『沈黙の艦隊』が時代を超えて今日的であり続ける理由--映画化で再び注目される世界を変えた航海

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沈黙の艦隊
『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ/講談社)

アメリカ海軍第7艦隊所属となった日本初の原潜「シーバット」は、海江田の指揮のもと高知県足摺岬沖での試験航海に臨む。しかしその途中、海江田は突如艦内で全乗員と共に反乱を起こし、音響魚雷で米海軍の監視から姿をくらまし逃亡。以降、海江田を国家元首とする独立戦闘国家「やまと」を名乗る。さらに出港時、「シーバット」改め「やまと」は核弾頭を積載した可能性が高い事が発覚する。

『沈黙の艦隊』あらすじ-Wikipedia
目次

『沈黙の艦隊』が常に新しい理由を考察する

『沈黙の艦隊』の連載が始まった1988年、ソ連はアメリカと世界を分かつ大国として君臨し、東西冷戦は世界の行く末を考える上での前提となっていた。現在とは全く異なる国際情勢にも関わらず、作品が扱うテーマは普遍性があり、今なお色あせることを知らない傑作である。それは当時と今で「変わったこと」よりも「変わっていないこと」のほうがずっと多いことを意味する。軍事侵攻と安全保障、国連の機能不全、核軍縮と核拡散、国家と個人の関係、報道メディアが問われる倫理…。私たちの今は30年前の作品で描かれた世界と同じ地平にあり、様々な問題はより深刻さを増してさえいるのだ。

沈黙の艦隊 解体新書』(時尾輝彦・編/講談社)によると作品内の主要登場人物は総勢95名(300話までの時点)。台詞を持たない市民、兵士、群衆も含めると数百名が登場するこの漫画は「架空戦記」、「海洋ミリタリーアクション」、「政治群像劇」、「終末パニックもの」、「報道サスペンス」など多様なジャンルを横断する。日米欧を舞台に政治・経済・軍事・ジャーナリズム全てのシーンが異様に高い解像度で描かれ、拡散し複雑に絡み合いながら物語は壮大なビジョンへと収束していく。大沢たかお主演、Amazonスタジオによって映画化され、いま再び脚光を浴びるこの名作について解説していきたい。

映画『沈黙の艦隊』ファイナルトレーラー

『沈黙の艦隊』の戦闘シーンはなぜ面白いのか?没入感の理由

陸海空さまざまな乗り物があるが、潜水艦に乗った経験のある方はほとんどいないだろう。ましてや潜水艦がどのように海中を移動して戦闘を行うのか想像もつかないのが当然だ。にもかかわらず私たちは戦闘シーンの迫力に引き込まれ手に汗を握ってページをめくることになる。

潜水艦が活動する深度50m~1000mの深海では目視は効かず、水は電波を減衰するのでレーダーも使えない。音を拾う「耳」だけが頼りになる。暗闇のなかで息をひそめ相手の発する音を察知し、いかに先手を取るかが勝敗を決する。

作中で描かれる潜水艦同士の戦闘はこのようなプロセスで始まる。

  1. 艦内の水測員が探信音を発射
  2. 探信音が敵艦に当たり反射(この時、探信音を受けた敵艦もこちらの位置を察知)
  3. 自艦に返ってきた音波から敵艦の方位と距離を把握
  4. 艦長指示で行動(例えば魚雷発射)

敵艦から先に魚雷を撃たれたらどうするか?その魚雷が自動追尾なのか直線弾か、あるいは有線ワイヤーで弾道を操作しているのかまでは把握できない。そこで心理戦、意図の読み合いになる。自動追尾の誘導弾の場合、デコイと呼ばれる囮(おとり)魚雷が有効になる。デコイに自艦のスクリュー音を仕込んで発射すると同時に自艦のエンジンを停止。魚雷はデコイの発する音を追って飛んでいき危機は回避される。しかし自動追尾ではなく直線弾であったなら?敵の魚雷はデコイに目もくれず自艦を直撃。撃沈である。回避行動を取るならマスカーと呼ばれる泡を外殻にまとわせて探信音を防御しつつ魚雷の圧潰深度600メートルまで急速潜航。そのまま魚雷発射可能な位置まで移動し反撃弾を発射する。

