漫画史に残るバイク漫画の金字塔『750ライダー』が遺したもの

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『750ライダー』(石井いさみ/秋田書店)

連載終了から35年以上の年月を経てもなお、文庫化されていない版で全巻入手可能な『750ライダー』(ななはんらいだー)。バイク漫画の金字塔ともいえる不朽の名作ですが、作者の石井いさみ氏が2022年9月に急逝。その追悼の想いも込め、改めて漫画史に残る伝説的作品を取り上げます。

目次

新ジャンル「バイク漫画」を生み出した“ナナハン”

バイク漫画の金字塔という意味でも、本作は漫画史に残る作品といえます。

バイクを題材としたコミックといえば、『あいつとララバイ』(楠みちはる/講談社、1981~1989年)、『湘南爆走族』(吉田聡/少年画報社、1982~1987年)、『バリバリ伝説』(しげの秀一/講談社、1983年~1991年)、『逮捕しちゃうぞ』(藤島康介/講談社、1986~1992年)、『ホットロード』(紡木たく/集英社、1986~1987年)などが思い浮かぶものの、いずれも連載開始時期は80年代。それ以前のヒット作は『ワイルド7』(望月三起也/少年画報社、1969~1979年)など本質が異なる作品に限られるため、“バイク漫画”というジャンル自体、『750ライダー』の登場までは存在しなかったともいえます。

また、業界自主規制で国産車の排気量が750ccに制限されていた1990年以前は、750ccバイク=ナナハンは青少年の憬れでもありました。その中でも光が駆るCB750FOURは、バイク史に残る名車といっても過言ではありません。

さらに、当時は大型二輪免許(排気量400cc以上のバイクを運転できる免許)の取得が直接運転試験場か運転免許センターでの試験場検定(=一発試験)に限られていました。「司法試験より難しい」と揶揄されたほどの超難関検定は、挑戦するだけでも大変なことでした。

バイクを禁止する“三ない運動”が高校に吹き荒れた時代背景もあり、高校生なのに大型二輪免許を所有し、花形バイクのCB750FOURを駆る主人公・光は、まさに“とんでもなく特別な奴”だったわけで。主人公が読者のリアルな憬れ像と重なるスタイルは、読み手にわかりやすく、同時に読み進めやすい作風をも確立させました。

同じく高校生の主人公が“高嶺の花”のナナハンを駆る作品として大ヒットした『バリバリ伝説』も、『750ライダー』なくしては生まれなかったかもしれません。本作が数々の作品にもたらした影響力は、漫画史を考える上でも見逃せないでしょう。

ちなみに、作品内では光がノーヘルでバイクに乗ったり、委員長とタンデム(二人乗り)するシーンも見受けられますが、これは違法でも、不良だからでもありません。全道路におけるヘルメット着用義務化は連載終了後の1986年からですので勘違いされませんように。

後の時代を先取りした都会的な高校ライフ

光の特別な存在感は、彼の履く靴が(当時はまだ珍しかった)バスケットシューズだったり、通う学校が私立の共学校だったりと、細かな基本設定へのこだわりからも見てとれます。いわゆる都会的な、お洒落な高校生ライフが描かれていたわけで。

80年代の私立高は男子校・女子高が基本で、共学校は大学付属校など一部のみ。つまり、“私立の共学校”自体が、当時の中高生の憬れ・ステータスである一面もありました。

また、光が足繁く通う喫茶店《ピットイン》の存在も、重要なポイントに。学校帰りに、バイクで行きつけの喫茶店に立ち寄る。この、ちょっと不良っぽい青春シチュエーションに、当時の中高生がどれだけ憧れたか。『湘南爆走族』でのラーメン店「じぇんとる麺」や、80年代に大ヒットした『きまぐれオレンジ☆ロード』(まつもと泉/集英社、1984~1987年)の象徴的なスポット・喫茶店「abcb」(アバカブ)も、ピットインの存在なくしては語れないでしょう。

物語終盤、ピットインのマスターが、進みそうで進まない光と委員長の関係を何とかしようとするさまは、読者が一緒になって応援したくなるシチュエーションでもありました。道に迷いがちな主人公たちの居場所を提供し、彼らの葛藤を優しく見守る大人(=マスター)も、その後の青春群像劇作品に欠かせない存在となっていきます。

マスターの後押しもあって、最終回で光と委員長は「10年後の自分に向けた」手紙を書き、タイムカプセルとして埋めます。委員長の「10年後も今の このままが……いい……」という想いが詰まった、書いたけれど渡せなかった光へのラブレターとともに。

「いつまでもバイクに乗り続けたい そして一番好きな人を乗せて いつも海が見ていたい」

光の素直な願いと、10年後の二人がどうなったのかは謎のまま。そして2022年9月17日、作者の逝去により、さらなる永遠のテーマに……。敢えて“二人のその後”を描かなかった意を汲みつつ、謹んで哀悼の意を表したいと思います。素晴らしい作品を読ませていただき、本当にありがとうございました。

著:石井いさみ
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この記事を書いた人

コミック、アニメ、鉄道、バイク(カブ主)、クルマ、旅、温泉、キャンプ、歴史&城、Audio&Visual、阪神タイガース、NFLなど、好きなモノがありすぎて困る多趣味人間な物書き(フリーライター)。神棚作品は『逮捕しちゃうぞ』『きまぐれオレンジ☆ロード』『ARIA』。

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