読みたいマンガと「読み方」が見つかるマンガ情報サイト- LOMICO(ロミコ)

“別に知らなくてもいいけれど”――「よりよい」へと頭悩ます『ここは今から倫理です。』

ほしいものはなんですか?
『ここは今から倫理です。』雨瀬シオリ/集英社

正解はない。では、あなたはどうする?――倫理的ジレンマもたらす「トロッコ問題」

「線路を走るトロッコが制御不能に陥ってしまった。このまま進めば、そのトロッコは向かった先で作業をしている5人を轢き殺してしまうが、今あなたは偶然にも線路の分岐器を操作できる。分岐器で線路を切り替えれば5人は助かるが、しかし切り替えた先にも1人の作業員がいるようだ。トロッコは止められず、作業員たちも線路上から逃げられないとき、あなたはそのままトロッコを走らせるべきか、それとも線路を切り替えるべきか」

いわゆる「トロッコ問題」として知られる、「誰かを助けるためならば、別の誰かを犠牲にしてもよいのか」を問いかける思考実験の代表例である。「分岐を中立にしてトロッコを脱線させればよい」というネット上の大喜利はさておき、長きにわたって人びとの頭を悩ませてきた“倫理”的な判断の難しさだ。

そんな、唯一無二の正解が存在せず、「何となく身につけているつもりだけれど、実はよく分からない」になりがちな“倫理”を考えるにあたってよい指針となりそうなマンガに、『ここは今から倫理です。』という作品がある。

「学ばなくても将来困る事はほぼ無い学問」をなぜ学ぶのか

『ここは今から倫理です。』は、TVアニメ化も果たしたラグビーマンガ『ALL OUT!!』の雨瀬シオリによる、とある高校の風変わりな倫理教師・高柳を主人公とした「教師もの」のマンガだ。

「教師もの」というジャンルも近年はさほど多くないように感じているが、それ以上に倫理(および、それを内包する哲学)を軸に据えたマンガというのがなかなか珍しい。

そんな倫理について説明する、教壇に立った高柳の第一声は「学ばなくても将来困る事はほぼ無い学問です」(※1)である(高柳は担当教員ながら「倫理のテストは暗記さえすれば解けます」(※2)とも言い切ってしまう。これに苦笑いを浮かべてしまう元高校生は、きっとわたしだけではないだろう。現高校生は思い当たる節があるなら、ぜひ学び方を見直してほしい)。

彼は「生活する上で触れる事は多くない」「得た知識が役に立つ仕事はほぼ無い」(※3)とも続けるが、しかし「倫理は主に自分がひとりぼっちの時に使う」(※3)と説く。

(※1:第1巻P17、※2:第1巻P187、※3:第1巻P18)

高柳いわく、“宗教とは何か”“よりよい生き方を考える”“幸せとは何か”“ジェンダーについて”“いのちとは何か”(※4)……といった問題と向き合う時に役立つ倫理は、「別に知らなくてもいいけれど、知っておいた方がいい気はしませんか」(※5)という学問なのだ。物語はこれを皮切りに、倫理を受講する生徒たちが抱えるさまざまな悩みや問題に、高柳が倫理をもって“寄り添う”形で進行していく。

(※4:第1巻P17-18、※5:第1巻P19)

また、倫理の時間に会いましょう――“寄り添う”倫理教師・高柳

高柳はあくまでも“寄り添う”だけで、積極的に答えを示したり、解決へと導こうとしたりするわけではないのが本作の魅力だ。

第1巻において、そんな彼のスタンスが如実にあらわれているのは第2話だろうか。とあることをきっかけに、校舎から飛び降りようと屋上の網の外へと身を持ち出した生徒に、高柳は「命に換わる程重い絶望」(※6)があると共感したうえで「網の向こうに行くためにどれほどの覚悟が必要な事か」(※7)と“寄り添う”のだ。人を動かし変えるのは、事実や正論だけではないのである(この真に迫ってくるような描写の説得力は、著者が第1巻のあとがきで明かしている、とあるエピソードに拠ることがうかがえる。ぜひあわせて目を通してほしい)。

(※6:第1巻P86、※7:第1巻P87)

マックス・シェーラー、ショーペンハウアー、フランシス・ベーコン、老子、ソクラテス……。適切なタイミングで、適切な先哲の言葉を持ち出し寄り添ってくれる高柳は、作中の生徒のみならず彼らに共感する読者にとっても倫理そのもののように思えてくる。しかし読み進めていくとその高柳もまた、知識だけでは立ち行かない倫理の奥深さに頭を悩ませている構図が見えてくる。生きている限り、倫理には「修了」がないのだ。

高柳の倫理は最新第4巻の最終話にて、次の年度の受講生たちを迎え入れた。TVドラマ化も決定しており盛り上がるこのタイミングで、“別に知らなくてもいいけれど、知っておいた方がいい”倫理の世界への案内役を高柳に頼んでみるのは、けして悪い選択ではない。

SNSでフォローする