作中で描かれる潜水艦戦には独特の「間」がある。魚雷攻撃の安全距離は2000メートルとされている。この距離よりも短い場合、発射艦にも被害が及ぶためだ。魚雷の速度は100km/時程度として1666m/分なので、目標に到達するまでに1分強の時間がある。戦闘は敵艦のターン→察知して判断→自艦のターンを1分ごとに繰り返していくことになるのだが、それが数ページをかけて描かれる。それによって「1話分を読む数分」と作中の戦闘で流れる数分が同期し、読者はまるで潜水艦クルーと同じ時間を体験しているように感じるのだ。かくして海江田艦長のとる戦略オプションと指示に的確に身体が反応できるようになり、読者も「やまと」乗組員のひとりとして戦闘に参加していくのである。

専門用語の指示でもすぐに反応できるようになる!(【VOYAGE174】浮上角最大)

最初は右も左も分からない新入りクルーである読者は幾多の戦闘を重ねて成長する。物語序盤、単艦同士のシンプルな戦闘でチュートリアル的に基本作法を学ぶ。米国との対立が激化するに伴って戦闘はより複雑化し、規模も大きくなっていく。潜水艦のみならず水上艦、戦闘ヘリ、巨大空母と戦闘機を相手にした大規模な海戦に発展していくが、「やまと」は海江田艦長の天才的な操艦技術と奇抜な戦術によって次々と勝利を収めていき、それに従って潜水艦乗りとしての読者の練度も上がってくる。やがてあなたは探信音がぶつかる「カーン」という音を聞くと全身にアドレナリンが流れ一瞬で臨戦態勢である。ただちに自分の持ち場に走り緊張しつつ艦長の指示を待つようになるのだ。

現実の海戦史においては潜水艦同士の水中の戦闘は記録に無いとされている。2度の世界大戦では潜水艦は水上艦を撃沈する目的で運用されていたが、対潜水艦の戦闘は想定されていなかった。また潜水艦を保有する主要先進国間での戦争は第2次大戦以降発生していない。よって誰も経験したことがなく見たこともない潜水艦同士の戦闘だが、この作品の卓越した構成力と緻密な画の力によって、読者はそれを疑似体験できるのだ。

著:かわぐちかいじ
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<沈黙の艦隊>とは?壮大な構想と海江田の行動の理由

※ネタバレ注意

「やまと」元首・海江田四郎の目的は何か?物語中盤の「ニューヨーク沖海戦」終結後、海江田は世界に向けたTV生中継の場で<沈黙の艦隊>の構想を語る。それは国家の所属を離れた原子力潜水艦で艦隊を構成し、核を持たない国も公平に守られる安全保障システムを作ろう、というものである。この概念は「Silent Security Service from the Sea(潜水艦隊よる海からの安全保障)」と紹介され、後にSSSSと略される。*本記事中の<沈黙の艦隊>はSSSSを指す

仕組みとしてはこうだ。国連などの超国家機関が核ミサイルを搭載した原子力潜水艦隊を組織する。それぞれの艦は特定の国籍を持たず、世界中の深海に散らばって核保有国に照準を合わせ監視している。もし、地球上のいずれかの国や主体が核攻撃を行ったら、<沈黙の艦隊>はその国や主体に制裁の核ミサイルを射ち込む。<沈黙の艦隊>とは、核によって報復される恐怖心を利用した核抑止モデルのひとつなのだ。

この仕組みでは「それぞれの潜水艦は国家から独立している」ことがポイントになる。仮に<沈黙の艦隊>に報復攻撃しても国籍を持たない故に国家間の争いにならず戦争に発展しないし、そもそも原潜は深海を自由に移動するので探知も不可能で報復すらできない。加えて、核を持たない国であっても核抑止力の恩恵を受けられるようにもなるのだ。現実の世界に当てはめると、核を持たないウクライナでも核保有するロシアに対して核抑止力を持ち、核の脅威を遠ざけることができるようになる。

