とても平安に暮らせない! 暗黒都市・平安京をリアルに描いた歴史サスペンス!『応天の門』

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『応天の門』
『応天の門』(灰原薬/新潮社)

“鳴くよ うぐいす 平安京”でお馴染みの平安京。794年に桓武天皇の手により現在の京都府京都市へ移された日本の都は、以後1000年以上にわたり、日本の首都として機能し続けました。多くの教科書では日本の首都は東京と習いますが、実は、未だ日本の首都を明記した法律は存在せず日本の首都は闇の中……。本作は、そんな謎に満ちた都・京がもっとも闇をまとっていた9世紀の平安京にスポットを当てたクライム・サスペンスです。

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令和にまで伝わる美男子と神様になった秀才がタッグを組む

東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)「とうきょうスカイツリー駅」は、かつて「業平橋駅」と呼ばれていました。この業平とは、平安時代の歌物語『伊勢物語』の主人公とされる貴族・在原業平のこと。駅の付近には同名の橋があります。かつてこの橋のたもとには、在原業平の墓と伝わる塚が祀られていたことからこの名前になったそうです。

在原業平は歴史上で大きな活躍をした人物、というわけではありませんが、『伊勢物語』の主人公のモデルとされたことで、未だに教科書に名前が載る重要人物となりました。本人が美男子であったと伝わっていることや『伊勢物語』が恋の歌中心の物語であることから、日本を代表する色男のイメージも残っています。

が、“彼が恋愛以外に何をしていた人物なのか?”はあまり知られていません。今回紹介する漫画『応天の門』は、京で貴族として働く若き在原業平が、もう一人の主人公である歴史上の有名人とバディを組んで平安時代の京の闇をえぐるクライム・サスペンスとなっております。

実在の在原業平は、平城天皇の孫にあたる人物でした。祖父である平城天皇は、弟の嵯峨天皇と政権をめぐって争い権力の座から引きずり下ろされたため、一族連座して皇籍から外れ、在原を名乗るようになりました。朝廷では、天皇の行幸の警備などの仕事をしていた宮中警察官のような人です。

作中では、家柄の良さとイケメンで知られるという顔の広さを活かし、京で起こる事件を嗅ぎ当てひょうひょうと立ち回っています。

そんな業平が捜査でバディを組むのが、稀代の秀才として名を馳せる文章生(朝廷の学生)・菅原道真。現在、学問の神・天神様として神社に祀られているお方と言った方が馴染み深いかもしれません。

名家・菅原家の三男。その才覚で周囲から羨望の眼差しを浴びる道真ですが、彼はまだ幼く権謀術数渦巻く朝廷政治からは距離を取りたいと考えています。願わくば、遣唐使として学問に邁進したいとさえ思っているのですが、ある事件の現場で在原業平と出会ったことからその才覚を見初められ、半ば強制的に事件捜査を手伝わされることになってしまうのです。この凸凹コンビが京の貴族たちの心の闇を晴らしていくというのが、本作の大まかなストーリー。半ば強引に、関わりたくもない事件や貴族世界に引っ張り込まれそうになる道真と、持ち前の人誑しの才で、NOを言わせないように立ち回る業平の会話の攻防は本作の見どころです。

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魑魅魍魎が跋扈していた平安京の闇を描く

鬼や妖怪に、陰陽術。平安時代の京を語る上で欠かせないのがこうしたオカルトの数々です。実際に京に足を運んだ人なら、現存する神社やお寺にこうしたものを封じるような祠が多数残っているのを見たことがあるでしょう。なぜ、平安時代の都にオカルトが流行ったか。

それだけ、平安京が平安ではなかったからです。

そもそも794年に桓武天皇が平安京に遷都したのは、奈良は平城京の仏教勢力に皇位が簒奪されそうになったためでした。平安京へ移動した後は、今度は藤原家とその他貴族、そして皇位継承争いと、刀傷沙汰や紛争が続きます。しかもこの時代から朝廷は軍隊を解散してしまったため、日本全土で治安が悪化し夜は殺人強盗が当たり前となっています。

