「ヤクザ×中学生×カラオケ」が生み出すのは青春コメディー!? 奇妙で独特な関係性がエモい――『カラオケ行こ!』

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カラオケ行こ!
『カラオケ行こ!』和山やま/KADOKAWA
目次

日常と奇抜を掛け合わせたアイデアでグイッと引き込む

ほのぼのとしたタイトルに合唱コンクールに参加する学生らのカットのオープニングからそっち系なのかと思わせておいて、いきなりヤクザ風の男が中学生を「カラオケ行こ!」と誘う。そんな唐突なシーンで物語は幕を開ける。

本書との出合いはささいなきっかけだったのだが、その後「このマンガがすごい! 2021」オンナ編第5位に選出。作者の和山やまは、同部門第1位に輝いた『女の園の星』も描いており、今乗りに乗っているマンガ家の一人なのは間違いない。自分が目を付けていた作品が多くの人に評価されるというのは、なぜかうれしく感じてしまうものだ。

ところで、まさかの拉致、誘拐!? などと思わせぶりな展開でスタートするのにはワケがある。声をかけたヤクザ・成田狂児は、自身が所属する暴力団の組長が開くカラオケ大会における“罰ゲーム”を回避するため、合唱コンクールで勝手に審査し“歌うま”として目を付けた男子中学生・岡聡美をスカウト。歌のコーチを打診した……。

というのが物語を支える軸となる。

カラオケ大会で罰ゲームが……というノリは現実感あるものだが、歌唱力アップのために師匠として選んだのが中学生の少年という部分にアイデアの妙が。この時点ではストーリーがどう転がっていくかがまったく想像できず、ワクワク感を募らせてくれるのがたまらない。

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メインキャラの抜群の個性と織りなす関係性にトキめき

やや突拍子もない設定だが、「カラオケ行こ!」の誘い文句に始まる狂児の軽妙なセリフが実にいい。少し紹介しておくと、「よろぴく」「歌がうまなるコツ教えてくれへん?」「カラオケ好っきゃねん」など、ことの経緯を読者に提示するセリフが説明調になりすぎず、絶妙な言い回しとテンポ感で進んでいくため、自然と世界観に引き込まれていく。

この狂児というキャラクターが実にズルい。オールバックで高級車を乗り回していながら、聡美の前ではタバコを吸わずに我慢したり生クリーム多めにパフェを注文したりと、無意識であろうギャップが目につき、憎めないキャラクターに仕上がっているのだ。

一方、聡美も聡美で突然&非日常的な体験に臆することなく(?)、狂児が歌い出すとフードメニューのチャーハンを注文するあたり、狙いすぎないゆるめの面白要素でくすぐってくる。初カラオケで狂児が「X JAPAN」の『紅』を歌い出すのだが、聡美の「前奏42秒の間に逃げられたなぁ…」というモノローグも○。同曲を聴いたことがあればわかるが、名曲には違いないがカラオケでしかもマンツーマンで……となるとなかなかの状況。そういった要素も含め、大笑いではなくじわりとくる笑いは悪くない。

さらに率直な感想を求められた際の聡美のコメントがド直球すぎ!いくら頼まれて歌を教える側だからとはいえ、相手はヤクザなのに、中学生とは思えない辛辣ぶりには、もはやシュールを通り越し1周回って正統なツッコミによる笑いを生んでいる。

笑わせつつもギャグで終わらず、振りが効いた情緒的な展開に感嘆

そんな奇妙な2人組だが次第に心の距離が縮まっていくのもポイント。ヤクザと中学生という日常生活では交わらないであろう人種が打ち解け合っていく姿は、不思議と心温まる。この関係性を表現するには友情というにはややものたらず、ブラザーフッドやブロマンス、もっと言ってしまえばBL感もほのかに漂っている。読者がどう感じ、どう解釈するのか。キャラクターの関係性を読み解くだけでも面白い。

シュールな笑いで楽しませてくれる反面、中学生男子に訪れる「変声期」に悩む聡美の苦悩を正面から描く誠実さも。声変わりするということは、少年から大人への階段を1段上がったことを暗示し、そこに狂児が絡んでくることで何とも言えない哀愁のようなものが感じられ、違った深みを味わわせてくれるのだ。

そしてストーリーの進行と共に気づかされるのが何気なく散りばめられていた伏線の数々。「あのセリフが……!」と何度思わされたことだろうか。驚きというよりはエモーショナルな展開と演出。不覚にも心を揺さぶられるような気持ちになる。本作を読み終えたとき、心の底から良い意味で「まさか結末がこうとは……」と感じ入ってしまった。単行本に収録された描き下ろしエピソードでは過去を垣間見ることができる。そちらを読んでまた本編へ読み返すのもおつかもしれない。

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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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