この世界で確かなこと、自我とは何か、複雑なテーマを文句なしに描いた大作——『E’S』

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E'S
『E’S』(結賀さとる/スクウェア・エニックス)
目次

能力者でありながら人間でありたいと願う心優しき少年の成長

「私」を「私」たらしめるものとは何か。

行動か、考え方か、記憶か――。何を以って「私」が「私」であることを疑わないのか。もし、「私」たらしめるものが作り替えられたものだとしたら?

“自我とは何か”、このシンプルでありながら実に複雑な問いに一つの答えを見つけた青年を抒情的かつ軽快に描いた名作『E’S』。

物語の舞台は、国家という枠組みを失い、企業と都市に帰属する世界。精神力を物理的な力へ変換する能力者は“E’S”と呼ばれ、人間に忌み嫌われていた。“E’S”を集めて保護し、部隊とする企業・アシュラムに属する主人公の戒は、遺棄された巨大人工都市・ガルドでの任務中に負傷し、明日香と名乗る少女に助けられる。

明日香やその兄のような存在である勇基、医師の浅倉らとの出会いによってアシュラムの実態を知った戒はガルドに留まり、彼らと生活を始める。アシュラムからの追っ手を躱しながら、ある日戒は教会に拘束されてしまう。そこで、次期教皇を狙うギベリーニが能力者を使った悪事に手を染めていることを知り、能力者の解放のため奔走する。一方、勇基と明日香はガルドにあるゲリラ組織の指導者・衿宮やメンバーで能力者のマリアらと出会う。

ガルドにて彼らは再会を果たし、便利屋として様々な仕事をこなしながら、アシュラムや企業、世界の真実を知ることとなる。

著:結賀さとる
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自我を形成していたものの真実を知った時、少年は何者になるのか

超能力やサイキックを扱った作品は数多くあれど、その壮大なテーマ、設定、構想には思わず舌を巻く。

人間による能力者の迫害、企業や教会による能力者に対する残酷な行い、残虐ともいえる能力者の持つ圧倒的な力など、目を覆いたくなるようなシーンも数多ではあるが、登場人物は何ともチャーミングで展開もリズミカル、コミカルな部分もあるので、誰もが気負わず楽しく読めること請け合いだ。

アシュラムと対立する中で、戒は自らの記憶が心から慕いアシュラムの能力者部隊の指揮官・曳士によって作り替えられたものであることを思い出す。自分の能力はレセプター(受容)であり、記憶も人格も能力さえも作りものであった事実に戸惑い、自我に迷う。それでも、曳士が神の力とさえされる妹・光流の能力を使って地球を滅ぼさんとするのを知り、ある決断を下す。

曳士に対峙し、光流の本当の意志を理解した時、果たして戒は何を思うのか。自我を失った戒の選択とは。

作中に印象的な言葉がある。

――「この世界に確かなことなんて何一つないんだよ」

世界は何もかも不確かで、「私」であり続けることも難しい。それでも世界は巡る。自我とは、考え方や記憶が全てではない。出会いや別れ、愛する人達の存在もまた、自我を作り上げる要素であるのだ。彼らの知る戒をただ信じる仲間、戒を愛する家族、本作には「私」を「私」たらしめるものとは何か、確かなものとは何か、生きるとは、それらの問いに対するいくつものヒントが散りばめられている。愛する人達の信じる「私」こそが自我であり、愛する人達が信じるものこそ確かなものなのかもしれない。

考え尽くされた物語はもちろん、美しい人物描写や躍動感のあるバトルシーンも秀逸。能力者たちがどのような精神で力を発現させているのかを考えてみるのも面白い。能力者を恐れる人間、能力者を利用しようとする企業、人間を嫌う能力者、不安定な戒……と多角的な視点で何度でも楽しめる作品である。

自我について考えさせられる、壮大かつユーモラスな完結作品

『E’S』は、1997年から2009年に渡る13年もの間、『月刊Gファンタジー』にて長期連載された全16巻に及ぶ大作だ。能力者対人間の物語であり、自我が不安定な若い能力者の成長譚である。

2003年にテレビアニメ化され、番外編となる小説版も発売されている。ある若者の成長によって、難しいテーマを見事に描き切った本作。独自の世界観にどっぷり嵌れて、読後感も素晴らしい。「軽すぎず重すぎず、でも十分に面白い作品が読みたい!」という皆さん、その望みを叶えてくれるうえ、すっきりとした読後感も得られるので、ぜひ一気読みを!

著:結賀さとる
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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