枯れたイケおじのセリフに胸を掴まれる スキとキライのあわいで揺れる『Love,Hate,Love』

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Love,Hate,Love
『Love,Hate,Love』(ヤマシタトモコ/祥伝社)

※ネタバレあり

バレエ一筋に生きてきた28歳の貴和子と、同じマンションの隣りの部屋に住む52歳の大学教授・縫原との不器用な恋を綴った『Love,Hate,Love』。バレリーナになる夢を諦めた貴和子が、「タバコ」や「ショートカット」「駄菓子」など、試したくても出来なかったことにチャレンジしようとする中で出逢った「大人のレンアイ」を通じて成長していく姿を描いた本作の魅力を、イケおじの縫原と貴和子が交わすグッとくるセリフを切り口に紹介したい。

目次

初めての「ショートカット」「タバコ」そして「遅れてきた恋……」

物語は、バレエ教室の講師を務める貴和子が、バレリーナにとって欠かせないロングヘアを、バッサリとショートにする場面から幕を開ける。この際、今までやってこなかったことを片っ端から試してみようと、ある日、マンションのべランダで生まれて初めてのタバコに火をつけ一口吸ってみるが、その姿を見ていた隣の部屋に住む、大学教授を名乗る物憂げな雰囲気男から「吸ったことないならやめときなさいよ。体に悪いよ。その年まで要らなかったんなら、要らないモノなんだからやめときなさい」と忠告されてしまう。

実は隣人の縫原(ぬいはら)は貴和子のバイト先のダイニングバーの常連で、以前から貴和子のことが何となく気になっていたのだが、貴和子はそれにはまったく気づいていなかったというオチがある。だが、タバコが取り持つ縁でその男に興味を持った貴和子は、勢い余って「私はあなたを好きになっても大丈夫なんでしょうか!」と、知り合ってまだ間もない縫原に、突拍子もない告白をしてしまうのだ。

著:ヤマシタトモコ
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無さそうで有りそうな、まどろっこしい大人の「レンアイ」の攻防戦

突然の告白に戸惑いつつも、「僕は嬉しいけどね……」と可とも否とも言えない曖昧な答えを返す縫原だが、28歳にしてこれまでまともに男性と付き合ってこなかった貴和子は、まるで「恋に恋する中学生」のような初々しさで、縫原に対する想いに胸を焦がしていく。その後、縫原も「あなたのことは好きだ。本当に」と一度は素直な思いを口にしながらも、次第に「ふた回りも年下のあなたの前で裸になる自信がない」とか言い出して、いい年をした二人の恋は、まどろっこしい感じで一進一退の攻防を繰り広げるのであった……。

「隣人と恋に落ちる」という設定は、ドラマや少女漫画ではしばしば見かけるが、かつて高校時代の友人が、マンションのベランダに置いてあったサンダルが、台風の日に衝立を越えて流されてしまったことがきっかけでお隣さんと付き合うようになり、その後結婚したという話を耳にして以来、あながちファンタジーの世界の話とは言い切れないものなのだと、思い知らされた。だから本書を読んだ時も「こういうこともあるかもしれない」と、妙に納得してしまった。

「分かるようで分からない」平安貴族のような‘’あわい’を楽しむべし

かつて同じ中学に通っていた3人が、四半世紀が過ぎ去ったいまどんな思いで過ごしているのかが赤裸々に綴られるのと同時に、癌で余命を知り、身辺整理をしながらもずっとやりたかった映画製作にようやく着手する男性や、華やかに見えた友人を自殺で失い、ショックのあまり仕事が手につかなくなる年下女子など、多子を取り巻く「死と隣り合わせにいる」人々との交流が、実にリアルに描かれている。

本書の中で一番グッとくるのが「そういえば僕はあなたからスキって言われていない」と言い出した縫原に、貴和子が「自分よりはスキでバレエよりはキライです」と煙に巻きつつ「わたしのスキなものはね/バレエと秋と紺色とコハダとあなた/それを全部まぜてわーってやったらわたし」と謎かけのような回答をする場面。

それに対し縫原は「あなたのことは本のしおりのひもよりもスキ」と返し「こういう話をもっと最初にすべきだったのかな」「レンアイのはじまりってこんなふうだったかな。ずいぶん久しぶりで忘れてしまった」と逡巡する。

「レンアイ」なんてお互いにバカにならないと出来ないものだと言われるが、この二人のやりとりを見ていると、別に打ち上げ花火のようには燃え上がらずとも、線香花火のようでもいいじゃないか、と思わせる魅力がある。短歌を送り合うように、お互いに「分かるようで分からない」そのあわいを楽しんでいられる余裕があるのが、きっと大人の恋の特権だ。

著:ヤマシタトモコ
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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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