かつて一ジャンルを築いたラブコメ要素に加え、ツンデレ系の純愛ストーリー+コミカルちっくな青春ラプソディ……など、さまざまな要素を詰め込んだ『からかい上手の高木さん』(小学館漫画雑誌「ゲッサン」連載中)。今回は多要素“〇〇さん系”という新ジャンルまで生み出した人気作の魅力を、改めて見つめてみたいと思います。
第1話から見えていた物語のテーマ&方向性
『からかい上手の高木さん』第1話は、コミック&アニメファンの両方から「忘れられないエピソード」に挙がりそうな「消しゴム」で始まります。
同エピソードを簡単に説明すると……。中学の同級生、席も隣同士なヒロイン・高木さんと、思春期真っ只中ながらちょっぴりオクテな男子・西片が織りなす、教室(授業中)のシーンから物語はスタート。何気ない消しゴムの貸し借りを通して、純情な西片をからかって遊ぶ高木さんという、2人の絶妙な人間関係が描かれます。
この表現だけだと「高木さんは意地悪っ子」イメージかもしれませんが、その素顔は可愛らしく、実は純情一途でもある、とても素直な女子中学生。老若男女を問わず支持される、100点満点のヒロイン像だったりも。
そんな2人の関係性、それぞれのキャラクター、青春物語のテーマ&コンセプト、さらには「オクテで恋愛に疎い西片を、高木さんのほうがラブ……」という結末までが、連載1本分の短編に集約されているわけで。
第1話からこれだけの各種要件やポイントを晒して、物語が続けられるのか……? フツーなら、誰もがそう感じてしまうはず。
ところが、続くのです。2人の間で小さな小さな進展を繰り返しながら、ひたすら同じ関係性が約10年も続くなど、誰が予想できたでしょうか。この軌跡だけを振り返っても、作者の天才的なセンスに驚かされるのです。
約10年の連載でもブレずに“進まない”物語
こうした作風からは、2人の関係性がどう発展するのか、主人公(西片)とヒロイン(高木さん)はめでたく結ばれるのかが焦点に……なるはずなのですが、実はそうなりません。
なんと、スピンオフ作品『からかい上手の(元)高木さん』(原作・山本崇一朗、稲葉光史/小学館/漫画アプリ「マンガワン」連載中)で、“その後の高木さん&西片”が描かれてしまっているわけで。2人は結婚し、ひとり娘と3人で幸せな生活を送っているという。もちろん、高木さんと西片の“からかい&からかわれ”関係性は相変わらずですが……。
既に結末までわかっている恋愛物語が、なぜここまで面白いのか。高木さんの小悪魔的な魅力と、時おり見え隠れする純情な一面の可愛らしさ、オクテながら純朴で真っすぐな西片の好青年ぶり……などなど、さまざまな要素が思い浮かぶことでしょう。
ひとつ言えるのは、その全てにおいて、やり過ぎていないことかもしれません。各要素を少しずつ、小出し小出しに見せられる。この何とも言えない“じれったさ”が、作品のポイントになっているわけです。高木さんと西片のキャラクターが、しっかり練り込まれている証ともいえそうな。そこに少しでもブレがあれば、どこかがほころび、物語が崩壊してしまうはず。ましてや、約10年も“じれったい”関係性を続けられるわけがなく。
いわば、「物語が進まない物語」としても、稀有な作品なのではないかと(笑)。いや、誉め言葉ですよ。
“オリーブの島”小豆島が育んだヒロイン&主人公
ここまで“じれったい”、言葉を変えれば“地味な”関係性が長続きする背景には、2人が暮らす街並みや環境も無関係ではないかと。
一目でわかる“都会ではない、農村などでもない地方の片田舎”という光景は、どこかのんびりと、少しずつ進展する2人の関係を見守ってくれます。その温かさ・暖かさが、作風や絵を通して読者にも伝わってくる。「これはどこが舞台なのだろう」と、誰もが思うのではないでしょうか。
作者自身は特定や意識をしていないといいますが、その雰囲気には、作者の出身地でもある香川県・小豆島の風景がマッチします。小豆島を旅されたことがある方ならおわかりでしょうが、あの暖かで開放的な“オリーブの島”ならではの情景は、「なるほど、高木さんや西片が育った土地みたいだな……」と思わせるはず。
ちなみに、アニメでは小豆島の中心街・土庄町が舞台として描かれます。「世界で一番狭い海峡」としてギネス認定された土渕海峡を、2人が歩くシーンも印象的。アニメ第3期の最終話、高木さんの車を西片が追いかける名シーンも、自分が小豆島旅でバイクを走らせながら、その“島らしい”風景に感動した場所が聖地ではないかと。興味がある方は、小豆島を旅するついでに探されてみては?