『ダルちゃん』から考える現代女性の生きづらさ

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ダルちゃん

『ダルちゃん』はるな檸檬/小学館

人は誰しも他人には見せられない一面をひた隠しにしながら、何食わぬ顔で日常生活を送る生き物だ。普段キレイに着飾っている人が、家ではだらしなかったりするのは世の常だし、コロナ禍におけるテレワークの実態として、カメラに映り込む背景と上半身のみバッチリでも、それ以外はぐちゃぐちゃであることを暴露したイラストが世界中の人々の共感を得ていることを考えると、程度の差こそあれど誰もが身に覚えがあるのだと安心させられる。

だからこそ、特に自分が好意を寄せている人の前では「こんな自分を晒したらドン引きされるにちがいない」と、より一層ガチガチに防御して、その人と別れて部屋に一人きりになった途端に「疲れた……」と心の声が漏れてしまうこともある。「ありのままの自分を受け入れてくれる人が現れたら、どんなにラクだろう……」と思いを巡らせたことのある人にこそ、ぜひ『ダルちゃん』(はるな檸檬/小学館)をオススメしたい。

著:はるな檸檬
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目次

並々ならぬ努力で普通のOLに擬態する「ダルダル星人のダルちゃん」

主人公は、普段は「24歳の派遣社員」に擬態して暮らす「ダルダル星人のダルちゃん」こと「丸山成美」だ。両親も兄弟もいわゆる普通の人間だが、家族のなかでただ一人「ダルちゃん」だけが、お腹から下がまるでイソギンチャクのような形態でこの世に生まれてきた。そんな「ダルちゃん」を見た母親は一言「おやまあ」と驚いたものの、その後はことあるごとに「ダルちゃん」の前でため息をつくばかりで、別段特別な対策を講じてくれるわけでもない。2つ上の姉は時折「ダルちゃん」をいぶかしげに眺めてはすぐに目をそらし、4つ上の兄に至っては「ダルちゃん」の存在にすら気付いておらず、そもそもほとんど家にいなかった父の記憶はない……。

幼稚園までは特に気にせず過ごせていたものの、小学校に上がるやいなや「人と違う」ことでいじめの対象になり辛い日々を送っていた「ダルちゃん」だが、その後必死で勉強して「擬態」する術を身につけ、24歳になった現在はどこから見ても「普通のOL」に仕上がった。だが、たまに疲れたら人目につかない屋上やトイレの中で「ダルダル星人」に戻って休憩し、デスクの下でもヒールを脱いで「ダルダル」に。とはいえ、いくら上手に擬態しても根本的な「生きづらさ」自体は、何も変わらないことにも気づいてしまった。何しろ元が「普通ではない」分、人並みに生活するだけでも「普通の人」の何倍もの努力が必要なのだ。

ある日、手にした布張りの「詩集」との出会いで詩作にのめり込む・・・

どんな人とも当たり障りのない付き合いばかりをしてきた「ダルちゃん」にも、ある出来ごとをきっかけに、ついに「サトウさん」という年上の同性の友人が出来る。会社の飲み会で酔っ払った男性社員につけ入られても、自分が傷つきたくないばかりに平静を装う「ダルちゃん」のことを、厳しくも愛のある助言で救ってくれた恩人だ。ある日、屋上で「サトウさん」が読んでいた布張りの詩集を借りた「ダルちゃん」は、そこに散りばめられた宝石のような言葉に感銘を受け、「自分でも心の内を綴ってみたい」という衝動に駆られて人知れず創作活動を開始する。

「サトウさん」のアドバイスで試しに出版社が主催する公募展に出してみたところ、「今月の詩」のコーナーに採用されることになり、ますます詩作にのめり込んでいく「ダルちゃん」。だが、付き合い始めたばかりの「ヒロセくん」から「僕のことを詩に書かないで欲しい」と懇願され、自分の創作が好きな人を傷つけていたことを知った「ダルちゃん」は、ショックのあまり「もう二度としない」と約束し、詩を紡ぐことを辞めてしまうのだ。

そこで直面する「自分を表現することの素晴らしさとそこから派生する痛み」

この作品で描かれるのは、たとえ「ありのまま」の外見を受け入れてくれる人と出会えても、その人の前で「ありのまま」の内面ではいられないことを知った主人公が、果たして「本当の自分」とどう向き合い、その後の人生をどう生きていくのか、という大命題だ。「サトウさん」という友人との出会いによって「自身を表現することの素晴らしさとそこから派生する痛み」を味わってしまった「ダルちゃん」が、何を発見し、何を犠牲にするのか――。その勇気ある果敢な選択に、みるみるうちに引き込まれてしまう。

物語の後半、ふと周りを見渡すと、地球上には「ダルちゃん」以外にも「ダルダル星人」が生息していることが明かされる。しかもみんながみんな完全に「普通の人」に擬態しているわけではなく、それが許される環境においては「ダルダル星人」のままで社会生活を送っているツワモノたちが意外と沢山居ることに触発され、うっかり自分も「ダルダル星人です」とカミングアウトしてしまいそうになる。今後も「生きづらさ」の壁にぶち当たったら、『ダルちゃん』を何度も何度も読み返したい。そう思わせてくれる宝物のような漫画が手元にあるだけで、今日もなんとか生き延びられそうだ。

著:はるな檸檬
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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