<沈黙の艦隊>は核兵器を持つ意味を無効化し、ひいては核廃絶を実現するという壮大な構想だったのだ。<沈黙の艦隊>が発表されると同時に海江田のこれまでの行動の理由も明らかにされる。なぜ日本からの独立を宣言し、米国を敵にまわしてまで戦ってきたのか?それは国家の所属から離れた原子力潜水艦であっても軍事力として存在できることを証明し、<沈黙の艦隊>の実現可能性を示すためだったのだ。

作中最大のミステリー「やまとは核を保有しているか?」は最後まで明らかにされない。激しく敵対する米国は状況証拠からみて「やまと」は核弾頭を搭載していることは間違いないとし、その前提で作戦を組み立てる。しかし海江田は「やまと」は核を持っていないと明言している。ところが米国は「やまと」に対して持つ不信感のため、「核を持っている可能性」を無視できない。追い詰められた「やまと」は最後に核を使うのではないか…?想像上の「核の脅威」によって米国は通常魚雷を撃ち尽くした「やまと」を追い詰めきれないのだ。この心理的抑制は「やまと」が核を持っていてもいなくとも同じように働く。「やまと」を信用しない国にとっては「やまと」の核は現実の脅威である。「やまと」に核がないことと「やまと」が核の抑止力を持つことは核兵器の本質において矛盾はないと海江田は語る。米国と「やまと」の関係において実証されたこの「心理的核抑止」によって、実は<沈黙の艦隊>は核を搭載する必要すら無いのだ。

全く新しい安全保障システムのコンセプトが提示されたことで世界には様々な議論がまきおこる。核廃絶、通常兵器の輸出入禁止、隣国不可侵条約、世界政府樹立の可能性…。たった一隻の潜水艦の行動によって世界は怒涛の変化を遂げていくことになる。

なぜ「テロリスト」は神になったか?過剰演出の理由

※ネタバレ注意

「核テロリスト」として世界の海を恐怖に陥れた海江田四郎は、実は人類の理想を目指し壮大なビジョン実現のために自分の生命を賭して戦い続ける偉大な人物だった…。そのストーリーに世界中の人々は熱狂し、海江田は神のようなカリスマ性を獲得していく。また海江田自身もキリスト教的宗教観を意識したような振る舞いをするようになる。作中では海江田の内面描写はほとんどなく、実際に発する言葉と行動によってのみ私たちは海江田の考えを知る。どんなに不利な状況に追い詰められても自分の世界観が微塵も揺らぐことのない怪物的人物として描かれる。対照的に海江田と敵対しつつも自分が彼と同じ理想を目指していることに気づくニコラス・J・ベネット米国大統領は、膨大な数のモノローグによって苦悩が描写される。

苦悩するベネット大統領(【VOYAGE268】決断の時)

面白いのは海江田の顔の造形の変化だ。8年におよぶ長期連載なので絵のタッチは徐々に変わっていくとしても、それを超える意図的な変化が読み取れる。物語序盤、「シーバット」にオブザーバーとして乗艦していた米海軍のライアン大佐と対峙する海江田は、細い目に薄い顎で微笑を浮かべ意味深な言葉を放つ。コラムニストの夏目房之介は、この海江田は当時の欧米人から見た「何を考えているかわからない日本人そのもの」であり、「あえて自覚的に描かれている」と指摘した(『BSマンガ夜話』第14弾)。連載当時の読者は「エコノミックアニマル」として揶揄されていた自己像の投影を見たのだ。

初期海江田のアルカイックスマイル(【VOYAGE9】戦いの序曲)

絶望的な難局を次々と打開していく海江田の顔はみるみる精悍になっていき、目はしっかり大きく見開かれ、自信に満ちた表情で名言・至言を連発するようになる。作中最大規模の戦いとなるニューヨーク沖海戦では米大西洋艦隊40隻の水上艦を「専守防衛」に徹しながらも次々と撃破。積載する魚雷数を超える艦隊を相手に「やまと」は最小限の攻撃で撃沈、あるいは圧倒的な戦闘能力を見せつけて戦闘意思を奪い、事実上の大勝利を収める。

