本当は恐い“人間の狂気”が鮮やかに浮かび上がる。トラウマ必至のサイコホラーコミック——『ミスミソウ』

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ミスミソウ
『ミスミソウ』(押切蓮介/ぶんか社)

※ややネタバレあり

目次

寂れた村で浮かび上がる人間の持つ深い闇、底知れない恐ろしさ

感情を持った人間ほど恐ろしいものはない。

妬み、嫉み、恨み、怒り、憎しみ――時に負の感情は私達を支配し、衝動的な行動へと駆り立てる。倫理観や道徳観は失われ、残酷非道な振る舞いであろうと、もはやコントロールすることなどできない。特に判断能力の未熟な未成年者においては、一度負の感情に自らを明け渡してしまえば止まる術などないのだ。

『ミスミソウ』には、そんな人間の恐ろしさが詰まっている。

感情に支配された人間の脅威、未成熟な子供にこそ宿る残虐性、歪みが歪みを生む負の連鎖。本作に描かれているのは、現実では起こり得ないと信じたい、けれど広い世界のどこかで既に起こっているかもしれない事件である。

中学生の主人公・野咲春花は、家族とともに半年前、東京から過疎と少子化の進む大津馬村へと越してきた。廃校が決まっており、卒業する生徒は僅か十数人。転校以来、靴や筆記用具を捨てられたり、画鋲を刺されたりと酷いいじめを受けていた。担任の南は見て見ぬ振り、心配をかけまいと春花自身も家族には打ち明けず、卒業までの2ヶ月間は耐えることを決意していた。

唯一味方してくれる相場の助けもあり、これまで耐えてきた春花だったが、いじめを知った家族の勧めにより登校を拒否することに。そのことで、以前標的にされていた佐山が再びいじめられるようになってしまう。佐山は春花を逆恨みし、春花の外出時に橘、三島、加藤、久賀、池川、真宮とともに野咲家に放火。春花の両親は死亡し、妹の祥子は重体となった。

その後春花は、訃報を知って駆けつけた祖父・満雄と暮らし始める。犯人グループから放火の真相を聞いた春花は復讐を誓い、惨い方法で橘、三島、加藤を殺害。久賀を闇討ちし、ボウガンで襲撃してきた池川と真宮を返り討ちにする。

著:押切蓮介
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激情に飲まれた子ども達が起こした惨劇、その先にある結末とは

これは、いじめに対する復讐物語ではない。妬みや歯がゆさ、劣等感、承認欲などあらゆる感情に飲み込まれた少年・少女が起こした残忍な犯行に対する復讐物語である。

春花はいじめを耐え、でき得る対応をしたが、待ち受けていたのは最悪の結末だった。復讐は復讐を呼び、断ち切らない限り永遠に連鎖する。それでも、春花が再び前を向くには、他にどんな手段があっただろう。

その村には抑止力がなかった。正しく在るべき大人は機能せず、子ども達は感情のまま血も涙もない事件を起こすに至ってしまった。

復讐を果たした春花は、いじめグループのリーダー格であった小黒と遭遇する。放火事件以降後悔の念を抱いていた小黒は、かつて春花に好意を抱いていたことを告げ、心からの謝罪をする。春花はそれを受け容れ、復讐の終わりを決める。その帰宅途中、小黒は佐山に襲われて死亡。

その後、相場といた春花は佐山に襲撃され、致命傷を受ける。その際、相場が撮影した焼け焦げた春花の家族の写真を見て、その本性を悟り相場を攻撃。盾にされた佐山は死亡し、構えたカメラのレンズごとボウガンで撃ち抜かれた相場も死亡。春花もまた、佐山に受けた傷により絶望のうちに死亡した。

満雄は短期間で全ての家族を失い、ひとり残され、大津馬村を後にする――。

環境が人を作る。

学校に僅かでも正義があれば、正しさを説く大人がいれば、事件は防げたかもしれない。子ども達がもっとオープンな関係性であれば、ここまで感情が拗れることもなく、どこかで分かり合えるタイミングがあったかもしれない。

いかなる環境下にあろうと、感情をコントロールしなければならない。社会の中で生きる人間の責務であり、個人にもできることだ。子ども達が感情に支配されずに生きていくために、私達大人は、より良い環境作りに努めねばなるまい。

読者を待ち受ける漆黒の世界。強烈な印象を残すサイコホラー漫画

『ミスミソウ』は、人間が生み出す恐怖を描いたサスペンスホラー漫画である。

押切蓮介氏により、『ホラーM』にて2007〜09年まで連載された。完結済み、全3巻。2013年には加筆・修正を施した全2巻の『ミスミソウ 完全版』が刊行され、2018年には実写映画化を果たした。

本作は不気味な雰囲気を纏っている。無二の絵柄は独特で、心許なさすら感じさせる。特に、負の感情に囚われた暗い表情を浮かべた人物の描写は秀抜で、仄暗い世界観を象っている。

物語に確かな希望はなく、結末に至るまで救いもない。あるのは恐らく、目には見えない無数の選択肢と異なるエンディング。人間の弱さ、醜さ、愚かさ、悍ましさの全てがある。人間が人間である限り、起こり得る出来事。誰にも眠る本性。人間の悪の側面を描き切った傑作である。

素晴らしいサイコホラー作品なのだが、内容が内容だけに「おすすめの漫画は?」と尋ねられた際に声を大にして答えられないのも事実である……。本作を読んで「佐山の残酷な行いを真似たい」などと思う人間は皆無なはずなので、恐怖の詰まった優秀なホラー作品であることを知り、正しく評価してもらいたい。

いつかどこかで起こり得る物語――。本作を反面教師に、今もどこかで芽吹く“悪の芽”を育たせない社会・環境を作り上げねばと改めて思う。

著:押切蓮介
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出演:山田杏奈, 清水尋也, 大谷凜香, 大塚れな, 中田青渚, 紺野彩夏, 櫻愛里紗, 遠藤健慎, 大友一生, 遠藤真人, 森田亜紀, 寺田農 脚本:唯野未歩子  監督:内藤瑛亮, プロデュース:田坂公章
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この記事を書いた人

フリー編集・ライター。ライフスタイルやトラベルなど、扱うジャンルは多種多様。趣味は映画・ドラマ鑑賞。マンガも大好きで、日々ビビビと来る作品を模索中! 特に少年・青年向け、斬新な視点が好み。

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