傷ついた人の心にユーモアと遊び心で寄り添うママの手腕に舌を巻く『スナック キズツキ』

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スナック キズツキ
『スナック キズツキ』(益田ミリ/マガジンハウス)

外からは店内の様子が窺えず、漏れ聴こえてくるカラオケの歌声をBGMに、ドキドキしながら扉を開けるのもスナックならではの醍醐味だろう。勇気を出さないとなかなか入りにくいからこそ、当たりを引いたときのうれしさもひとしおだ。そこには名物ママやチーママがいて、乾き物ではないお通しがスッと出てきたり、棚にずらりと並んだ焼酎やウイスキーのキープボトルには、常連のあだ名がマジックで書かれていたりする。一人でフラッと入っても、ママとの小気味よい会話のやりとりや、見た目とは裏腹な常連客の意外な美声に聴き惚れるうち、あっという間に時間が過ぎ去って、気づけば時計の針はてっぺんを回っている。

目次

舞台は「傷ついた者しかたどりつけない」都会の路地裏のスナック

「スナックとやらに一度は行ってみたいけれど、お酒を飲まない自分はお呼びじゃない」という人にぜひおススメしたいのが、テレビ東京の深夜帯に、原田知世主演でドラマ化され話題となっている、益田ミリの新作コミック『スナック キズツキ』だ。「傷ついた者しかたどりつけない」都会の路地裏にある、ダジャレのような店名の「スナック キズツキ」(ただしアルコールは置いていない)を舞台に、そこに吸い寄せられるように入ってきた一見客たちの、悲喜こもごもが描かれている。

元漫画家のママ・トウコさんのギターの生演奏にのせて即興の愚痴歌(?)を歌ったり、なぜか2台あるロールピアノで一緒に弾き語りをしてみたり。「お酒を出さないスナックなんて、間が持つの……?」と思いきや、人並み外れた洞察力で、その人にピッタリなストレス発散方法をさりげなく提供するのが、トウコママの手腕。店を訪れたお客は、なぜだかみんなスッキリした面持ちで帰路につく。まさに傷ついたキツツキがしばし翼を休める止まり木のようでありながら、「ひょっとして、ママはキツネかタヌキだったのでは?」と思うほど、クスっと笑えるユーモアとウィットに富んだ“益田節”全開の一冊なのだ。

著:益田ミリ
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ママと一緒に歌ったり踊ったりしているうちに心に溜まった澱が流されていく

登場人物は、コールセンターでお客様対応に追われる「ナカタさん」や、スーパーのお惣菜売り場で働く「アダチさん」。「シャトーマルゴー」を知らない「タキイ兄弟」など、日々、自身に降りかかる理不尽なことにキズツキながらも、同時に自分の周りの知らない誰かを無意識のうちにキズツケながら生きている、どこにでもいそうな市井の人たちだ。

店先の寂れた看板がふと目に留まり、「こんなところに、こんな店あったっけ?」と興味本位で自ら扉を開ける人もいれば、店先でいつも何かをしているトウコママに促されるまま、半信半疑で足を踏み入れる人もいる。ママの淹れる北欧風の珈琲やココア、ソイラテを飲みながら、歌ったり、踊ったり、しりとりしたり。ママと一緒に普段の自分なら絶対にやらないことに身を任せているうちに、いつしか心に溜まった澱が流されていく……。

「女性同士だから」だけではない、その先にある誰もが自分の人生の主役であり、誰かの人生の脇役でもある

このコミックが秀逸なのは、どんな人でも自分の人生の主役であり、誰かの人生の脇役でもあるというごく当たり前のことを、読む人にさりげなく気付かせてくれるところにある。同じ店に通う人同士が、実は互いに傷つき、傷つけ合っているとは誰もが露知らず、ぶっきらぼうだけど姉御肌のトウコママが、訪れた誰をも広い心で平等に扱ってくれるのだ。わざわざ自分から傷つきたくはないけれど、傷つかないとたどり着けない「今宵も路地裏で営業中」だという「スナック キズツキ」にいつか出合えたら、トウコママは自分にどんな遊びを提案してくれるだろうか。このコミックを読んでいると、つい妄想してみたくなる。

著:益田ミリ
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脚本:今西祐子  監督:湯浅弘章  出演:原田知世, 堀内敬子, 西田尚美, 吉柳咲良, 浜野謙太 プロデュース:テレビ東京
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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