魔王を倒した後の世界に道具屋は必要? 人の数だけ人生があることを、秀逸なアイデアとコミカル描写で描く世界観が爽快――『すだちの魔王城』

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すだちの魔王城
『すだちの魔王城』(森下真/講談社)
目次

RPG的なファンタジーワールドに転生するなら……?

異世界転生ものを中心に、さまざまなファンタジー系作品が数多くある今、『すだちの魔王城』もその系譜に連なる一作。ファンタジー系といえば、魔王など凶悪な敵キャラクターを倒すことを目的に冒険する……という世界観を軸とするストーリーパターンが、王道のひとつとして挙げられる。主人公が異なる職業や能力のキャラクターを仲間にしつつ敵とバトル。勝利を収めることで新たな技やスキルを覚えレベルアップし、時に中ボスなども登場するなど、次第に強さを増していく敵に立ち向かっていく。まさに胸アツな展開が待ち遠しくなるものだ。

RPGゲーム的な要素を踏まえたような世界に、もしも自分が転生するならどんなキャラクターがいいだろうか。そんな楽しい妄想をしたことがある人も少なからずいるだろう。勇者や戦士、魔法使い、剣士、重騎士、僧侶、もしくはエルフといった、人類のみならず異世界ならではの種族というのも悪くない。

だが、基本的には冒険する側、戦う側の存在を撰ぶのがおそらく主流ではないだろうか。敵モンスターなどに憧れを持つ人はいるかもしれないが、なかなか“街の住人”に転生してみたいと思う人は、少数のはず。それが物語序盤に登場するならなおさらだろう。ところが、本作ではその何とも言えない“ニッチ”な部分にスポットを当てた世界観となっているのだから驚かされる。

著:森下真
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平和を望んだはずなのに廃業危機を迎える主人公など各種アイデアが光る

そもそも最大の敵を倒した後、世界はどうなるのだろうか。脅威が去り、平和な暮らしを送れる幸せを享受している……はずなのだが、平和になったらそれはそれで困ってしまう人たちも出てくる。

定番のハッピーエンドで終了というのは、読み手側の感覚なのだ。例えばシンデレラが結婚した後どうなったかと思い巡らせてしまうように、物語世界の住人の視点で考えれば、彼らの現実(日常)はその後も続いていくことになる。そして、魔王をはじめとして敵を倒すための手助けを生業としていたような人は、場合によってはピンチに追い込まれてしまうのも想像に難くない。この設定は実に興味深い。 さらにピンチを迎えるキャラクターが「“Lv.1”(序盤)の村」の「道具屋(アイテムや)」なのも、新鮮でエッジが効いていて◎。平和な世界ではRPGの道具屋で売っているような回復アイテムを購入して旅立つ者は減少傾向になるだろうから、商売あがったりである。主人公の名前が「ムラビト」、彼が暮らす村の名前が「サイショ村」とどちらもストレートだが、作画と相まってキュートで愛着が湧いてくるから不思議だ。

道具屋の少年が元魔王の少女とボーイミーツガール!勇者の“その後”も含め先読み不能な展開

1巻冒頭で「魔王が生きていたら“道具屋”が潰れる事もなかったんだろうな」とムラビトはぼやき、彼は数多くのバイトをこなすことで経営が苦しくなった店を支える一方、回復薬の効果をアピールするなど宣伝活動にも邁進。ところが「ちゃんとした医者に診せとるから結構」と言われてしまうなど、コミカルなノリながらそこはかとないシニカルさが心に染みる。

そんなムラビトの前に現れるのが、黄金の瞳を持つ謎の少女・マオ。彼女は実は“元”魔王で……といった、ありそうでなかったタイプの後日談が紡がれていく。ある出来事をきっかけに彼女と関わることになったムラビトは、とんでもない展開に巻き込まれてしまうのだが、そのあたりは実際に読んで確認してみてほしい。1話目の展開から、急ピッチかつダイナミックなドラマで一気に引き込まれる感覚が小気味良い。

ムラビトに何が起きたのか想像つく人もいるかもしれないが、ここまで説明してきた最低限の情報だけに留め、あまり多くを入れすぎに読み始め、アイデア&インパクトを堪能してみてほしい。当然ながら魔王を倒した勇者も登場。こちらもかなりクセが強く、わからなくもないなとほんのり共感できてしまいそうな部分も面白い。ムラビト、マオ、そして勇者のアッシュと3人の“パーティ”のやり取りもキレキレで、軸となるストーリーラインを基本線にしつつ、2巻で道具屋はさらなる危機を迎えるのだが、どこまでいってもファンタジーやRPG的な要素をコメディータッチで魅せてくれるのが良い。爽快かつ痛快な読後感も素敵過ぎる。2023年7月には5巻が発売されたばかりで、まだ追いつける。ムラビトらの“旅”の行方を見守っていきたい。

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この記事を書いた人

映画やドラマ、アニメにマンガ、ゲーム、音楽などエンタメを中心に活動するフリーライター。インタビューやイベント取材、コラム、レビューの執筆、スチール撮影、企業案件もこなす。案件依頼は随時、募集中。

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