2021年に掲載20周年を迎える『BLACK LAGOON』には、善人が一人も登場しない。悪人が一人も登場しない『ARIA』(天野こずえ/マッグガーデン)とは対照的だが、その両作品が大好きな筆者は、自分でも不可解な矛盾を抱えているわけで。“現代版・海賊物語”ともいえそうな『BLACK LAGOON』には、一体どんな秘密が隠されているのだろう。
現代の海賊船は米軍PTボートを改造した魚雷艇!
海賊といっても、本作に『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)のような海賊船(帆船)は登場しない。彼らが操る現代版・海賊船は、魚雷艇。第二次世界大戦で使用された、米軍PTボートを改造したものだ。
この解説だけで「おっ」と思われた方は、『BLACK LAGOON』の世界観にどっぷり浸かれる資質をお持ちかと。
こうしたギミックは、他にも数多く登場する。
ベレッタM92FS Inox(改):本作のメイン・ヒロイン、“トゥーハンド”(二挺拳銃)ことレヴィの相棒(拳銃)。
S&W M29:ラグーン商会のボスで、ベトナム戦争の帰還兵でもあるダッチが愛用する銃。
バレットM82対物ライフル/フランキ・スパス12/ブリントンMP37グレネードランチャー:謎のメイドにしてキューバで暗殺訓練を受けた元ゲリラ兵・ロベルタが用いる銃火器。
1968年型プリムス・ロードランナー&1965年型ポンティアック・GTO:ラグーン商会のメカニック&情報収集役・ベニーの愛車。
ごく一部を挙げてみただけでも、好きな人には涙モノのギミックのはず。しかもそれが、細部まで精密な作画で描かれる。そのこだわりだけでも、ごはん3杯はおかわりできそう!?
あらゆる闇を描き出すカオス&狂気な世界観
と、いきなり話がマニアックな方向に逸れてしまったので、物語の基本設定を。
過去に闇を秘めたレヴィ、ダッチ、ベニーの3人は、タイの(架空の)港町ロアナプラを本拠地にする、金さえ積めば何でもOKな運び屋《ラグーン商会》メンバー。複数の国際犯罪組織が入り乱れる無法都市で、様々な事件・暴力・抗争に明け暮れていた彼らだが、“ロック”こと一般人のサラリーマン・岡島緑郎が仲間に加わったことで、その運命は大きく動き始める。
運び屋、傭兵、殺し屋、マフィア、ゲリラ、テロリスト、麻薬カルテル、人民解放軍、CIA、KGB、さらには日本ヤクザまでが当たり前に登場する物語は、ある意味でカオス。世の闇をすべて描き出す世界観は、狂気という言葉にも置き換えられそうだ。
が、いわゆる“狂気”的な概念は、なぜかこの作品から伝わってこない。差別や虐待が当たり前に描かれ、人が死にまくる物語でありながら、殺伐とした印象も残らない。不思議なほど爽快に、すっきりと読み進められてしまう。
タフ&ヘビーの随所に盛り込まれたコミカルさ、テンポよく痛快なアクションとカオスな要素がバランスよく構成されることで、読み手に嫌味を抱かせない。およそハードな物語でありながら、稀有な作風でもあるわけで。
絶望的なほどクソったれな世界に希望を灯す冒険活劇
それはおそらく、ハードであってもハードボイルドではない、“ハードボイルド風”な味付け故だろう。作者の綿密な計算で築かれた、特異な作風ともいえそうだ。
ビジネス・パートナーでありつつ基本は一匹狼なラグーン商会の面々が、誰しもが熱くなる“仲間”を守る行動で、見失っていた自身の存在を再確認する。そんなプロセスも、実はわかりやすく、感情移入しやすいポイントだったりする。
ゴミ溜めといってもいいクソったれな世界で、ときに這いつくばりながら生きている連中だからこそ、本当の意味で人間らしい、信じられる仲間なのだと。
人間の闇、絶望、欲望がこれでもかと描かれる世界に、ハッピーエンドなどあるわけがない。こいつら、きっといつかはボロボロになり、クソみたいな街の片隅で悲惨な死に方をするんだろう……と思いながらも、なぜかそこに、希望を見い出そうとしてしまう。救いなど一切なさそうな世界観なのに、一筋の光明を探し求め、きっと救いの手が差し伸べられるはずだと……。
多かれ少なかれ誰もが抱えている心の闇を、非日常すぎる凄惨な世界というフィルターを通すことで、明るく照らし出す。そんな作品なのかもしれない。
と、ようやく気づかされる。あぁ、これこそ子供の頃にワクワクしながら読みふけった、海賊物語じゃないか。物語の舞台こそ違えど、冒険活劇なことに変わりはない。“現代版・海賊物語”な『BLACK LAGOON』は、大人になっても楽しめる冒険活劇なのだと……。