『このはな綺譚』――可愛らしい“狐っ娘”の物語が描き出す“ひとのこころ”

当ページのリンクには広告が含まれています
『このはな綺譚』(天乃咲哉/幻冬舎)

狐の耳や尻尾も特徴な、狐を擬人化した美少女キャラクター“狐っ娘”たちが宿屋「此花亭」の仲居となり、さまざまな“お客様”との出会いで成長していく物語『このはな綺譚』。可愛らしい絵柄や雰囲気に隠されがちですが、人の本音や願望、百合要素まで盛り込まれた物語は、作者・天乃咲哉ならではの作風といえるでしょう。 Amazon

目次

基本の味つけは美少女×百合世界!?

本作はかつて、2008年から「コミック百合姫S」(一迅社)で『此花亭奇譚』の名で連載を開始。同誌の休刊もあり、2015年から「月刊コミックバーズ」(後の「月刊バーズ」/幻冬舎)で『このはな奇譚』と改題して連載を再開。2017年には、アニメ化もされています。2018年からは、「月刊バーズ」の休刊により、webマンガサイト「デンシバーズ」にて連載を開始します(後に「デンシバーズ」は「comicブースト」にリニューアル)。

両作品はタイトルこそ違えど、基本設定をはじめ、ほのかな百合要素を含むヒューマンドラマといった作風は変わりません。なので、ここでは「此花亭シリーズ」として一括りにしたいと思います。

あえて異なる点を挙げるなら、『此花亭奇譚』は主人公・柚と「此花亭」で働く“狐っ娘”・仲居さんたちが織りなす物語を軸に、やや濃い目の百合要素が織り込まれていることでしょうか。可愛らしすぎる美少女キャラと相なって、読者を選ぶ作風といえなくもありません。

一方、新たにスタートした『このはな奇譚』は、柚や仲居さんたちの目を通し、「此花亭」を訪れる“お客様”の生き様や人生に主眼が置かれています。柚たちのコミカルな日々が、涙なしには読めない感動物語をより際立たせるような。その分、百合要素は控えめなので、幅広い読者層に受け入れられやすいでしょう。

著:天乃咲哉
¥679 (2024/04/26 18:43時点 | Amazon調べ)

「正しく生きなければならない」枷に縛られた主人公

主人公の柚たち“狐っ娘”は、狐の耳と尻尾も可愛らしい動物擬人化・美少女キャラクター。いわゆる“けもみみ”キャラが全開なので、そこを苦手にしないこと……が、作品に触れる大前提となります。

“けもみみ”美少女の百合属性だけでも作者のニッチさを感じさせますが、読み進むにつれ、その嗜好性が独自な作風を生み出していることにも気づくはずですから。

もともと野狐(孤児)だった柚は、自分を拾ってくれた比丘尼に寺院で育てられました。ドジっ子ながら優しく素直、純粋で前向きな性格は、絵に描いたような美少女系ヒロインだとも。

古事記を読破するほど博学な彼女ですが、奉公に出された「此花亭」で働くうち、自分を縛り付けていた(寺院育ちらしい)「正しく生きなければならない」枷に気づかされます。比丘尼は、もっと多くの“ひとのこころ”を学びなさいとの親心から、彼女を外の世界へ送り出したのです。

幼かった柚と比丘尼の物語は『此花亭奇譚』に詳しく描かれているので、前日譚的な意味でも読まれてみると良いでしょう。

あの世と現世の狭間を訪れる“お客様”は神様です

柚の世界を広げてくれる5人の仲居さんは、いずれも十代の美少女・“狐っ娘”たち。女将さんも狐です。「狐は神の遣い」なので、狐たちが営む宿屋「此花亭」とは、神様の湯治場なわけです。

此花亭を訪れる“お客様”には、あらゆる神様を始め、招かれた人間や、人ならざる者まで……。あの世と現世の狭間でもある此花亭は、さまざまな“お客様”が織りなす物語の終着点でもあるのです。

そうした物語に触れることで、成長を重ねていく柚。その姿から、知らず知らずと読者も自らの生き様を見直すことに……。そんな読後感こそ、「此花亭シリーズ」の魅力なのかもしれません。

涙あり、笑いあり、感動あり、そしてときには無慈悲さも……。可愛らしい美少女・“狐っ娘”の「きゃっきゃうふふ」な姿からは、想像もできないほど深く、同時に儚い物語が広がります。その違和感が、いい意味で昇華された作風もまた、本作の魅力なのです。

“お客様”たちの摩訶不思議な物語は、“ひとのこころ”に満ちたものばかり。心の琴線にちょっとだけ触れるような、あざとくなり過ぎない世界観にも、作者ならではの感性を感じさせます。

映画『千と千尋の神隠し』(監督・宮崎駿/2001年)に登場する湯屋「油屋」とも相通じる「此花亭」は、長野県・渋温泉の金具屋旅館がモデルなのだとか。江戸時代から続く、風情あふれる豪華建築で知られる同旅館。ひときわ印象的な斉月楼(登録有形文化財)は、一目見れば「此花亭」の姿と重なるでしょう。

また、“高台にある温泉宿”「此花亭」のイメージは、岐阜県・下呂温泉の湯之島館がモチーフだそう。こちらも豪華な木造多層建築なので、温泉宿好きな方は必見! 温泉巡りを兼ねた聖地巡礼も楽しいですよ(筆者は経験済ですが何か)。

著:天乃咲哉
¥679 (2024/04/26 18:43時点 | Amazon調べ)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

コメント

コメントする

目次