あのプロレタリア文学の傑作をSFリメイク! これぞエンターテインメントな『新約カニコウセン』

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新約カニコウセン
『新約カニコウセン』(作画:真じろう /原作: 原田重光/白泉社)
目次

オレたちの価値は「蟹缶5個」……“この世の船底”で巨大蟹を狩る奴隷たち

「この世の船底で命をかけて漁に出る。蟹を狩るために」。数千年前に蒸発した海に代わり、入り組んだ地形と激しい寒暖差が生み出す“空流”が地表の7割を覆う世界。独自の進化を遂げ巨大化した水棲生物は、その“空流”に乗って空を泳ぐようになっていた。帝国は共和国連邦を相手に、そんな水棲生物を獲物とする漁業で熾烈な争いを繰り広げており、それはさながら代理戦争の様相を呈している。彼らが特に力を入れるのが、蟹漁である。

孤児院で育った流伽も、帝国で蟹漁に従事するひとり。幼馴染の柊とともに売られてきた彼は、獲れた蟹を加工する「蟹工船」をすみかに、巨大蟹を狩っては缶詰にする仕事に身を費やしている。いつ何があるとも知れない身。もはや自分の行く末を諦めている流伽はある日、なけなしの金を柊に託し、ひとりで自由の身を目指すよう諭した。しかし、「蟹工船」に暴政を敷く悪逆監督・九条に歯向かったことで、そんな流伽の運命は大きく変わる。

著:真じろう, 著:原田重光
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底辺労働者たちの生きざまが“バイオレンスで面白い”! また“生まれた”『蟹工船』

共産主義的な思想に基づいて、抑圧された民衆の姿を描くプロレタリア文学の傑作『蟹工船』(作:小林多喜二)が2008年に再び脚光を浴びたのは、同年1月に「毎日新聞」に掲載された作家の高橋源一郎と雨宮処凛の対談記事がきっかけだとされている。

小林多喜二が1929年に発表した同作は、帝国主義下にある日本、オホーツク海で操業する蟹工船を舞台に、過酷な労働を強いられ非人間的に扱われる底辺労働者たちが蜂起に至るまでを描いた小説だ。それが平成の「格差社会」や「ワーキングプア」と重ねて語られたことで約80年もの時を越え、未来を生きる人々に広く読まれることに繋がったのである。

当時のブームを報じる記事には、「これはもはやリバイバルではありません」「今生まれた、新しい小説として読まれているのです」との印象的な文言も見出せる(「J-CASTニュース『多喜二虐殺に匹敵する事件』蟹工船ブームでマンガも売れる」2022年1月27日)。

そして、令和のここに来て、平成でも見直された原作の普遍的なメッセージを踏襲しつつも、大胆な切り口で魅せる『蟹工船』がまた“生まれた”。まさかのSFリメイクでエンターテインメント巨編へと昇華させた、『新約カニコウセン』というマンガが登場したのだ。

『蟹工船』の世界観を説明するなら、作家の荒俣宏による「絶叫と残虐、地底と地獄、さらに人権意識のギリギリの線まで迫った暴力性に満ちあふれた、昨今のホラー小説も色蒼ざめるような、なまなましくも呪わしいストーリーテリング(『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社)、P31)」、という言葉を借りれば伝わりやすいだろうか。

『新約カニコウセン』でまず目に留まるのも、そういった原作を膨らませた迫力のバトルシーンや、“この世の船底”に押し込められた流伽たち底辺労働者の悲惨極まりない状況だ。それらを、バイオレンスなエンターテインメントへと高めているのが見どころなのである。

巨大蟹を狩る手段として最も有効なのは、その身ひとつで節足動物の弱点を攻める関節技だとされている。流伽たちが4の字固めを極め、蟹のハサミや脚をバキボキとへし折っていくさまは手に汗握る迫力だ。その一方で、巨大蟹たちも容赦なく労働者の手や足をもぎ、時には胴体までをも切断していく。残酷だからこそ、より画面へと視線を向けてしまう。

また、そんな命を賭した蟹漁には厳しいノルマが課せられており、果たせない者には「蟹工船」を牛耳る監督の九条(元ネタは原作における「浅川監督」だと思われる)がただひたすらに鞭だけを振るっていく。“小柄な童顔にして片腕片足が義肢で隻眼”という強烈な見た目から、どこか芝居がかった言い回しで苛烈なパワハラを繰り広げる言動まで、九条という徹底した悪役が存在しているのもエンターテインメントとしての大きな強みだろう。

『新約カニコウセン』の原作者・原田重光は、webサイト「ウォーカープラス」のインタビューで「誤解を恐れずにいうなら、本作でやりたいことはエンターテインメントです。『蟹工船』というと、その時代背景や小林多喜二の壮絶な死から政治的メッセージの強さが注目されますが、私自身は何より『おもしろい』作品でもあると思っています」と語っている。

『蟹工船』を“「おもしろい」作品でもある”と評価することについては、荒俣宏も先述した著書で「『蟹工船』のスプラッターホラー性は、まさに政治的には無意味なほどの残虐趣味にまで立ち至っている(同前、P34)」や「労働者を救う側の論理ではなく、労働者をいたぶる側の方法に基づいて書かれている。労働者をいかに苦しめるか。その視点を徹底して貫いているからこそ、『蟹工船』をスプラッターホラーとして読むことのほうがむしろ自然に思えてくる(同前、P35)」と、その娯楽性を指摘している。

「まさかのSF」と書いたが、突き詰めれば「そういうエンタメとしても読める」という深さこそが本作の魅力なのだろう。

「底辺はさらに底辺を作る」今なお胸に響く、原作の普遍的なメッセージ

……とはいえ、第1巻を通して読んでみると、そんなエンタメ要素と並び立って底辺労働者たちの言葉や行動もしっかり胸に残るのが、本作に込められた『蟹工船』の普遍的なメッセージの強さだ。とある労働者の気概の言葉、そして“この世の船底”にいる流伽たちにすら上下が生まれるさまを突いた九条の「底辺はさらに底辺を作る」という思想には、どうしても足元を顧みる気持ちになってしまう。

作中、意味深に登場した原作も今後、恐らくは大きな役割を果たすことになるのだろうか。現代的なエンターテインメントとして、そして今、改めての時代の映し鏡としての“新約”のこれからの展開に、ますます期待するばかりだ。

著:真じろう, 著:原田重光
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この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

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