『片田舎のおっさん、剣聖になる』主人公の“おっさん”を好きになる!地に足ついた成り上がりが気持ちいいファンタジー

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『片田舎のおっさん、剣聖になる~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~』(原作:佐賀崎しげる・鍋島テツヒロ、漫画:乍藤和樹/秋田書店)
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“生きる偉人”まで大成した弟子の願い……片田舎の剣術師範が“王国一の剣士”に

「…まあこんなものだろう。俺の身の丈には合っている」。

王政国家レベリス王国の片田舎にある剣術道場で、休日の朝から剣を振り汗を流す中年の男がいた。道場の剣術師範である彼……ベリル・ガーデナントは、かつてこそ騎士や冒険者となって身を立て、多くの人を助けることを夢見ていたが、それも今は昔。老齢の父から孫の顔を、とせがまれる年齢になった彼は現在、継いだ道場で“護身程度”を自負する剣を教える身分に収まっていた。

するとそこに、そんな彼を「先生」と呼ぶ女性が訪ねてきた。弟子でも特に優秀で、若くして王国の騎士団長まで上り詰めたアリューシア・シトラスだ。団の剣術指南まで務めるという彼女は、鼻が高いと語るベリルに要件を聞かれ「ベリルを特別指南役として推薦し、承認された」ことを話した。騎士団の“先生”とはつまり、王国一の剣士も同然だ。「なんで俺が…?」。うろたえるベリルはアリューシアの手引きで、一路首都へと連れ出される。

ネットでよく見る“あの”マンガ……少し切なく朴訥な“おっさん”主人公に好感

「騎士団の指南役にこんなおっさんだと……!?」。

疲れた目元に年齢を感じる容姿の“おっさん”が主人公らしい、ここしばらくWEB広告でよく見かけるファンタジージャンルと思しきマンガがある。それで覚えていたら、23年夏の単行本第4巻発売に伴いコミックス累計300万部を突破したとの一報も出た。「そんなに人気なら」と手に取ってみたら、これが実に面白い。「なろう」発の“おっさん成り上がりファンタジー”である『片田舎のおっさん、剣聖になる~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~』だ。

これはあくまでも私見でしかないが、“内容のタグ付け”(本作においては「無自覚最強」「おっさん主人公」「成り上がり」あたりか)が一目瞭然であり、“期待される人間関係のもと、期待される展開が待っている物語を楽しむ”ことが主題にある類いの「なろう系」発作品は、「いかに主人公を好きになれるか」がハマる分岐点のひとつにある、と考えている。

本作は、主人公のいかにもしがない“おっさん”であるベリルが、実は大陸に名を轟かせる英雄たちがこぞって師事していた過去を持つ、本人の知らぬところで“片田舎の剣聖”なる異名で呼ばれている途方もない実力者である、ということをまず示したうえで始まる。

さてここからどう転がすのか、とページをめくると、冒頭で記したように彼は剣で身を立てる夢に破れた過去を持ち、片田舎にある剣術道場の師範に収まったことを「……まあこんなものだろう」と考える。実は彼が実力者であると分かっているだけに「自己肯定感が低すぎる」と思ってしまうが、剣で何者にもなれなかった自覚のあるベリルとしては正しい自己認識なのだ。その、少しばかりの切なさもある朴訥さに好感を抱く。

そんな彼が表舞台に出てくるきっかけが、しれっと実力を発揮して、ではないのもますますよい。大成した弟子のひとりであるアリューシアが、国王の名のもと無理やりに引っぱり出す。のちに明かされるが、そこまでしたアリューシアの原動力は、「ベリルの剣が誰にも見つからないのはたまらなく悔しい」という強い思いにあるのだ。しかし、首都に連れ出された当のベリルの意識は、あくまでも「全部弟子のお膳立て」「俺はただのおっさん」と地に足のついたままだ。さて、ここからベリルはどのように“片田舎の剣聖”ぶりを世に知らしめてしまうのか。いかにも“真向斬り”を決めて物語の動力にするようなタイトルかと思いきや、丁寧に丁寧に間合いをはかるような話運びが魅力の作品なのだ。

自分はあくまでも“片田舎のおっさん”……試し切りから始まる成り上がりの行方は

「弟子たちの前で試し切りを披露する羽目になってしまって……」。これも同様に本作のWEB広告でよく見かける、ベリルが“試し切り”をするシーンだ。実はこのシーンこそ、ベリルが作中で初めてまともに剣を振るい、その類まれなる実力の片鱗を覗かせる場面となる。溜めに溜めて、試し切りで……というのが、いかにも本作らしさではないかと思う。

そんなベリルの“魅せ方”、そして何より“タイトルで筋書きが分かる”作品であることからあくまでも最序盤の展開までに留めた紹介としたが、アリューシアのほかにも“放っておかない”弟子たちや新たに彼を慕う者たちが出てきて持ち上げられてなお、浮かれないベリルが“片田舎のおっさん”ぶりを貫く様子は実に気持ちがよい。ついつい色眼鏡で見られがちな「なろう」発作品のコミカライズだが、これはぜひ手に取ってほしい一作だ。

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この記事を書いた人

アニメやマンガが得意な(つもりの)フリーライター。
大阪日本橋(ポンバシ)ネタやオカルトネタ等も守備範囲。
好きなマンガジャンルはサスペンス、人間ドラマ、歴史・戦争モノなどなど。
新作やメディアミックスの話題作を中心に追いかけてます。

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