『美少女戦士セーラームーン』アニメ版と大きく異なる漫画版セーラームーンの見所とは

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『美少女戦士セーラームーン』(武内直子著/講談社)
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女性らしいセーラームーンを描いたコミック版

原作コミック版をベースに再アニメ化プロジェクトが進行している『美少女戦士セーラームーン』。2021年1月〜2月にかけて公開された、『劇場版 美少女戦士セーラームーンEternal』にて、ついに第四部に当たるデッド・ムーン編も完結し、残す所、セーラースターズ編を残すのみとなった。

実は『劇場版 美少女戦士セーラームーンEternal』の予告映像公開時、女性ファンの一部から「私たちのうさぎちゃん(主人公)は、こんな女らしさ全開の走り方をしない! 時代に合っていない!」と批難の声が上がっていた。

だがこの批判、筆者をはじめ90年代のブーム時に、少年少女時代を過ごした人にとっては、ものすごく的外れなものだったりする。実は、コミック版で描かれる月野うさぎは、王道少女漫画の主人公そのものの。愛に生きる女の子で、少女漫画を読み慣れていない男の子にはきついくらい、女の子女の子しているのだ。

それでもコミック版のうさぎちゃんもかっこ良かった。

今回は、原作コミック版とアニメ版のキャラクター演出の差と、両者が当時の子ども達にぶつけてきた強烈なメッセージについて、語っていきたいと思う。

非常に特殊な関係だったコミック版とアニメ版のセーラームーン

コミック版、俗に原作版とも呼ばれる『美少女戦士セーラームーン』が講談社の月刊誌『なかよし』に初めて掲載されたのは1992年の2月号(1991年12月発売)。対して、アニメ版の放送が始まったのは1992年3月7日だった。原作と銘打っているが、実は武内先生のアイデアをベースにコミックとアニメが同時進行で製作されていたメディアミックス作品なのである。

よって、コミックとアニメの展開はそもそも同じになりようがなかった。武内先生はアニメ楽曲の作詞なども行っているので、積極的にアニメ製作にも協力していたようであるが、一部キャラクターにおいては外見すら異なっている。

毎週放送を行わなければならないアニメ版のセーラームーンは、物語を引き延ばすため、一話ごとに敵組織の怪人が現れてそれをセーラー戦士たちが倒すという東映特撮ヒーローのような作品になった。毎週ゲストキャラが登場し、そのキャラクターを通じて起こる事件でうさぎや他のセーラー戦士達との交流を描く事ができたため、やがてシリーズは等身大の少女達の友情や絆を全面に押し出すようになっていった。

対して、月刊誌でどうしても掲載スピードとページ数が限られるコミック版では、一話で濃密に物語を進める必要があった。なので、敵との戦い以上に、月野うさぎという少女の心の内面を描く内容となっていく。前世と未来をまたにかけ、運命に翻弄される少女の心の成長と、ヒーロである地場衛との恋愛模様を描く物語なのだ。

そして、セーラームーンブームの火付け役となったのは、間違いなくアニメ版であった。「私たちのうさぎちゃん!」と息巻いていた方は、アニメ版のイメージが大きかったのであろう。アニメのうさぎちゃんは、常に友人達と一緒だったので女の子ぶる必要もなく、どんどん活発な女の子になっていったからだ。

私たちはセーラームーンから大切なことを学んだ

では、同時併行で物語が進行していったコミック版とアニメ版のセーラームーン、双方に共通していた要素は何だったのだろうか。私はそれを、社会的に馬鹿にされていた層に「自然体でいてもいい」というメッセージを届けてくれたことにあると思っている。

よくセーラームーンは、女性が変身して戦うのが新しかったと評される。が、戦うヒロイン自体は、キューティーハニーの時代から戦隊もののピンクに至るまで、もっと古い時代から存在していた。

私から言わせてもらうなら、本作が斬新だったのは、変身後の姿が女の子も憧れる、「かっこいいセーラー服」であったことである。それまでの戦闘少女は、男から見てセクシーな衣装だったり、ださい全身タイツだったりととてもじゃないが女の子が変身ごっこを楽しめるものではなかった。だが、武内先生は女の子が憧れる変身後の姿を女児に向けて提示した。いや、男児から見てもかっこよかった。あの当時、セーラームーンの変身の真似をしたことがある人は、男女とも相当数いたはずだ。女の子が変身ヒーローごっこをしてもよい。男の子が変身美少女に憧れてもいい。それを、ごく自然な形で作品にして提示してくれたのがセーラームーンだった。

例えばそれは女性の描き方であった。80年代、社会の中で女性が活躍するには、男勝りである必要があった。だから、OLはピシッとスーツを着こなし真っ赤なルージュをひいて、何なら男を尻に敷く勢いこそが良しとされた。だが、こうしたことができるかどうかは、その女性の性格によるところもある。

