地獄の街に生きるシロとクロの生の物語。松本大洋氏を代表する、異彩を放つ完成された作品——『鉄コン筋クリート』

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鉄コン筋クリート
『鉄コン筋クリート』(松本大洋/小学館)

※ややネタバレあり

目次

本作だけが持つ、類を見ない世界観と完全無欠のストーリー

唯一無二の世界観、短いながらあらゆる真理が詰め込まれた圧倒的なストーリー、独創的かつアーティスティックな絵柄。何より、漫画という媒体の素晴らしさを教えてくれる不朽の名作。それこそが、松本大洋氏による『鉄コン筋クリート』である。

一度頁を捲れば、有無を言わせずその世界に入り込んでしまう。現実ではないのに、そこは現代社会の縮図で、そこには抗えない時の流れがある。

舞台は、ヤクザが蔓延り、時代の流れと共に変わりつつある宝町。親兄弟のいない、陰を持つクロと純粋無垢なシロは、暴力を生活手段として暮らしていた。街では“ネコ”と呼ばれ、街中を自由自在に飛び回ることができる。

ところが、ヤクザ・大精神会が海外勢力と手を組み、「子供の城」というレジャーランドの建設を始めたことで、街の色が変わり始める。街を支配せんとする「子供の城」は殺し屋にクロとシロの排除を命じ、ある日、シロが刺されてしまう。一命は取り留めたものの、シロは警察に保護され、クロと別れることとなった。

宝町には、私達の生きる社会のリアリティがある。街そのものが持つ空気や性格、蔓延する暴力、道徳を知らない子供、人々の抱える生き辛さ――。それらは何年経っても色褪せることなく、しっかりと息づいている。時は流れ、その姿は確かに変わるのに、結局社会の本質は変わらないのだと気付かされる。

押し寄せる“流れ”は誰にも止めることなどできないのに、根本は変わらないのだから興味深い。それこそ、人間もまた同じなのかもしれない。

著:松本大洋
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クロとシロ、宝町に住まう人々の、多彩な人生を覗き見る

足りない部分を埋めてくれていたシロを失ったことで均衡が崩れたクロは、暴力性を増長させ、荒んでいた。大精神会で「子供の城」建設に反対していたネズミこと鈴木が殺害されたことで、ますます精神に異常を来してしまう。

そして、シロの不在で心が崩壊を迎えつつあるクロが殺し屋から攻撃を受けた時、暴力だけを信じる闇の存在・イタチが姿を現す。それは、クロの姿をしていた。イタチに取り込まれそうになるクロに気付いたシロは、阻止すべく必死に呼び掛けた。正気に戻ったクロは、ようやくシロと再会する――。

クロとシロの関係は、家族、友人、恋人、主従……、関係性を示すいかなる言葉でも言い表すことができそうにない。一見まだ幼いシロを守っているようだったクロこそが、シロを必要としている。シロという存在が生きる意味であり目的で、正常な精神を保つためには必要不可欠である。シロはそれを正しく理解し、その上でクロを信じ、想っている。共依存でもない、互いを補い合う不可思議な関係。それは実に心地良く、どこか羨ましくもある。一生のうちにそんな存在に出会うことはきっとない、からだ。

偽善を憎み、闇の中にある真実だけを信じる真っ黒な存在、イタチ。イタチは恐らく、あらゆる人の心の中に住む。孤独で暗い、もうひとりの自分。心が限界を迎えた時、それは顕現し、いつもの自分を飲み込まんとする。来るその時を、ただひっそりと待っている。人々は自らそれを抑え、打ち勝つことで、自分で在り続ける。どこにも行けず、絶望の中に生きてきたクロは、シロを信じることで光の下を生きる自分で在り続ける。シロが隣にいる限り、クロの人生に光が注ぐ。

クロとシロの世界には、街、社会、人間、あらゆる真理がある。登場人物の人間性、生死、言葉選びは秀逸で、その表情は極めて雄弁だ。どのシーンを切り取ってもアートのように美しく、中でも映画のコマ送りのような描写は際立って素晴らしい。内面をそのまま表すようなファッション、リアリティがありながらどこか幻想的な街の描写にも注目してもらいたい。ならず者であるチョコラの選択、ネズミの舎弟・木村の生き様、クロを愛するじっちゃの言葉、ネズミの死に様――、読めば必ず心に響くシーンを見つけることができるはずだ。

強烈なインパクトを与える、死ぬまでに読むべき一冊

『鉄コン筋クリート』は、松本大洋氏による天涯孤独のクロとシロの戦いを描いたアクション漫画だ。1993年より『ビッグコミックスピリッツ』にて連載され、完結済み、全3巻。2006年にはアメリカの映画監督、マイケル・アリアス氏によってアニメ映画化を果たした。作画・声共に原作の世界観が見事に表現され、第80回アカデミー賞長編アニメーション映画賞部門のノミネート候補にも挙がった。独特の雰囲気が傑出しているので、未見の人はぜひ観てほしい!

ストーリーのまとまりは圧巻で、ラストも最高にハッピーな気分になれる。決して暗いだけではない、生きることの美しさを感じることができるだろう。

宝町に生きる人々の人生はさまざまで、どれも鮮烈で、刺激を受ける。果たして自分はどのようにして生きているか、ふと考えさせられたりもする。

日本を代表する漫画家・松本大洋氏の代表作との呼び声も高い本作。一度読めば忘れられない強烈な印象を残す。必ず皆さんに何かしらの影響を与えると思うので、“一生の一冊”に触れてみてもらいたい。

著:松本大洋
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出演:二宮和也, 出演:蒼井優, 出演:伊勢谷友介, 出演:大森南朋, 出演:岡田義徳, 出演:森三中, 出演:田中泯, 出演:本木雅弘, 脚本:アンソニー・ワイントラーブ, 監督:マイケル・アリアス
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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