公道バトルも改造車も一切登場しない、ひたすら“ゆるふわ”なクルマ漫画があってもいい? OLさんがMT仕様の軽自動車アルトを駆り、熊本のローカルスポットを攻め(?)まくるだけという、良くも悪くも割り切った作品『今日どこさん行くと?』の不思議な魅力とは……。
走り屋系な作品とは一線を画する“ゆるふわ”クルマ漫画
クルマ漫画といえば、『頭文字D』『湾岸ミッドナイト』に代表される公道バトルや、マシン改造に青春を賭ける男臭い物語……などのイメージを抱く方も多いはず。それは、かつての大ヒット作『サーキットの狼』が漫画界にもたらした、一種の呪縛なのかもしれません。でも、今回の『今日どこさん行くと?』は、そうした一般的な“クルマ漫画”とは真逆の世界観を持つ作品なのです。
主人公=ヒロインは、才色兼備ながら、どこかミステリアスなOL。美人という設定ながら美少女キャラなコミックキューン風タッチには、ちょっと好き嫌いが分かれるかも? そんな彼女・上司(かみつかさ)さんの愛車は、MT仕様のスズキ・アルト。もはや営業車でしか見かけないマニュアルの軽自動車だけに、実はとんでもない走り屋!? などと思わせる展開から物語が始まるものの、そこに期待すると肩透かしを食らうので念のため。
「行くばい!」……めっちゃキラキラな坂道走り
でも、上司さんは愛車で坂道を走ることが大好き! 「行くばい!」と、クラッチ&シフトレバーを“くんっ”“ガコッ”! 満面の笑みを浮かべながら、めっちゃキラキラと輝く、本当に幸せそうな表情でアルトを駆る彼女に思わず魅入ってしまいます。
シフトダウンして登るだけでなく、両足をペダルから離したまま「キャ〜」と坂道を下るときも、やっぱりキラキラ☆ あ、これ、ただの“坂道ヲタ”かも!?
コーナーを攻めるハンドルさばきは華麗で、同乗者が唖然とするようなドラテクを披露する上司さんですが、よく見ればヒール&トゥーを駆使するでもなく、とにかく楽しそうにハンドルを握っているだけ。もちろん、禁断の溝走りなんかするわけもなく。
走行シーンの臨場感とユルさのバランスが巧みな作風は、MT仕様のクルマを運転した経験がない人にも、「なんか楽しそ〜☆」と感じさせてくれるはず。とはいえ物語自体は単調なので、物足りなさを抱く方が少なくないかもしれません。でも、読み進むうちに、適度なゆるふわさがクセになってくるわけで。
リアルで熊本ローカルな味わいも心地よく
主人公の愛車がアルト、それもかつてのアルトワークスなどではない、ただの現行アルトなところも、作品をリアルに感じさせてくれる要因。これがダイハツ・コペンやホンダ・S660あたりだと特別感が出てしまい、この絶妙な作風(=味わい)は生まれていなかったかも。
ただ、同じベーシック車種でも、ダイハツ・ミラだと違う気も。スズキ・アルトに漂う妙なマニアックさが、作品の絶妙な味を醸し出しているのかもしれません。
作者は熊本県在住だけに、物語の舞台は、ほぼ熊本(少しだけ大分県も)。各話エピソードには、熊本県内の観光・デート・面白スポットが次々と登場します。ローカル観光要素もふんだんに盛り込まれ、マニアックな観光ガイドとしてもOK?
ただし、アクセス路に坂がないスポットは登場しません(笑)。
当然ながら、各キャラクターが口にする言葉は熊本弁。このローカル感が作品に味わいを増すともに、九州の言葉らしいキツさがアクセントとなり、“ゆるふわ”になりすぎない効果を生んでいるとも。いい相乗効果でしょうね。
あ、物語にはラブコメ的な伏線も張られていますが、何ら進展しないため、変に期待してはいけません(苦笑)。
何が起こるわけでもない平穏な日々に、ちょっとだけ刺激を与えてくれるアルト。そこでキラキラと輝く彼女の横顔を見ていると、何やら暖かい、幸せな心地に…。そんな作品が『今日どこさん行くと?』なのです。