2000年から短編連載の形で20年以上も続く、同名ライトノベルのコミカライズ作品『キノの旅 -the Beautiful World-』。原作小説のシリーズ累計発行部数は800万部を超え、二度にわたるアニメ化、映画化、ゲーム化などメディアミックスが進んでいるため、別の形で作品と出会っている方も少なくないだろう。
謎めいた主人公と言葉をしゃべるバイク《モトラド》の放浪旅
主人公キノは、相棒のバイクに跨り、様々な国(架空の都市国家)を巡る旅人。謎めいた一人旅の放浪者……とでも呼びたいところだが、実は“一人旅”でなく、《モトラド》と称される相棒がいる。
エルメスという名のモトラドは、言葉をしゃべり、感情豊かに物を考えるバイク。擬人化されたバイクをイメージすれば、わかりやすいかもしれない。ちゃらキャラで空気を読めないものの、知識は長老並みに豊富。思慮深く慎重なキノとは対照的だ。
真逆のコンビともいえる二人の旅は、決して感情移入しすぎない自然体。あくまで“余所者”“旅人”のスタンスを貫こうとする二人だが、旅を通して向き合わざるを得ない、矛盾と狂気に満ちた「世の常」とは……。
登場人物が多くない構成なので、物語はキノとエルメスの会話&コミュニケーションを基本に進行していく。両者が醸し出す、微妙に噛み合っているようで噛み合わない空気感が、かえって物語の味わいや深みを生み出している点は興味深い。
例えば“二人”の会話には、「けれどね」という逆説用法から、「〜だと思えないかい?」といった同意へ導く流れが多用される。それはキノ&エルメスという互いへの呼びかけだけでなく、読者への問いかけであったりもする。
と同時に、両者の言葉は物語のスパイスとして、毒味すら漂わせる。その度に、“いい人”に見えたキノの本質が、冷酷な闇を抱えた人間だと思い知らされ……。じわじわと染み渡る怖さは、読み進むほどクセになるはずだ。
美しさと凄味を感じさせる画力で原作の魅力をアップ
コミカライズ版では、こうした緻密な構成・演出・空気感を生かしつつ、時に息をのむほど美しく、凄味すら感じさせる画力で『キノの旅』の世界を作り上げていく。
原作小説1話がコミックでは2話分に相当するため、全体にゆとりを感じられることも好印象。コマ割りや構図の余裕が、大胆な演出とともに、物語のツボとなるキノとエルメス、人々との距離感を落ち着かせる効果を生んでいる。そのせいか、かなりクセが強い作品にも関わらず読みやすい。
ただ、原作小説のイラストからすると柔らか味やソフトさを感じさせる絵なので、原作ファンの中には、違和感を覚える方も?
コミカライズには、ここで取り上げた講談社『少年マガジンエッジ』(作画:シオミヤイルカ)版の他にKADOKAWA『コミック電撃大王』(作画・郷)版もあり、絵的には後者のほうが原作小説(イラスト)に近そう。が、作風は前者のほうが忠実で、より『キノの旅』の世界に浸りやすい印象だ。原作小説ではなくコミックから入る方には、シオミヤイルカ版のほうをお勧めしたい。
劇中に登場するマニアックなバイク&銃火器は趣味の世界!
ちなみに、エルメス=《モトラド》のモデルとなっているバイクは、1920〜1940年代にイギリスで製造されたブラフ・シューペリア SS100。「オートバイのロールスロイス」と評されたほどの高級車で、400台弱しか生産されなかったこともあり、オークションに登場すれば落札価格:数千万円は当たり前というレアなシロモノ。
劇中に登場する銃火器(物語上の名称はパースエイダー)も、架空の製品ながらマニアックなものばかり。モデルとなった銃火器を想像しながら読むと、いっそう物語の世界観が広がるかも。TVアニメ『ソードアート・オンラインⅡ』で銃器監修を担当し、ガンマニアが涙する小説&アニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』を手掛けた、原作者:時雨沢恵一らしい趣味が随所に見受けられるので。