『アンダーカレント』が「映画以上に映画的」であると称される理由とは――

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アンダーカレント
『アンダーカレント』(豊田徹也/講談社)

2004年から「月刊アフタヌーン」(講談社)誌で連載開始され、2005年には単行本(全1巻)も発売された、豊田徹也の漫画『アンダーカレント』。2009年の「Japan Expo」で第3回ACBDアジア賞を受賞。2020年には、フランスの放送局が選ぶ「2000年以降絶対に読むべき漫画100選」で3位に入るなど、知る人ぞ知る傑作漫画として読み継がれてきた本作。今年、今泉力哉監督により真木よう子主演で実写映画化(2023年10月6日公開)されることから、再び注目が集まっている。ひとたびページをめくれば、そこに描かれたキャラクターや景色が、抒情的な映像として立ち上がってくる。「映画以上に映画的」ともいえる、本作の魅力を紐解きたい。

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ある日、身近な人間が黙って姿を消してしまったら……?

年間およそ8万人――。これは、日本の警察に届けられている行方不明者の数である。なかには、不慮の事故や事件に巻き込まれて帰りたくても帰れない人や、何らかの事情があって逃亡している人も含まれるが、何も言わずに家を出て、自分の意志で帰らない人も少なくないというから、残された側の気持ちを考えると、なんともやりきれない。

漫画『アンダーカレント』で描かれるのも、ある日、夫が組合の旅行に参加するため家を出て以来、音信不通のまま行方不明になり、理由もわからず途方に暮れ、家業である銭湯の仕事が手につかなくなった主人公・かなえと、そんな彼女を取り巻く人たちとの日々の交流だ。ふらりと現れ、「アパートが決まるまで、住み込みで銭湯で働きたい」と申し出た堀という男との共同生活、風変わりな探偵・山崎が探る失踪した夫の行方。幼少時代から、かなえがたびたび見る夢の真相など、銭湯を舞台に、決してひと筋縄ではいかない要素を複数盛り込みながら、まさに「底流」を意味するタイトルのままに、静かではありながらも激しく、物語が展開していく。

著:豊田徹也
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「人をわかるってどういうことですか?」――探偵が突きつける哲学的な問い

なかでも白眉なのは、夫探しの調査を依頼したかなえと探偵の山崎が、喫茶店で初めて会った日に交わす会話だ。山崎は、「奥さんから見た限り、金銭関係、女性関係、その他の人間関係のトラブルもなし……。夫婦の仲も問題なし……。ご主人が置いていったもので、何か手がかりになるものは残ってないですかね? 手紙とか、日記とか」と、かなえに探りを入れつつも、「話を聞いている限り、僕には彼が自分の本質を周囲に見せまいとする隠ぺい工作を続けていたという絵しか浮かばないな」とバッサリ切り捨てる。そんな山崎を前に、かなえは「夫に会ったこともないあなたが、わかりもしないのに決めつけて……」と憤慨するが、すかさず山崎は「では、4年交際してさらに4年間結婚なさってたあなたは、彼のことがわかるんですか?」と訊く。そして「少なくともあなたよりはわかっているつもり!」と反論するかなえに、「人をわかるってどういうことですか?」と哲学的な問いを突きつけるのだ。

かなえは、夫と過ごした日々を反芻するようになり、山崎が言っていたように、表面上はうまくいっていると思っていたけれど、実は、夫には私に言いだせなかったことがあったのではないか。自分はちゃんと夫に向き合って、夫の発するサインを受け止めていただろうか――と、自問自答する。果たして、探偵の直感と3カ月にわたる調査結果は、かなえたち夫婦の何を浮き彫りにするのか。そして、かなえが「水のなかで首を絞められる夢」をよく見る理由や、謎の男・堀がかなえのもとにやってきた真の目的とは、いったい何だったのか――。

『アンダーカレント』を試し読みする

漫画が「映画以上に映画的」と呼ばれる所以とは――

科学技術が今後さらに進歩して、いつか脳内のデータを他者と共有できる日が来たとしても、きっとどこまでいっても、人と人は「想像して寄り添う」こと以外はできないはずだ。それでも人は「この感覚を誰かと共有したい」「感動をわかち合いたい」と感じるからこそ、漫画や小説、音楽、映画といった表現媒体を通じて、登場人物に感情移入してワクワクしたり、胸がキュッと苦しくなったりしながら、さまざまな人生を疑似体験しては、他者に対する想像力と、自己に対する理解力を、日々養い続けているのではないだろうか。

漫画『アンダーカレント』は、人間の揺れ動く心の機微を、画やセリフ、風景描写のなかに落とし込み、ページを繰る人たちの心の底流にも無意識に働きかけることにより、読者自身の記憶の中にある情景や感情を呼び覚まし、実在感をともなう形で脳裏に像を結ばせる。だからこそ、本作は「映画以上に映画的」な読後感を、読み手にもたらすことができるのだ。

著:豊田徹也
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映画『アンダーカレント』本予告

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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