先の見えない時代を生きるヒントが詰まった令和版『るきさん』:『三拍子の娘』

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三拍子の娘
『三拍子の娘』(町田メロメ/DU BOOKS)
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電子書籍サービス「ebookjapan」で2021年に連載が開始され「このマンガがすごい!2022」(宝島社)“オンナ編”14位に選ばれるなど、話題沸騰中の『三拍子の娘』。不幸な境遇にもかかわらず結構楽しく暮らしている折原三姉妹のささやかな日々を、ほんわかとしたタッチで綴る本作。楽天家の長女・すみと、自由きままな次女・とら、優等生だが謎多き三女・ふじが織りなすテンポのよい会話に注目しながら、令和版『るきさん』(高野文子/筑摩書房)ともいえるような、日常系漫画の魅力を紹介したい。

思い煩うことなく生きるために身に付けた、三姉妹独自の人生観

病気で亡くなった母親の四十九日が過ぎた頃、あろうことか父親が「ピアノを弾きながら世界中を旅して好きなように暮らしたい」と宣言して、受験生の長女・すみと小学生の次女・とら、三女のふじを親戚の家に預けて蒸発。それから10年。大学を出て、就職して、自立した三姉妹は、その後ひとりも欠けることなく、ひとつ屋根の下で暮らしている。

三姉妹そろってバッティングセンターに行って憂さを晴らし、超巨大台風が過ぎ去るまで家の中に閉じこもり、酒盛りしながら踊り、映画を観て、将棋に明け暮れる……。思い煩うことなく生きているように見えながらも、実は三姉妹それぞれが独特の死生観や人生観を打ち立てながら、肩を寄せ合いなんとかやり過ごしてきたであろうことが、さりげない会話のやりとりや日々の行動のなかににじむところが、本作を傑作たらしめている。

突拍子もない発想で自由に行き来できる思考の柔軟さに驚かされる

全24話から構成される『三拍子の娘』第1巻における筆者のお気に入りのエピソードは、第9話の「インパラと木星」と第10話の「ベンド・ザ・ニー!」、そして第21話の「往生際からから」だ。喫茶店から突如舞台がサバンナに変わったり、食卓からいきなり宇宙空間にワープしたり、トイレットペーパーの往生際のよさに想いを馳せたり。突拍子もない発想で自由に行き来できる思考の柔軟さに、ページをめくりながらワクワクさせられるのだ。

「インパラと木星」では、ある日、取引先の女性にムチャな納期を押し付けられても怒らない理由を聞かれた長女のすみが、「私が楽観的なのって、夢だと思ってるからですかね。この人生を」と語り、「サバンナで眠っているインパラの夢だと思って生きているから、自分は常に楽観的でいられるのだ」と説明する。

一方「ベンド・ザ・ニー!」では、製菓メーカー「六花亭」の商品「マルセイバターサンド」を手に上機嫌で帰宅した次女・とらが、「下さい!」とすがるように飛びついてきた三女・ふじに、その日の夕食当番を替わることを条件にバターサンドを分け与える。食卓で夢中になって食べているうちに、いつしか二人は宇宙空間へ……。「ワープでもしたかのように全部食べちゃった」「すみちゃんが帰ってきたらしばかれる」というふじの声で現実に戻るのだが、「跡形もなければバレない!」とばかりに、予備で買ってきたビスケットでなんとかごまかそうとする。

第21話の「往生際からから」では、長女のすみと次女のとらが外でアイスを食べながら、残暑が厳しい夏に対して「夏も死ぬのが怖いんじゃないかな?」「だとしたらつまり夏は往生際が悪いってことだ」と独自の解釈を話し、さらに「でもその点トイレットペーパーは長~く居ると思ったら、からっといなくなる。死ぬそぶりを見せないあたり、大人って感じだよね」「往生際はそんな大人になりたいわ」と、哲学的な会話を繰り広げている。

令和版『るきさん』にそこはかとなく息づく「メメント・モリ」の精神

全24話から構成される『三女性同士のテンポの良い会話でほんわかとした日常を鋭い視点で切り取るという点では、以前紹介した昭和の傑作『るきさん』にも通じるところがある。だが令和の時代に生きる三姉妹には、育った環境と時代の空気がそうさせるのか、ラテン語で「死を忘れるな」という意味の「メメント・モリ」の精神が息づいているような気がしてならない。死の気配を身近に感じながら生きているからこそ、ささやかな幸せも感じられる。どんな大変な状況でも悲観せず楽しく暮らす三姉妹の姿の中に、先の見えないこの時代をたくましく生き抜くためのヒントがたくさんありそうだ。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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