後光を背に戦いが新たな段階に入ったことを告げる海江田(【VAYAGE221】最後の指揮官)

ニューヨーク港南西30キロ。海面に浮上した「やまと」艦橋で海江田は常軌を逸した行動を取る。「やまと」はニューヨークに向けて微速前進するが、海江田は艦橋に残ったまま非戦の白旗を掲げている。目指すはニューヨーク国連本部。進行方向には巨大空母「J・F・K」が進入を阻む。「やまと」には「白旗」の意思表示があるので米国は攻撃を行えず、かといって海江田をニューヨークに上陸させてはならない。互いに近づく両艦はそのまま激突。「やまと」は外殻を大破し浸水の壊滅的な被害を受ける。しかし副艦長の山中は海江田を艦橋に残したままあえて潜航を指示。浮力を失い沈没していくように映る「やまと」は海江田とともに海に消える・・・・。何かを予感してヴェラザノ橋から見守る10万のニューヨーク市民。2分余という長い時間が流れた後、「J・F・K」後方80メートルに「やまと」が再浮上!艦橋には極寒と激流に耐えた海江田の姿が。市民は足を踏み鳴らし、歓喜のカイエダ・コールで「やまと」を迎える。海江田は最後に武器を捨て最も原始的な「殴り合い」で戦争を戯画化して見せたのだ。こうして「やまと」は非戦のイメージを貫いたまま悠々とニューヨークに入港。一連の映像は全世界に中継され、「死と復活」という劇的な演出によってとうとう海江田は神になるのである。

神となった艦長がヴェラザノ橋を通過する(【VOYAGE296】勝者と敗者)

「1人を殺せば殺人者だが、100万人を殺せば英雄だ。数が(殺人を)神聖化する」とはチャップリンの『殺人狂時代』からの引用であるが、この言葉は『沈黙の艦隊』にもあてはまる。専守防衛とはいえ「やまと」の戦闘で発生した死傷者数は数百人にのぼる。「やまと」によって撃沈された原子力潜水艦がもし大破し、原子炉が破壊されていたら周辺海域に深刻な放射能汚染を招いたろうし、世界市民の目はかなり厳しいものになったに違いない。あるいは戦闘の犠牲者がどのような最後を迎えたかをカメラが克明に中継していたら、人々は海江田にまったく違った印象を持ったはずだ。

物語後半、海江田の姿は神々しさを増していくが、それは作者の確信犯的な意図がある。感動に沸くニューヨーク市民を画面越しに眺める読者もまた高揚し、一体感に酔う。が、過剰な演出で神格化されていく海江田に違和感も覚えるはずだ。というよりも既存の価値観に挑み相対化を試みてきたこの作品は、読む者に違和感と気づきを要求するのだ。読者は長い長い航海を経て「やまと」クルーとしてのみならず、「考える世界市民」としても成長するわけである。

海江田が市民に迎えられ通過するヴェラザノ橋の向こう側にワールドトレードセンター(WTC)のツインタワーが小さく見える。もしこの現実世界で<沈黙の艦隊>が実現していたらと夢想せずにいられなかった。私たちがこの30年の間に失ったもの達はとてつもなく大きい。それでもこの作品を読むと、より良い明日のために戦うほか無いことを再確認させてくれる。本稿で『沈黙の艦隊』の魅力が少しでも伝わり、新しい読者を獲得する戦力となれたならこんなに嬉しいことはない。

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出演:大沢たかお, 玉木宏, 江口洋介, 脚本:髙井光, 鎌田哲生, 監督:吉野耕平,中村哲平, 蔵方政俊, プロデュース:松橋真三, 大沢たかお, 千田幸子

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この記事を書いた人

LOMICO編集。好きなジャンルはハードSF、お仕事もの、諜報サスペンス、戦記もの。目下の関心事は『ヒストリエ』が無事に完結を迎えられるかどうかと『東独にいた』の連載再開です。株式会社コンテクスト代表。

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