『センネン画報』(太田出版)や『cocoon』(秋田書店)などで知られる今日マチ子の最新作『夜の大人、朝の子ども』。離婚後、息子の親権を夫に渡して不安や焦りを抱えながらひとりで暮らす女性が、「無邪気でいられた子どもの頃に戻りたい」と願いながら夜な夜な見る夢の中で、子ども時代のあたたかな思い出に癒され、再び「はやく大人になりたい」と前向きに生きる勇気をもらえる全12話から成る本作。大人になると誰しも「こんなはずじゃなかった」と、シビアな現実にくじけそうになるが、かつての自分自身になぐさめられ、背中を押されることもあるはずだ。
夢の中で子どもの頃の自分に立ち返ることで見えてくる大人の世界
子どもの頃の筆者は、周りの大人たちから子ども扱いされるのが嫌で、「大人になっても、この気持ちを絶対に忘れないようにしよう」と、自分で自分に言い聞かせていたものだった。本作の主人公・ゆいは、土曜日に街で見かける幸せそうな家族連れを“大きな花束”に例え、離婚して親権も失ったいまの自分は、花瓶で枯れた“一輪の花”だと嘆いている。そして「子どもに戻りたい。今が夜なら、あの頃は朝だ」と、夢の中で子ども時代を追体験しては、はやく大人になりたくて仕方がなかった当時の自分を思い出し、「大人も意外と悪くないかも……」と、フラットな視点でふたたび自分自身のことを捉え直せるようになっていく。
主人公に気付きを与えるきっかけとなるのが、小学校時代に転校して以来、疎遠になっていた友だちや、子どもの頃、結婚式に参列し「プリンセスみたい」と憧れた親戚のお姉さん……といった、かつて自分とつながりのあった人たち。海辺のおばあちゃんの家に引っ越していった友だちは、東日本大震災の津波の被害で家族3人と家を失い、プリンセスのようにキラキラしていて幸せそうだったお姉さんも、結婚式の直後に夫を交通事故で失っていた。
だが、どんなに理不尽で哀しい出来事に見舞われようとも、いつまでもそのまま止まっているわけには行かないと、彼女たちも必死で前に進んできたことを思い知らされた主人公は、「私も今できることをやってみよう」と、一歩踏み出す勇気を彼女たちからもらうのだ。
忘れたくても忘れられないことも、忘れてしまったことも、全部自分が歩いてきた道にある
かつての自分の愚かな行動を振り返り、「あの頃のこと、全部忘れられたらいいのに」と悔やむ主人公のことを、「そんなのムリに決まってるよ。後悔も、わからないことも、がんばったことも、消すことはできないよ。全部、ゆいちゃんが歩いてきた道だもん」と、ものの見事にぶった切る主人公の妹の強さと逞しさにも救われる。かつての自分が犯した失敗は、時に自分を苦しめることもあるけれど、その事実から目をそらさずにちゃんと向き合えば、触れられたくない弱みではなく、むしろ強みにすらできのかもしれない……と思わされた。
そういう筆者は、つい最近、10年近く会っていなかった親友と再会し、すっかり忘却の彼方に葬っていた過去のやりとりを彼女の口から次々と聞かされ、「そんなこと、あったっけ……?」と、まるで映画や小説の中の出来事を耳にしたような、不思議な気持ちに襲われた。自分がとっくに忘れてしまったことも、誰かの記憶の中にはまだあって、それがその後の友だちの人生にも、少なからず影響を与えている。つまりは、忘れたくても忘れられないことも、いつのまにか忘れてしまったことも、自分がこれまで歩いてきた道のりには確かに存在しているのだ。急に不安に駆られて今までと同じペースで歩けなくなったり、突っ走りすぎてすっ転んだりしたときに、かつての自分がやってきて、そっと手を引いてくれたり、引っ張り上げたりしてくれるのだと考えたら、「ひとりだけどひとりじゃない」と思える気がした。