犯罪の捜査はきちんと行われず、住民は闇に怯えていました。人々は夜の恐怖に妖怪や呪い、陰陽術といった形と名前を与えるようになったのです。

『応天の門』の劇中でも、人々は凄惨な事件が起こるたびに、魑魅魍魎の影に怯えてまともな思考ができなくなります。そこに科学の光を当てるのが、菅原道真です。道真は、化物やオカルトの類を一切信じていません。彼が信じるのは理論だけです。ですが、彼が闇に冷静な光を当てると必ずそこには、人間のドロドロとした欲望が横たわっています。

“鬼による傷害事件が、上級貴族が遊び半分に行っていた下男下女の虐待であったこと”

“夜中に読むと祟られるという書物に、麻薬のような幻覚物質が含まれていたこと”

“物の怪つきと思われた男は、国家間の問題となりかねない中国・唐帝国での盗掘を行っており、その際、野良犬に噛まれて狂犬病にかかってしまっていたこと”

などなど。知ってしまえばまったく不思議ではないものの、知ってしまったからこそ後悔しそうな平安時代の京の暗部が次々と現出します。こういう時に事件の真相をそのままバラしてしまうと、関係貴族の顔に泥を塗り暗殺対象になりかねないのが、平安時代の貴族社会の真に恐ろしいところ。

そこで力になるのが、業平の事件解決における経験値や、あるいは誰も傷つかない形にオカルトの物語を変えてしまおうという道真の機転です。本作は、事件の真相を知りつつも、どうしようも手が出せない事件を、いかにして闇から闇へ葬るかという過程がとても面白いサスペンスなのです。

タイトルから予測できる悲劇への道

ところで、タイトルの『応天の門』を見て、「おっ」と思った方はかなりの歴史マニアです。貞観8年(866年)、平安京の内裏にある門・応天門が放火される事件が起こりました。大納言の伴善男は政敵であった左大臣・源信が犯人であると告発しましたが、藤原良房が源信を弁護。逆に伴善男ら伴一族こそが犯人であると訴え、伴一族が朝廷から一掃される事態となりました。これを“応天門の変”といいます。藤原家が平安時代の朝廷権力を一手に握るきっかけとなった事件です。

在原業平と菅原道真が遭遇する事件の裏には、かなりの確率で藤原家と伴家の権力争いが見え隠れしていることからも、本作が最終的にこの“応天門の変”へと向かって語りを進めることがわかります。

実は、在原業平と菅原道真という意外な組み合わせも“応天門の変”というキーワードを楔に打ち込むことで、ある共通項が現れます。実在の在原業平は別ですが、有名な『伊勢物語』で描かれるほうの在原業平は、藤原家との政争に敗れて零落する紀家の姫を妻にもらっていますし、菅原道真も昌泰4年(901年)、藤原時平との政争に破れ太宰府へ流されています。

つまり本作は、二人が“応天門の変”という藤原家の勝利が確定する事件が起こるまでに、いかにして藤原家専制と戦ったかを語ろうという意図があるように見えるのです。

もちろん、あくまで漫画ですので実在の歴史をそのままなぞるとは限りません。ですが、本作で描かれる平安京を覆う闇はあまりにも濃く、ふたりの青年の破滅がどうしても見え隠れしてしまう。そのような退廃的な雰囲気こそが本作の最大の魅力であり、平安時代らしさなのかと思います。

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この記事を書いた人

フリーの編集者。雑誌・Webを問わずさまざまな媒体にて編集・執筆を行っている。執筆の得意ジャンルはエンタメと歴史のため、無意識に長期連載になりがちな漫画にばかりはまってしまう。最近の悩みは、集めている漫画がほぼほぼ完結を諦めたような作品ばかりになってきたこと。

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