うさぎちゃんはそんな無理をしなかった。

女の子らしく恋をして、可愛いもの甘いものに目がないという「女性らしさのテンプレート」で構成されたキャラクターながら、そのコミュニケーション能力により学校の中で一目置かれ、おまけに変身して敵と戦うことまでできる。前世代までと全く異なる強い女性像を提示してくれた。そしてそれが、トレンディドラマなどでかっこつけているOL像より子どもにはかっこ良く映った。

例えばそれは、おたくの描き方であった。うさぎちゃんの男友達のひとり海野は、それまでの漫画だったらクラスにひとりはいる気持ち悪いおたく野郎。顔もまったくよくない。ところが、海野はスクールカースト上位であるうさぎちゃんと対等に会話を行い、お互いに軽口を言い合うことが自然に描かれていた。おたくである事を隠そうとすらしないその姿は、我々世代のおたくの基準となった。原作ではアニメ以上にコマの至る所に登場しており、武内先生お気に入りのキャラクターであった事がうかがえる。

例えばそれは、トランスジェンダーの描き方であった。セーラーネプチューンとセーラーウラヌスの関係は非常に同性愛的であるが、うさぎちゃんは特にそのことについて疑問も持たず、ふたりを理想のカップルとして見ている。後半に登場する三人組のセーラー戦士、セーラースターズに至っては、男性が変身すると女性になるという非常に複雑なキャラクター設定なのに、あっさりとうさぎちゃんはそれを受け入れる。

近年ジェンダーギャップの解消が叫ばれているが、幼稚園から小学校の頃にセーラームーンの洗礼を受けた、今の30代〜40代前半の我々の感覚からすれば、こうした問題が問題として上の世代に認知されたことが、何を今さら遅過ぎるという話なのだ。

忘れられた「男性」という存在をきちんと拾い上げたコミック版

アニメのセーラームーンは尺が十分にあったこともあり、セーラー戦士の友情物語となり、キャラクターの性格設定もどんどんと細かくなっていったことは前にも述べた。ただし、その裏でどんどん影が薄くなった存在も生まれた。それが、本作のヒーロー、タキシード仮面こと地場衛である。

メインキャラクターの中で唯一の男性であり、うさぎとは運命の恋人でもある衛は、キーパーソンでありながらも、アニメのように女性の友情を描く上では演出上邪魔な存在であった。結果、セーラー戦士がピンチの時に登場し、バラを投げつけて帰っていくだけの存在になってしまう。少女漫画のイケメン枠なのに、彼ほどファンが少ないヒーローも珍しいのではないだろうか。

冒頭で紹介した第四部デッド・ムーン編は、この地場衛の扱いの変化によりアニメと漫画の結末が大きく変化してしまった一編でもある。詳細は割愛するが、物語上、敵の親玉を倒すのに必要だったアイテム、ゴールデン・クリスタルの所有者が、地場衛から別のキャラクターへアニメで代えられてしまった。

ゴールデン・クリスタルのコミック版の設定は、うさぎと衛のふたりの運命の象徴のような所もあり、アニメ版での改編は衛という存在の軽さを象徴する出来事となっている。(なお、アニメ版のストーリーも素晴らしい事を付け加えておく)

このようにアニメ版は後半になればなるほど、女性同士の友情にフォーカスしすぎたため、男性という存在に関しては、存在が薄くなっていく。あらゆる層の人びとをすくいあげてくれたセーラームーンという作品から、男性という存在が徐々に消えていってしまうのだ。

だが、コミック版セーラームーンは友情のシーンが少ない分、うさぎと衛の恋模様や、お互いを思いやるがゆえ生じる葛藤、そして、運命に翻弄される苦しみが濃厚に描かれ、最後まで男性側からの目線が残っている。これは、明るい作風のアニメ版にはない特色である。

ともすれば、暗い、重いとも言われてしまうこともあるコミック版セーラームーン。初めて見るという方には、確かにアニメの方が見やすくてオススメである。が、アニメは人気シリーズゆえ、長い。これからセーラームーンに触れる人、特にセーラームーンに触れて来なかった男性には、コミック版から入って、セーラームーンの世界観を味わってみるという道もあることを知っておいて欲しい。

出演:石琴乃, 野島健児, 福圓美里, 金元寿子, 佐藤利奈,:小清水亜美, 伊藤静, 皆川純子, 大原さやか 脚本:筆安一幸  監督:今千秋
出演:石琴乃, 野島健児, 福圓美里, 金元寿子, 佐藤利奈,:小清水亜美, 伊藤静, 皆川純子, 大原さやか  脚本:筆安一幸  監督:今千秋
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この記事を書いた人

フリーの編集者。雑誌・Webを問わずさまざまな媒体にて編集・執筆を行っている。執筆の得意ジャンルはエンタメと歴史のため、無意識に長期連載になりがちな漫画にばかりはまってしまう。最近の悩みは、集めている漫画がほぼほぼ完結を諦めたような作品ばかりになってきたこと。

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