今こそ見直したいヤンキーの魅力とは?『自転車屋さんの高橋くん』

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自転車屋さんの高橋くん
『自転車屋さんの高橋くん』松虫あられ/リイド社

恋愛漫画を読んでここまでキュンとしたのは久しぶり。正直「心優しいイケメンのヤンキーと、食パンをくわえながら自転車をこぐドジっ子(?)のピュアなラブストーリー」と聞いた時は「いつの時代の少女漫画だよ!」と思わずツッコミたくもなったのだが、いざ読み始めるとあっというまに引き込まれてしまい、ページをめくる手が止まらない。ツナギ姿で働く修理工の高橋くんが、兎にも角にも魅力的すぎるのだ。てっきり思春期の先輩&後輩カップルが主人公の話かと思いきや、不器用なアラサー男女の組み合わせというのも興味深い。しかもヒロインの“パン子”より、高橋くんの方が4つも年下だ。

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ある日、目の前に現れたのは「白馬の王子様」ならぬ「ツナギ姿の金髪ヤンキー」

高橋くんと恋に落ちる“パン子”こと飯野朋子(はんの・ともこ)は、自己主張ができず、ずっと周囲に流されながら生きてきた30歳の会社員。セクハラ上司に絡まれても、要領のいい同僚に仕事を押し付けられても、自分さえ我慢すればすべて丸く収まると考えてしまいがちな、自己肯定感が極端に低いアラサー女子だ。ある日、愛用の自転車のチェーンがはずれて困っているパン子の前に、ピアスだらけで金髪メッシュのヤンキーがどこからともなく現われる。戸惑うパン子をよそに、手を油で汚しながらも華麗な手つきで直してくれた。ぶっきらぼうだが口を開くと方言炸裂で、ハッとするほど美形(という設定)の高橋くんは、祖父が営む自転車屋さんで働く修理工。どうやら食パンをくわえて店の前を自転車で走り去るパン子のことが前から気になっていた様子で、それ以来ことあるごとにパン子に声をかけてくる。そして後日、パン子が自転車のメンテナンスを頼みに店を訪れたことをきっかけに、二人の距離はだんだんと近づいていく……。

「ドラえもん」と「町中華」が正反対の二人を結びつける!

地元育ちでいまだに幼馴染みとしょっちゅうつるんでいる高橋くんと、東京出身で就職を機に一人暮らしをしているOLパン子とでは、一見した限りまるっきり接点がなさそうなものだが、実は「ドラえもん」が好きなところや、オシャレな店より気心の知れた町中華の美味しいご飯が好きなところなど、意外な共通点がいくつもあった。パン子のことを「ともちゃん」と呼び、「ともちゃんを傷つけるヤツには一切容赦しない」高橋くんだが、派手な見た目とは裏腹に実は優しく繊細なところがあって、パン子に対しては強引さのかけらもない。というのも、彼の中には「大事な人が嫌がることは絶対にしない」という信念があるからだ。一方、見た目は怖いが自分のことを守ってくれる高橋くんを「遼平くん」と呼んで慕い、彼の前では少しずつ素の自分を見せるようになってきたパン子も、ひょんなことから触れてしまった彼の心の奥底にある傷と、時間をかけて向き合いたいと考えるようになる。

ヤンキーと内気なアラサー女子に見る「年季が入ってしまったがゆえの生きづらさ」

とはいえ、ヤンキー特有とも言える真っ直ぐさとアツさを兼ね備え、基本的には自分が思ったことしか言えず、やりたいことしかやらずに生きてきた高橋くんと、常に周りの顔色をうかがい、自分の本当の気持ちを押さえ込んで生きてきたパン子とでは、物事に対する向き合い方があまりにも違い過ぎて、ぶつかる場面も幾度か登場する。だがまさにそれこそが、思春期の男女のラブストーリーとは一線を画す、本作ならではの醍醐味なのだ。時にアラサーとは思えぬ子どもっぽい振る舞いを繰り返してしまう彼らの中に、ある程度年齢を重ねた読者ならきっと「年季が入ってしまったがゆえの生きづらさ」を感じずにはいられない。長年自分が馴染んてきた生き方を変えるのがどれほど難しいことなのか、年を取れば取るほど身に染みて実感しているからだ。

にもかかわらず、この漫画に登場する高橋くんもパン子も、決してそれを諦めてはいない。自分とは違う他者と出会うことで自らを見つめ直し、はじめて自分自身を大切にすることで、またそれを他者にフィードバックしていく。そんな究極のエコシステムを、少女漫画の王道ともいうべき「心やさしきヤンキー」と「大人のドジっ子」が恋に落ちる恋愛漫画から教えられることになるなんて、『自転車屋さんの高橋くん』を読む前は思いもしなかった。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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