嘘をつくことは悪いことか?“人生の主役”になるため嘘をつく女の子に不思議なシンパシーも――『嘘つきユリコの栄光』

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嘘つきユリコの栄光
『嘘つきユリコの栄光』(田中現兎/講談社)

※ややネタバレあり

目次

主人公は「嘘つきな女の子」という意外性

「嘘をつくのは悪いこと」と言われたり、「嘘つきは泥棒の始まり」ということわざがあったりなど、嘘についてはマイナスや悪い印象を多くの人が持っているはず。ただ、エンタメなどでは時として「嘘は本当にいけないものなのか」といったようなテーマを含んだ作品を見かけることもある。本当に嘘はダメなものなのだろうか?

もちろん、誰かを傷つる、またおとしめるような嘘はNG。そうではなく、例えば誰かを励ましたり勇気づけたりする“優しい嘘”や、自分を鼓舞するためにあえてつく“嘘”などは、人によってはアリだと判定する人もいるかもしれない。嘘に対する感じ方や考え方は千差万別だが、本作では嘘を軸にストーリーが展開していく。

主人公はすぐにバレる嘘をつき、周囲からは“痛い子”呼ばわりされている小石川百合子。そんな彼女は中学入学と共に嘘をつかない自分に生まれ変わろうと決意するのだが、同じクラスに大企業グループの御曹司でイケメンの満月院家康が現れる。そのインパクトの大きさに、自分自身を「『その他大勢』のわけがない」と信じている百合子はあせり、思いがけない嘘を口にする……というところから物語が幕を開けるのだ。

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嘘に嘘を塗り重ねていくことで、思いがけない展開に

ややネタバレにはなってしまうが、彼女がついた嘘は、「私は満月院くんの婚約者です」というもの。

このことからもわかるように、百合子がつく嘘は突拍子もなく、周りも思わず疑ってしまうような内容が大半。それでも彼女が嘘をつくのは、“自分は人生の脇役ではなく主役だと信じている”からだ。新たな環境では嘘をつかないと決めていたのに、それでも嘘をつく。こうなると、彼女の存在自体が嘘に支えられているのでは、とも勘ぐってしまうが、彼女自身、本心では嘘をつきたくないと思っているのは間違いないだろう。

誰もが嘘と思うような婚約者ネタをくり出した百合子だが、もちろん家康でさえポカーンという反応。彼女はこの状況をどう乗り切るのか。本当のことを言って謝るのかと思いきや、さらなる嘘を重ねていくところが彼女らしくもあり、なかなかに興味深い。そして家康もまた……。彼のキャラクターが、予想外の方向へと導いてくれるのも悪くない。

まったくもって先読みできない痛快さ

冒頭に触れたが、嘘は悪いこと、いけないこと。本当にそうだろうか。悪意があるものこそ問答無用の代物ではあるものの、例えば嘘を“脚色”や“演出”と言い換えると意味合いや印象は変わってくるのでは?

それでも拒否反応を示す人はいるだろうし、できることなら嘘はつかないに越したことはないのかもしれない。ただ、「嘘から出た実」的なことわざがあるのも事実。自分を鼓舞するため、新たな自分へと変化していくためにつく、少し“前向きな嘘”は存在してもいいのではないだろうか。

百合子の場合、その性格などはさておき、他人である家康を巻き込んでいるのは、少々いただけないのかもしれないが、現実の日常生活の中で無意識的に嘘や脚色した話をしている人もゼロではないはず。そう考えると、嘘だけで難局を切り抜けていく百合子はたくましくもあり、どこか人間くさいとも言える。

嘘が絡む作品は、サスペンスやコンゲームなどが主流の中、女の子が嘘を武器に突き進む本作はまさに新感覚。彼女が嘘をつくことにより、どこに向かって何を得るのか。最後まで寄りそって見たいと思う。

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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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