『夏の手』で猛烈に想起させられた「幸せのにこごりみたいな瞬間」とは?

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夏の手
『夏の手』(大橋裕之/幻冬舎)

『夏の手』は、以前紹介した『音楽』(完全版)の著者・大橋裕之による、「(今年は)夏が日本に来ない」という風変わりな少女みっちゃんと、アホな少年タケシによる忘れられない夏の冒険譚。大橋ならでは独特でユルいのにヤケに奥深いやりとりが最大限発揮されていて、シュールな絵柄とオフビートなSF風味の物語の奇妙なマッチングに、グングン引き込まれてしまう。どことなくもの悲しい夏の終わりにピッタリな、本作の魅力を紹介したい。

目次

子どもの発想がそのまま漫画になったかのようなシュールな冒険譚

『夏の手』は、アホでイジメられっ子のタケシが、自分よりもっとアホだけどカッコいい少女みっちゃんと出会ったことで“生きる希望”のようなものを見出していく、ちょっぴりセンチメンタルなひと夏の成長物語である。「みんなで夏祭りにいって、みこしをぶっこわそう!」と盛り上がったものの、「でもね。夏は日本に来ないんだよ」という、みっちゃんの意味深な発言の真相を確かめるべく、各地に夏をもたらす力のある「夏さん」が住むといわれる架空の島・ケロ島に、アホなタケシたちが船で密航して乗り込み、洞穴を探検して夏さんを捜索する……という、ミステリー仕立てのシュールな冒険譚。であるのだが、その独特の画風も相まって、子どもの頃の自由な空想がそのまま漫画になったかのようなハチャメチャなストーリーであるにもかかわらず、読んでいる最中に胸がざわざわしてきて、忘れたくても消せない奇妙な夢のように筆者の記憶に深く刻まれてしまった。

タケシとみっちゃんのやりとりを見ていると、恋愛とか友情とかそんなちっぽけなことはもはやどうでもよくて、「この子とただただ一緒にいるだけで何をやっても楽しくて、いつまででもケタケタと笑い転げていられる」という、まさに「幸せのにこごりみたいな瞬間が、昔自分にも確かにあったよなぁ……」と思わされてしまうのだ。

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男子同士のイジメも“捨て身”で解決するみっちゃんのすごさ

なんといってもみっちゃんのすごさが最大限に発揮されるのが、本書の表紙にも採用されている、みっちゃんが何やら顔を真っ黒にしているとんでもない経緯(とその黒いものの正体)が明かされる場面。具体的には、アホのタケシがガキ大将のマサオくんに絡まれているのを見るに見かねたみっちゃんが、マサオくんのTシャツの胸倉をつかんで犬のうんこをその中に入れ、反撃に出るも逆に顔をうんこまみれにされて泣いているユウタとタケシを前に、「おい、みんな、こっち向け、泣くな」と、なんとみっちゃんがみずから犬のうんこをわしづかみにして自分の顔にも塗りたくってみせるという荒業を披露する。そして最後はみんなで「はははははは」と互いに笑い飛ばしながら川に入って顔を洗い、「いままで殴ったりしてごめんさない」「もういいよ」と、マサオくんたちとタケシが美しく和解する。

実はみっちゃんは、男勝りの性格ではあるものの決してアホなわけではなく、脳の病気を患っていて、“犬のうんこ事件”の直後に頭の手術のため入院してしまう。タケシはみっちゃんの元にお見舞いに行くが、みっちゃんの父親に「このカマドウマが! 消えろ!」と無残に追い返されて、「夏さんを連れてくるから待っててね。早く元気になってね」と誓うのだ。

今年の猛暑も「夏さん」が日本に長期滞在したせい、なのか……!?

果たして「夏さん」がどんな風貌で、どんな結末になるのかは、ぜひとも漫画を読んで確認してほしいのだが、ケロ島から帰還したタケシたちを、思いもよらない展開が待ち受ける。「こんな残酷な仕打ちがあってたまるか~!」と読んでいるこちらは思わず涙でページがかすんだが、子どもは大人が思うよりも以外とあっさり事実を受け入れる。みっちゃんと過ごした思い出や交わした約束は紛れもない事実であって、たとえ何があろうとも決して消えたりはしないのだということを、アホなタケシやマサオくんたちは信じているからだ。

ところで、今年の夏は異様に暑かった。ということは、夏さんがケロ島からやってきて、日本に長期滞在しているということだろう。だが、思い返せば漫画の中でタケシたちが「お願いします! また去年のように日本に来てください!!」と夏さんに頼んだとき、夏さんから「は? 何言ってんだ? 俺は去年もその前の年も日本に行ってねーよ」と予想外の事実を告げられ、「じゃ、じゃあ去年も日本は夏になってなかったってことですか?」「うん。そういうことだな」「(どうやらぼくらは夏が来てないのに勝手に夏をすごしていたみたいだ)」と、タケシは自問自答していた。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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