されている、いしい氏の「単行本『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』のあとがきに代えて」によれば、「なぜ、こんならしくもないお話を描こうとしたのか実は今もよくわかりません」と前置きしながらも、「当時の担当者に2人(2人も!)ファドのファンがいたことが大きかったように思います。ひとりは娘にロカ(ポルトガル・リスボン郊外ヨーロッパ最西端の岬)と名付けるツワモノで、もうひと方にはファドの女王アマリア・ロドリゲスの名盤『カフェ・ルーゾ』を教えてもらいました。その後アマリアの再来と言われる(何人かいるようですが)マリーザのコンサートを日比谷公会堂で聴いたことですっかりその気になってしまったようです」と、制作の舞台裏が説明されていて、著者であるいしい氏自身が、ファドという音楽に魅了されて本作が生まれたことが窺える。実際、漫画に登場するエピソードにも、ファドにまつわるネタが随所に散りばめられている。

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天賦の才に恵まれた人が、その使命を果たそうとする時に失うものと得るもの

筆者が本作でもっとも唸らされたのは、路上で歌っていたところを見出されて、レコード会社と契約を結び、晴れてプロのファド歌手としてデビューすることになったロカが、ある日、親友の柴島美乃を前に

「ストリートミュージシャン風のキャンペーンをやってんだけど、『あの吉川ロカが歌ってる!』のはずが、アマチュアの頃より聴く人が少ないの。わけわからん」

と愚痴る場面。

ロカよりはるかに人生経験が豊富な美乃は、

「そりゃおまえ、その目線、仕草、立ち姿がもう見られる人のものになっていて、その違和感が通る人を寄せつけんのだ。ま、別れの季節だろう」

と、まるで仙人のように達観した持論を展開するのだ。

ロカにとって美乃は、ファド歌手を目指し始めた女子高生の頃から、何でも相談にのってもらって来た、気の置けない唯一無二の親友だ。そして美乃にとっても、ロカがかけがえのない存在であることは間違いない。この二人のやりとりをみていると、天賦の才に恵まれた人が、その力を発揮して自らの使命を果たそうとする時、凡人なら持ち続けられたであろう、一番大切なものを失ってしまうという究極の交換条件を迫られるような逸話も、あながちあり得なくはない気もする。

だからこそ、その後、世界的に権威ある「サラザール賞」にロカがノミネートされたことを知った美乃が、すべてを察し、ある事情から「潮時だと思う」「もう連絡するな。じゃあな」と身を引く場面には、心揺さぶられずにはいられなかった。短いメールの文面から、酸いも甘いも噛み分けてきた、美乃の凄みと覚悟が伝わってくるのだ。

窓辺でひとり物憂げな表情を浮かべるロカを見かけたスタッフが、「あれこそ“サウダージ”だよ」と評する場面がラストに登場するが、美乃との別れが、ロカがファドを歌う上で欠かせない“サウダージ”を手にするための試練だったのかと思うと、無性に泣けて仕方がない。ある意味、互いを思い合う親友同士であるが故の、シスターフッドにも感じられるからだ。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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