「こ……ッッ殺される!!!」『刃牙』作者・板垣恵介がかつて見た“限界”とは
“あの時に比べりゃ――ものの数ではない!!!”。漫画家という職業は楽ではない。2021年で連載30周年を迎えた『刃牙』シリーズ(秋田書店)で知られる板垣恵介は、連日の徹夜も辞さず原稿に向かうその辛さに直面したとき、在りし青春――陸上自衛隊習志野第一空挺団に所属していた当時の経験を思い出すという。はたして、格闘漫画の金字塔を生み出した人気漫画家の原点とは。最精鋭とされる空挺団での日々を綴った自伝からその一端が垣間見える。
元自衛官漫画家・板垣恵介が限界を知り、それに挑んだ日々……『刃牙』に通じるかつての青春
「元自衛官」という肩書きを持つ者は、最近はお笑い芸人のやす子(彼女は現在も即応予備自衛官だが)の活躍ぶりを目にする機会が多いが、実は漫画関係者にもちらほらいる。有名どころでは、『北斗の拳』(集英社)原作の武論尊(「史村翔」名義で自衛隊ものの『右向け左!』(講談社)原作を手掛けたことも)や、『サラリーマン金太郎』(集英社)の本宮ひろ志らがそうだ。両者とも、言われてみれば作風にもそれらしさが滲むような……。さて、この文脈で語るなら欠かせない元自衛官の漫画家がもうひとりいる。それが、『刃牙』シリーズで知られる板垣恵介だ。
その板垣の代表作『刃牙』シリーズといえば、主人公・範馬刃牙による「男子(おとこ)はね――誰でも一生のうち一回は地上最強ってのを夢みる」というセリフが象徴するように、独特かつ唯一無二の迫力を持つ描写で紡がれる“強さ”を追い求める者たちの闘いぶりとその生き様、そしてそこから生まれる熱いドラマの数々が一番の見どころだろう。
……と、そんな同シリーズだが、血湧き肉躍る本筋がある一方で“板垣節”とでも称すべき、ギャグとも取れる著者ならではの個性的な表現が作品を盛り上げていることは見逃せない。描かれている場面の空気は真剣そのものだということは分かっていても、熱のこもり過ぎた“狙っていない”ふとしたセリフやシーンが、思わぬ笑いを誘うのだ。
シリーズ本編から取り上げるとなるともはや枚挙に暇がないし、刃牙の初体験を描いた『バキ特別編 SAGA[性]』(秋田書店)などは、その最たるものとして全編にわたって笑いが止まらない。『自伝板垣恵介自衛隊秘録~我が青春の習志野第一空挺団~』はその“板垣節”を存分に堪能しつつ、それを生み出す板垣の原点がいかに培われたを垣間見ることができる一作だ。
「自伝」と掲げるだけあり、収録されている4エピソードはいずれも板垣の陸上自衛隊第一空挺団での過酷な経験に基づくもの。1998年発表の「200000歩2夜3日」、1999年発表の「340メートル60秒」に、2022年に23年ぶりの新作として発表された「210日900m/m以上?」と「70分600cc以上?」を加え、2023年1月に満を持して単行本化を果たした。
総じて「自らの限界を知り、それに挑まんとする姿」を描いている点は、「さすが後に『刃牙』を描く人間だ」と思わされるところ。読んでこその作品だけに各エピソードの仔細には触れないでおくが、“徒歩行軍”を題材にした「200000歩2夜3日」は、限界に挑んだことがこれでもかと伝わる描写で締めくくられ、グッとくることだけは先に伝えておきたい。また通ずるものは同じだが、新しい2作は“今だからこそ明かせた”話だとも伺わせる。特に「210日900m/m以上?」は、『バキ特別編 SAGA[性]』が好きならまずツボのはずだ。
“板垣節”が有無を言わさぬ説得力持つ『刃牙』作者が実体験を描いたら……?
「事実を事実のまま 完全に再現することは いかに おもしろおかしい 架空の物語を生み出すよりも はるかに困難である――」。本作の冒頭に掲げられている、漫画原作者・小説家の梶原一騎も引用したアーネスト・ヘミングウェイの言葉だ。一見すると荒唐無稽なバウトにすら、その筆力で有無を言わさぬ説得力を持たせ、熱く気持ちを高ぶらせてくれる板垣の『刃牙』シリーズ。そんな筆者の実体験に基づくのだから、面白くならないわけがない、と推したい自伝だ。