純愛物語が好きな人たちの間では、連載終了から20年近くを経た今なお、名作として記憶に残る『藍より青し』。不遇な運命をたどった男女が相思相愛の想いを成し遂げる、純粋一途な“昭和ロマン”物語には、今の時代だからこそ読み返したい魅力が秘められているかもしれません。
『はいからさんが通る』にも相通じる大正ロマン感
1998年から2005年まで漫画雑誌「ヤングアニマル」(白泉社)で連載された『藍より青し』は、2002年からのアニメ化(フジテレビ系列)、2003年にはゲーム化と、メディアミックス展開で一世を風靡した作品です。
その作風は昭和の香りに満ちた“昭和ロマン”あふれるものですが、連載期間中の年号は平成。つまり、当時から懐かしさが漂う作風だったと。令和の現在からすれば二時代前ですから、ノスタルジー感はいっそう増している?
平成の当時からして、昭和を飛び越した大正ロマン的な作風が斬新で、懐古趣味的な味わいが作品の魅力ともなっていたわけで。
ヒロインは和服姿が定番で、主人公&ヒロインとも旧来から続く名家の御曹司&令嬢。物語中盤からはレトロな洋館が舞台となり、描かれる物語は一途な純愛劇。『はいからさんが通る』(大和和紀/講談社)に代表される、麗美な大正ロマン感が作品の随所に漂っていました。
誰かを想う心の大切さが素敵な物語
物語の主人公は、名門財閥の次期当主ながら、非嫡出子ゆえに虐待ともいえる環境で育てられた大学生・薫。過酷な日々から逃れようと、家出同然に安アパートで一人暮らしする身だったのですが……。
そこに突如として現れたのが、歴史ある呉服店からデパートに進化した名家の娘・葵。幼い頃に薫と出会った彼女は、以来、薫の許嫁として花嫁修業を続けてきたといいます。
が、二人の許嫁関係は、あくまで名家同士の政略結婚的なもの。薫が家を出たため、許嫁の約束も解消に……。そこで、恋焦がれてきた薫の真意を問おうと、葵が押しかけてきたところから物語は始まります。
「生まれて初めて好きになった人。あの人のことを考えると、この世に生まれてきて本当によかったなぁって思えるんです」
そんな薫を想う葵の一途さこそ、本作品の核となる部分でしょう。
物語を読み進めるうち、そんな彼女の素直さや想い、どんな障害にも屈しない強さと耐える心に、誰もが胸を打たれるはず。今どきこんな娘はいないだろう……と、平成の時代にも感じられたのですから、令和の現代ならなおさらです。
とはいえ、単に重苦しいラブストーリーではありません。誰かを想う心の大切さが、ヒロインを通して瑞々しく描かれる。そこで純粋に、「こんな恋愛、いいなぁ……憧れるなぁ」とあふれ出す思い。それこそ、本作品を名作といわしめる、男女の性別を問わず支持される魅力なのでしょう。
藍染めが時とともに青さを深めるような愛
物語中盤からは、葵が大家となる洋館での、さまざまなキャラとの同居生活がストーリーの軸となっていきます。主人公が大学生なこともあり、葵の純愛劇とは別に、薫視点でのラブコメ要素が展開していくわけで。
ここで問題になるのが、薫の優しさ。誰にでも優しい性格ゆえ、薫の周囲には様々な女性キャラが登場し……。薫の葵への想いが揺らぐことはありませんが、葵の気持ちを無視したかのような行動に、読者がイラつく機会も一度や二度ではないはず。
優しさが、ときに不誠実でもある矛盾。そんな問題提起も、ラブコメの形態を借りるように描き出されます。
昭和の時代から続く定番ラブコメ要素を盛り込むことで、登場人物の心情に深みを持たせ、作品の主題を改めて浮き彫りにしていく。小説に近い手法かもしれませんが、コミックス最終の2巻ぐらいまで読み進めると、その巧みさを実感できるでしょう。
作品タイトルの『藍より青し』は、中国の儒家書『荀子』勧学篇に記された「青は藍より出でて藍より青し」に由来します。が、弟子が師よりまさっていることをたとえた原典とは異なり、「藍染めの着物が時を重ね、より青くなるかのように育まれた愛」を意味します。
コミックを最終巻まで読み進め、そこで描かれる“その後”を見れば、作品タイトルに込められた意味合いが理解できるはず。ラブコメ要素が強くなる中盤~後半で挫折せず、最後まで読み通した方だけがわかるご褒美なのかも?
なお、純愛劇の第1期+ラブコメ編の第2期と、コンセプトを明確に分けたアニメ版とは物語展開が異なるので、アニメ版を先に見られた場合はご注意を。
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