理想と現実の狭間で揺れるクリエイターのリアルを描いたWEBコミック『パーフェクトシンドローム』

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『パーフェクトシンドローム』(日向山葵/マガジンハウス)

イラストレーター1本で生計を立てることを夢見ながら、デザイン会社で日々忙しく働き、自分の絵を描く時間が全く取れずに、「あの頃夢見ていたのは、こんな自分ではなかった」と、理想と現実の狭間で揺れる主人公・柄藤莉子のリアルな日常をポップなビジュアルでカラフルに描き、女性誌「GINZA」(マガジンハウス)のWEBサイトに全5話で連載されたWEBコミック『パーフェクトシンドローム』。

おそらく作者の実体験がベースになったであろうコミックエッセイ的な側面もありながら、すでにそのトンネルの暗闇を抜け出した作者が、客観的に過去の自分を見つめている感じがして、あまり重くなりすぎずに読めるところが新しい。周りの友人たちがSNSでキラキラした近況報告をしているのを目にして、焦ったり羨ましく思ったりするところも赤裸々に描いている本作の紹介を通じ、この時代を生きる「クリエイターのリアル」に迫りたい。

目次

いつの時代も変わらない「好きなこと」で食べていくことの難しさ

「(美大を)卒業したら絵だけでやっていくんでしょ?」

と友人に聞かれた本作の主人公が、

「いや、絵1本とか無理でしょ。普通に就職もするよ」

「私くらいのレベルなんてざらだし、ちゃんと働いて親も安心させたいし、絵と両立させてる人っていっぱいいるし、奨学金の返済もあるし……」

と答えざるを得ない状況に、「就職氷河期じゃなくても、やりたいことを仕事にできるかどうかという悩みは変わらないなんだなあ」と考えさせられた一方で、「でもまぁ、入れる会社があるだけまだマシだよねぇ」とも思わされた。

「好きなことを仕事にしたい」と思って、幼い頃から頑張って受験勉強して来たはずなのに、いざ大学で学んで卒業しても「好きなことで食べていく」なんてことが出来ない状況に、超氷河期に社会人にならざるを得なかった筆者は、大いに打ちのめされた過去があるからだ。

たとえ才能があっても、今の時代はセルフブランディングや、セルフプロモーションが得意じゃないと有名になれないし、トップクリエイターまで運よくのし上がれたとしても、決して安泰なわけじゃない。いくら誰もが憧れるような有名雑誌の表紙を担当したとしても、大抵はそこにかかる労力とは明らかに不釣り合いなほど単価が低く、いくら数をこなしても、人並みの生活すらできない。だから大抵そういうクリエイターは、広告の仕事もやっている。

安定した会社員生活の裏側で、表現欲求すら削られていく恐ろしさ

本作の主人公は、働きながら自分の作品づくりも出来るはずと信じてフルタイムの会社員生活をスタートさせるが、現実はそんなに甘くない。会社に入って数年は仕事を覚えるのに必死だし、クタクタになって自分の絵を描く時間なんて捻出できないどころか、自分の感性を押し殺して日々の業務に忙殺されることで、そもそも何かを表現したいという意欲すら削られていく。

今の時代にクリエイターをやるしんどさは、SNSを開けば否が応でも周りの活躍が目に飛び込んできて、自分のふがいなさを日々突き付けられてしまうところだろう。実際にこの漫画のなかにも、主人公が通勤途中にSNSを目にして落ち込む場面が登場する。初めて受注が取れた日に上司からサボテンの鉢植えをプレゼントされ、「君はダメじゃないよ」と励まされたようで嬉しくて、それ以降「ストレスが溜まると観葉植物を買うようになった」主人公の部屋が、みるみるうちに植物で埋め尽くされていく様子も、かわいい画とは裏腹に、妙に痛々しい。

完璧を求めるのではなく、妥協しながら自分なりの幸せを追い求める

だが、理想と現実の狭間で溺れそうになっているのが主人公だけではない、というところにこの物語の救いがある。たとえどんな選択をしたとしても、みんなそれぞれ日々悩みがあって、現実となんとか折り合いをつけながら前に進んでいる。周りの人と比べることなく、本当に自分のやりたいことをしながら暮らしていくには、多少の不便や苦労もつきまとう。でもそういった“満たされなさ”こそが、モノづくりには欠かせないものなのなのかもしれない。

作者のインタビュー記事によれば、タイトルの「パーフェクトシンドローム」は、なれそうでなれない”理想の自分”に苦しめられている精神状態を、“症候群”に見立てた造語らしい。夢に描いた完璧な生活は送れなくとも、自分の許せる範囲で妥協しながら、自分の好きなことをずっと続けていける環境を整えることが、きっとクリエイターにとっての幸せなのだ。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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