妄想こそ固定観念を飛び超えさせる大人の恋の燃料になる、かもしれない『うどんの女』

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『うどんの女』(えすとえむ/祥伝社)

35歳のバツイチ出戻りの村田チカは大学の学食で「うどんのおばちゃん」として働いているが、連日、うどんばかり注文する男子学生・木野と目が合うようになり、「ビンボーなの?」「うどんが好きなの?」「それとも私のこと……!?」と妄想がだんだんとエスカレートしていく。一方、木野も単なる「うどんのおばちゃん」だと思っていたチカの私服姿をたまたま見かけたことから、だんだん意識するようになる――。「うどん」が取り持つ、アラサー女性と今どき男子のじれったい年の差ラブストーリー。ページをめくるたび「妄想こそ固定観念を飛び超えさせる大人の恋の燃料になるのかもしれない」と感じる本書の魅力を紹介したい。

著:えすとえむ
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目次

一見あり得なさそうな組み合わせの男女が「なーんてね」と妄想を膨らませつつ惹かれ合う

それまでまったく気にも留めていなかった相手のことがある瞬間から突如気になり始め、それ以来何かと意識するようになってしまった、という経験を持つ人は少なくないはずだ。たとえば、「不意に見た横顔がほんの少し昔の知り合いに似ている」ことに気付いた時。あるいは、「『君のこと〇〇さんが感じの良い人だね』って噂してたよ」と聞かされた時。「最近、なんだかやけに目が合うことが増えたような気がするけれど、それはただこっちが見ているから……?」なんて考えが頭をよぎったら、それはもう“恋の始まり”かもしれない。

とはいえ、そのほとんどは単なる思い過ごしや勘違いにすぎず、「気づいたらいつのまにか距離が縮まっていて……」なんてことは、現実世界ではめったに起こらない。にもかかわらず、漫画の中ではどんな障壁さえものともせず、次々とカップルが恋に落ちていくのが定石だ。千葉雄大主演でドラマ化され話題になった『いいね!光源氏くん』(祥伝社)などで知られる漫画家・えすとえむが2011年に出版した『うどんの女』にも、一見あり得なさそうな組み合わせの男女が互いに妄想を膨らませては「なーんてね(笑)」と独りごとを繰り返すうち、いつしかその妄想が現実となり、自分の気持ちに素直になっていく様がコミカルに綴られる。

自分が好きなのは“うどん”ではなく、もしや“うどんの女”の方なのか……!?

美術大学の油絵科に通う21歳の男子学生・木野と、学食の「うどんコーナー」で働く35歳でバツイチのチカは、カレーが好きなのになぜかうどんをよく注文する男と、まるで母のように彼に少しでも栄養のあるものを食べさせようとする女である。チカは年齢の割に若く、地味なエプロン姿とは裏腹にスタイル抜群ではあるものの、別段、木野が「年上好き」という設定ではなく、「うどんきっかけで恋心が芽生えるなんて!」という意外性が味わい深い。

学外で偶然顔を合わせたことから言葉を交わすようになった二人。木野は勇気を出してチカに名前を尋ねるが、「……村田です」という答えが返ってきて、「うどんの人」が「うどん村田」になっただけ。だが、同級生から「毎日飽きずにうどんを食べている理由」を聞かれ、「確かにすげー気になっているけど、でもそもそも初めは向こうから気にしてる感じだったからで、好きっていうのとちょっと違う気もするけど、アリかナシかで言えば、全然アリっていう感じ……?」と、もはやうどんではなく、チカへの想いが自然と溢れ出るのだった。

妄想や思い込みこそが、躊躇しがちな大人の恋の障壁を乗り越えさせてくれる燃料に――

しかし淡い恋心を自覚した直後、やっかいな事情が明らかになる。ある日、ゼミの担当教官の田中の好みのうどんをチカがアイコンタクトだけで察して作ったことに気付いた木野は、只ならぬ二人の仲を怪しむが、田中から「うどん村田」が離婚した元妻であることを知らされる。

かといって奇妙な三角関係が二人の恋をどんどん加速させていく……というわけでもなく、あくまでも“うどん”が木野とチカを結びつける重要な接点であることは変わらない。木野は、チカを妄想しながら描いた妙にエロチックな“うどんの絵”に想いを託し、妄想はしても、年齢差のある元ダンナの教え子との交際にはさすがに躊躇していたチカの心も動かしていく。

木野は「そもそも初めは向こうから気にしてる感じだったからで……」と友人に説明しているが、ほぼ2人同時に互いの存在を意識し始めた、というのが今回の恋の始まりの真相だ。恋なんて自分とは無縁だとあきらめている人だって、「アリかナシかで言えば全然アリ」と思えるくらいの相手から好意を寄せられている(かもしれない)と妄想するだけで、その気になったりするものなのかもしれない。自ら高い障壁を飛び越えるリスクは冒せなくても、「相手がその気ならまんざらでもない」と互いに思っているというのが実情だとするならば、決して漫画に限った話ではなく、恋のチャンスは意外と身近に溢れているといえそうだ。

著:えすとえむ
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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