『そのへんのアクタ』―危機が当たり前となった世界で英雄は“日常”をどう生きるのか。英雄として人類を守り続けた男の、ユニークで含蓄ある“その後”の物語

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そのへんのアクタ
『そのへんのアクタ』(稲井カオル/白泉社)
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世界を守るヒーローの立場から一転、地方に左遷される青年が主人公

小説やマンガ、アニメにドラマなど、さまざまな作品で描かれるストーリーには少なからず“結末”が訪れる。作品の多くはそこで完結となるのだが、最近では“その後”を見せる、いわゆるアフターストーリー系も人気を集めている。本作『そのへんのアクタ』もその一つなのだが、大きく異なるのが「何かを解決した後の世界」ではなく、「問題がある状況に慣れてしまった世界」が舞台となっていることだ。

ストーリーとしては、宇宙から襲来した地球外生命体(イズリアン)と、人類存亡をかけた戦いが勃発。イズリアン駆除隊最強の男・芥(アクタ)を中心に数年にわたって戦いをくり広げた結果、その勝敗は“どっちつかず”でイズリアン襲来が日常となり、「終末の英雄」と呼ばれた芥は組織に疎まれ左遷されてしまう……という流れで幕を開ける。

ジャンル的にはアポカリプスものなのだが、“人類滅亡の危機は去ってはいないが、そんな状況が当たり前のこととなり人々が日常生活を送っている”という設定にリアリティーが感じられ、実に興味深い。

著:稲井カオル
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決して他人事ではない! 自分が必要とされなくなったらどうする?

緊急時が日常茶飯事となれば、それは平時の一形態となる。平時に英雄は扱いづらい。第1話にて芥は左遷されるのだが、異動した先である鳥取も危機的な状況にありながらも、そこで暮らす人々は実に淡々として緊張感も薄め。何とも言えないゆるめなギャップが効いている。異動前に同僚から投げかけられた「お前は何のために戦ってきた?」「これからは何のために戦うんだ?」という言葉に対し、芥が「今までは世界を終わらせないため」「これからは……分からない」と答える場面は、なかなかに印象的だ。

人類を守るための戦いの中でこそ能力を発揮し輝いていた男が、それまでとは異なるポジションを求められ、そこで生きていかねばならない。現実に置き換えてみても、例えば部署異動や転勤、転属など、「必要とされていた場所・立場」から「そうではない場所・立場」に状況が一変する可能性は誰にでもあるはず。そう考えると芥が直面した事態は決して他人事ではなく、意外と身近な目線で見ることができるのも面白い。

しかもシリアスなシーンがありつつも、本作はそこに笑いの要素をプラス。第1話では異動した先でイズリアンが襲来するのだが、副隊長の百福と共に行ったのは……といった感じで、テンポ感とシュールさが絶妙にマッチした描写や展開でニヤリとさせてくれる。

“特別”とは、“承認欲求”とは何か? ちょいシリアスでほっこり笑わす作風が抜群

芥はクールで表情を崩すことなく、その行動もマイペース。周囲からは取っつきにくいと思われているし、自ら周囲になじもうとする様子もない。その原因は、彼自身も口にするのだが、イズリアンを撃退することしかしてこなかったことも影響しているのだろう。そんな社会性が希薄な彼が、百福をはじめ毎日を“普通”に過ごす人々と出会うことで次第に変わっていく様子は妙に見入ってしまうから不思議だ。

自分がもしも必要とされなくなってしまったら……。そんなえも言われぬ恐怖を感じたことがある人は、年齢問わず少なからずいると思う。仕事だけでなくプライベートも含め、「自分は必要とされていないのでは?」「誰からも求められていないのでは?」といった“妄想”は心をギュッと締め付けてくるが、本作の主人公・芥はまさにそういった状況に置かれている。

芥が英雄ではなく一人の人間としてどう行動し、どう生きていくのか。必要とされていた自分ではなくなり「そのへんのアクタ」になったとき、そこにはどのような日常、世界が広がっているのだろうか。“特別”であることに価値がある。それも悪くないが、そうではない何かを見つけたい。そんなことをふと考えさせてくれる作品かもしれない。とはいえ、基本的にはコメディ要素が濃いめなので、ゆるくフワッと読めるテイストが心地いい。

著:稲井カオル
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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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