
詰め込まれた要素がケンカせず上手くまとまった斬新な作品
電子書籍など新たな媒体が登場したことで、漫画の数が爆発的に増えた。中にはSNSをきっかけに流行するものもある。読み手にとって選択肢が増えたことは良いが、似たり寄ったりの内容のものばかり。「これ!」という個性的な漫画が減ってしまった印象を受ける。
そこで皆さんに、読み進めるうちに「!?」となるユニークな1冊をご紹介したい。
『スパイゲームA.D.1600』は、日本を防衛する秘密情報機関「プレデター」が江戸時代で活躍する様を描いたバトルアクション漫画である。紹介文で既に「え?江戸時代?」となると思うが、本作にはタイムスリップ要素も含まれているのだ。昨今話題のテレビドラマ『VIVANT』に登場する「別班」のように、日本を秘密裏に守る組織がメイン。ありがちなアクションものと思いきや、突然度肝を抜かれる展開へと進む。
筆者は映画ポスターのようにクールな表紙に惹かれて本作を手にしたのだが、読んでみると「思っていたのと違う」という感情に支配された。この不思議な感覚を是非とも味わってもらいたい。
「日本の敵を消す」ことを任務とする特別情報機関「プレデター」。その中でも最強とされる壱波と新人の三界は、北朝鮮の工作員が持ち込んだSADM(小型核爆弾)を回収するという任務についていた。その任務中、閃光に包まれ、江戸時代へとタイムスリップしてしまう。
江戸では、永遠の頂点に君臨すべく徳川家康がSADMを狙っていた。任務を遂行するため、プレデターと服部半蔵はじめ家康の家臣たちとの時空を超えた戦いの火蓋が切られた。勝敗の行方は、その先に待つものとは。
過去の日本で戦国武将と争う一風変わったバトルアクション
注目すべきは奇想天外なストーリーと、歴史上の人物たちの描写。
歴史ものでは絶対に味わえない魅力がある。歴史への冒涜だと感じる人もいるかもしれないが、本作は豊かな想像力が創り上げた壮大なフィクション。創作物故の面白さを堪能してほしい。作画には力強さがあり、屈強な意志を感じる。背景はもちろん、車両や武器などの物体まで丁寧に描き込まれていて、アクティブな世界観を形成している。書き文字も上手く効いていて、アクションシーンに迫力がある。ただ、集中線を多用しているせいか滑らかさはあまり感じられない。とはいえ、江戸時代の刀や忍者道具対現代の武器という構図は大変興味深く、ユニークな戦闘になっているのでお楽しみあれ。
本格的なスパイアクションが楽しめると思いきや、タイムスリップという急展開で予想できない方向へと進んでいく。徳川家康の登場シーンがとかく衝撃的。誰もが徳川家康とは思うまいという容姿になっている。諸々可笑しいが時代考証はしっかりしているので、突然の時空超えも自然と受け容れることができる。家康の家臣・服部半蔵正就は大変な美青年に描かれており、パラレルワールドだと思えば歴女の皆さんも楽しめるかもしれない。
プレデターの構成員である壱波と三界の性格は対照的であり、与えられた暗器も異なる。そんな二人のやり取りや、少しずつ見えてくる過去など、ヒューマンドラマ的な部分も見ものだ。また、家康はなぜ、どのように現在の姿へと変貌したのか、世界征服という野心を抱えるに至った背景など、明かされていない謎も多くある。本作は既刊1巻ということもあり、まだ描かれていない部分も多く、今後の展開が楽しみである。江戸時代で何が起こり、何が変わり、現代にどう影響するのか。物語の終着点を見届けたい。
タイムスリップもののセオリーは守られるのか、今後に期待大
『スパイゲームA.D.1600』は、加藤清志氏による、江戸時代にタイムスリップした特別情報機関の構成員が徳川家康やその家臣と時空を超えたバトルを繰り広げるアクション漫画である。KADOKAWAによる年10回発刊の漫画雑誌「ハルタ」にて2022年より連載中、既刊1巻。
第1巻は200ページ越えとボリューミーで満足感がある。
バトルシーンがメインなこともあり、難しいことは考えず、頭を空っぽにして楽しめる。今後歴史要素が高まりストーリーに絡んでくることがあれば、奥深さが増し、さらに面白くなるかもしれない。
任務中であることから、プレデターは最終的には現代へと戻るはずだ。タイムスリップものには「歴史を変えてはならない」というセオリーがあるが、何から何まで独自路線を貫く本作ではどのようにタイムパラドックスが描かれるのだろうか。よく考えてみると、さまざまな要素を組み込んだ本作の今後の面白さの可能性は無限大だ。上手くまとめて、傑作へと昇華することを願っている。
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