細やかな心理描写によって年の差男女のはがゆい恋愛模様を巧みに写し出す―― 『うどんの女』

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『うどんの女』(えすとえむ/祥伝社)
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何気ない出会いから始まる大人の恋愛。もどかしい恋の行方とは

時間に余裕があって活動的な学生時代と異なり、社会人になると出会いの数は圧倒的に減る。同じ会社に長く勤めることを選べば尚更だ。

ひと時の出会いはあれど、関係性を深めるまでになるのは難しい。望むほどに出会いは遠ざかるものだ。とはいえ、思いもよらない経験から思わず深い仲になることもあるかもしれない。全ては自分次第ということだろう。

男女がどのように出会い、恋に落ちるのか。『うどんの女』を読めばその一端を知ることができる。恋心の自覚から交際までの過程が実にユニークに描かれ、ところどころに大人ならではの悩みやじれったさが垣間見られる。フィクションではあるが、恋愛とは気付くか気付かないかの問題で、そのきっかけは案外そこら中にあるのかもしれない、と思える。

離婚を機に実家に戻った主人公・村田チカは、大学の学生食堂で働く35歳。

うどんの調理を担当しており、毎日のようにうどんを注文する大学生・木野のことが気になり出していた。お互いを意識し始めた2人だったが、その関係はなかなか進展しない。そんな中、チカの元旦那が、木野が参加するゼミの教授・田中真臣だと分かり、2人の関係は変わり始める。

じれったい2人の恋は、どのように成長し変化して行くのか……。

著:えすとえむ
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巧みな感情描写が生み出す等身大の恋愛模様は絶品!

男と女、それぞれの視点からただ淡々と語られる心情。現実と妄想が入り乱れ、2人の関係性になかなか変化は訪れない。美麗だが単調な画で、キャラクターのモヤモヤとした表情やコシのあるうどんの描写ばかりが際立つ。心躍るクライマックスもない。にも関わらず、読めば思いがけずその世界観に引き込まれ、夢中になってしまう。

本書には、“人を好きになって、自覚して、思いを伝えて、結ばれるまで”の心の機微がぴっちり詰まっている。青春期とは違った心の動き、独特な甘酸っぱさと苦々しさ、30歳を越えた女性だからこそ抱く思い、劣情……言葉にするのが難しいあらゆる感情が見事に表現されている。

人が恋に落ちる瞬間は分からない。それでも、ただの“気になる”から“好き”になるまでの過程が丁寧に描かれているので、「自分だったらこの瞬間」と考えてみるのも面白いだろう。多くの人は、自分でも分からないうちに好きになってしまっているのかもしれない。リアリティと説得力があり、「大人はこうして恋をするのか」と納得できる一風変わった良作である。

舞台となる大学が美術系、かつ木野が描いた油絵も登場するため、うどんがただの食べ物としてだけではなく、感情表現を担う存在として機能しているところも面白い。

本作は主人公と同年代の女性に刺さるのはもちろん、「気になる女性が何を考えているか分からない」と悩む草食系の男性にも打ってつけだろう。チカと木野のように、ことのほか皆似たようなことを考えているのかもしれない。何にせよ、最終的に言葉にしなければ本当の思いは伝わらない。消極的でも、じれったくとも、恋の成就に「好き」という言葉は不可欠ということだろう。

突飛な恋愛漫画が苦手な人にこそおすすめしたい、ありのままの物語

『うどんの女』は、えすとえむ氏による、うどんを通して歳の差男女のじれったい恋模様を描いたラブコメディ漫画である。2010年に漫画雑誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)にて読み切りの「94円」が掲載され、2010〜11年に同名漫画が連載、完結済み、全1巻。

少女漫画によく見られる現実離れした恋愛ものは苦手、という人にもおすすめ。男女が“35歳・バツイチの女性と21歳の大学生”という時点で「フィクションだ!」と感じる人も多いかもしれないが、意識や感情の変化、すれ違う様が注意深く描出されているので、不自然に思うことはないはずだ。恋愛の形は千差万別、「こんな恋愛素敵だな」と素直に思えることだろう。 さらに、それぞれに違った個性を持つキャラクターも魅力的。周囲にいそうな人物像ばかりなので、感情移入しやすい。本作に特別な人物は登場しないし、特別なことも起こらない。だからこそ共感でき、ストレートに面白いと思える、不思議な魅力に溢れた一冊だ。

著:えすとえむ
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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