実際の事件から着想を得た重厚なストーリー。示唆に富む真相に、あなたは何を思うか――『よろこびのうた』

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『よろこびのうた』(ウチヤマユージ/講談社)
目次

実際の事件をモチーフに描いた濃密なフィクション

つまるところ、真実は当事者にしか分からない。

どんな事件でも報道される内容が全てではないし、さまざまなピースを繋いで真相に迫ろうとしても、当事者が不在では結局憶測にすぎない。単純そうに思える事件でも、決してそうとは限らない。逆に複雑に絡まり合ったように思える事件でも、実際はひどく単純なこともある。

だからこそ、提示された事柄だけで推測し、好き勝手にものを言ってはいけない。報道で分かるのは、真実のほんの一部に過ぎないのだ。

『よろこびのうた』は、実際に2005年に起きた「福井火葬場心中事件」をモチーフに創作されたサスペンス漫画である。当時は老老介護の末の心中事件として大きく報道され、数多の意見が飛び交った。老夫婦がなぜそのような決断に至ったかは分からない。全ての事件には、表面を見ただけでは分からない深い真実が隠されているのかもしれない。

北陸地方にあるF県で、旧火葬場から白骨化した2人の焼死体が発見される。

焼死体は79歳の青木真、糖尿病と認知症を患っていた81歳の妻・青木和子であった。発見当時は近くの車からクラシック音楽が流れており、自宅からは当日の様子を記したメモや遺言状が見つかった。それらの状況から、事件は老老介護を悲観しての「覚悟の心中」として広く報道された。

その半年後、新聞社で記者を務める伊能順一は、介護特集の取材のため事件のあった勝野市を訪れる。取材の末、伊能は隠された事件の真相を知ることになる……。

著:ウチヤマユージ
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さまざまな社会問題を内包しながらも重苦しさはなし

本作では限界集落、老老介護、児童虐待など多くの社会問題が浮き彫りになっている。難しいかつ重いテーマであるが、コマ割りは実にすっきりとシンプルで読みやすく、説明くささもなくテンポの良い会話劇で物語が進むため、自然とその世界観に入り込むことができる。作画もあっさりとしていて余白があるため、漫画が苦手という人もすらすら読み進められるだろう。

表面上の自死の理由は、老老介護の将来に悲観した故の心中。老老介護の問題は社会で取り組むべき大変な事案だが、当事者の想いまで決めつけてはならない。他人を拒んででも故郷を離れたくない人もいるだろうし、病気の程度によっては困難の中に幸せを見出している人もいるかもしれない。

老老介護といえども、自死の原因は介護疲れによる心中が全てではない。要介護者の数だけ介護の形がある。それぞれの形や希望に寄り添って、地域社会や自治体、行政が支えていかなければなるまい。

本作の真相には、ある家庭の児童虐待が深く関係している。

働きもせず、酒ばかり飲んでは子どもを傷付ける父親。子どもからは父親とも思われず、死んで喜ばれる存在だ。そんな“絶対悪”に思える男でも、殺害することは許されない。同じ人間が手を下すことは決して許されないのである。

和子は子どもを救うため、結果的に殺人を犯してしまう。子どもに感謝されても、真や周囲が許しても、罪の意識は和子を包み、やがて呑み込んでしまう。

本作における「もしも」の真相は秀逸だ。

2人がなぜ火葬場を選び、辛く苦しいとされる焼死を選んだのか腑に落ちてしまう。

本作のラストに苦しみの描写はなく、むしろ美しささえある。

ベートーヴェンの「交響曲 第9番 歓喜の歌」と共に迎える長い人生の終焉。読者の皆さんの目にはどう映るだろうか。

もちろん本作の真実はフィクションであり、実際の事件とは無関係だ。だが、実際の事件においてはどうだったのだろうかと、つい考えてしまう。

真実は当事者にしか分からない。選んだ結末が正しいかそうでないかも、私たちには分からない。ただ、もしかしたら本作のように、真実は私たちの想像を遥かに超えたところにあったのかもしれない。

心中事件に隠された予期せぬ真相、独創的な傑作ミステリー

『よろこびのうた』は、ウチヤマユージ氏による、限界集落の旧火葬場で起きた心中事件の真相に迫るミステリー漫画である。月2回刊の青年漫画誌「イブニング」(講談社)にて2016年に連載され、同年7月に単行本化、完結済み、全1巻。

緻密に計算された構成で、読み物のような骨太な物語。シンプルながら丁寧に描かれており、サクサクと読むことができる。

老夫婦の心理描写も素晴らしく、その想いが伝わってくる。殺人、自死などネガティブなシーンがあるにも関わらず、惨さや重苦しさはない。淡々と事実だけがあり、あらゆることを深く考えさせられる。

さまざまな感情を呼び起こすラスト。

彼らにとっては幸せな最期だが、真相を知る周囲の人々はこれからどんな結末を辿るのだろうか。読み手によっても受け取り方が変わるかもしれない。重いテーマを抱えながらもさらりと読めてしまうので、ぜひ読んで、自分が本作から何を感じ取るかを楽しんでもらいたい。

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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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