高校を卒業して四半世紀も経つとずいぶん記憶もあいまいになり、同じクラスだった人たちの顔さえほとんど思い出せなくなる体たらく。だがその“記憶のあいまいさ”には利点もあって、漫画に出てくる登場人物たちと入れ替わってもなんら差し障りがないどころか、「そういえば同じクラスに居たかもかれない……」と、あっさり受け入れられてしまう。そんな筆者が目下のところ「ぼんやりした記憶の中のクラスメート」に認定しているのが、和山やまの『夢中さ、きみに。』に出てくる登場人物たちである。“主人公っぽい”存在の林と二階堂のみならず、彼らと関わる羽目になるモブキャラたちまでもがあまりに魅力的なのだ。
「林」編と「二階堂」編から構成される8編のオムニバス
男子高校生の日常を淡々と描きながらも、その卓越した画力とシュールな笑いのセンスで、WEB上で人気を集めた「うしろの二階堂」シリーズに、4本の短編を新たに加えて2019年8月に単行本化された『夢中さ、きみに。』は、第24回 手塚治虫文化賞短編賞ならびに第23回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で新人賞をダブル受賞した話題作。アイドルグループ「なにわ男子」の大西流星主演で『MIU404』などの塚原あゆ子監督によって実写ドラマ化もされ、MBS系列で今年1月から放送された。
単行本は、“仮釈放”というハンドル名でSNS投稿をする中華料理屋の息子“林美良とその周辺”を描いた「かわいい人」「友達になってくれませんか」「描く派」「走れ山田!」と、学校一の嫌われ者“二階堂明とその周辺”を描いた「うしろの二階堂」「おまけの二階堂」「うしろの二階堂 怒りの授業編」「うしろの二階堂 恐怖の修学旅行編」の8編で構成される。
物語の軸となる「林」と「二階堂」がなんとも怪し気な魅力を放っているのはもちろんのこと、ストーリーテラーを務める“その周辺”のキャラクターが実に秀逸なのも、本作ならではの特徴だ。彼らが林や二階堂と交わすシュールな会話や予想の斜め上を行く行動の数々に、読み手であるこちらがすっかり「夢中」にさせられてしまうのだ。
「友だち以上、恋人未満」の友愛が、いかにスリリングであるかを思い知らされる
なかでも筆者のお気に入りは、体育祭の借り物競争で男子校にあるまじき「かわいい人」と書かれたお題を引いてしまい、あれこれ悩んだ挙句“障害物競走の網にからまった林”を“パリコレ(モデル)みたいでかわいかったから”との理由で“借りた”江間と、SNSに本の感想を投稿したことをきっかけに“仮釈放”こと林と知り合い、勇気を出して「友達になってくれませんか?」と呼び掛ける“おいも3兄弟”こと文学少女の松屋めぐみ。そして、学校中の嫌われ者の二階堂が、実はメガネを外すとジャニーズJr.ばりのイケメンであるにもかかわらず、中学時代のトラウマが原因で、あえて変なヤツを演じて身を潜めていることを知ってしまった「二階堂の前の席」に座る目高優一の3人だ。いろんな意味で異彩を放つ林や二階堂とひょんなことから深く関わることになり、何の変哲もなかった日常が一気に色づいていく過程が、端正なビジュアルでユーモラスに綴られる。
これを「恋」と呼べるかどうかはよく分からないけど、なぜかアイツのことが気になって仕方ない……。心身の成長過程においても自己と他者との違いをはっきりと意識しつつある高校生たちが、行動も思考回路も謎に満ちた興味深い対象と出会ったことで感じる胸のときめきが、手に取るように伝わってくる『夢中さ、きみに。』。思春期特有ともいうべき「友だち以上、恋人未満」の友愛が、いかにスリリングで喜びに満ち溢れたものであるかを思い知らせてくれる一冊だ。