
いわゆる“異世界”作品群の中でも、異色の立ち位置となる『異世界食堂』。大ヒット中の同名原作ライトノベル(著者・犬塚惇平、絵・エナミカツミ/主婦の友社)はテレビ東京系列でTVアニメも放送され、そちらをご覧になった方も多いのでは?
本作品のコミカライズには、完結済みのヤングガンガンコミックス版『異世界食堂』(漫画:九月タカアキ/スクエニ・エニックス)と、現在も連載中の角川コミック・エース版『異世界食堂 洋食のねこや』(漫画:ヤミザワ・モロザワ/KADOKAWA)の2種類があります。
そんな『異世界食堂』の魅力について、それぞれのコミカライズ版に共通する部分を軸に考えてみたいと思います。
転生もなく主人公すら存在しない異世界とは
“異世界”モノといえば、主人公が転生した異世界で多くのキャラクターと出会い、たくさんの仲間に囲まれていくパターンが一般的です。この『異世界食堂』も、タイトルだけを見れば同様に思われるかもしれません。
例えば、若くして料理界の新星となった料理人が異世界に転生し……。あるいは逆に、料理の腕はあっても運に恵まれず、冴えない人生を送っていた料理人が異世界で花開く……。そんなイメージも膨らみます。
が、実際の『異世界食堂』に登場する“現世”の人は、食堂のマスターであるオジサンだけ。渋めのナイスガイではあるものの、決して“主人公”らしいキャラクターではありません。いうなれば、お嬢様・お坊ちゃま主人公が活躍する作品に散見される、頼れる執事といったキャラクターでしょうか。
物語は、そんなマスターが切り盛りするレストラン……というより町の洋食屋さん「洋食のねこや」が、週に一度、土曜日の店休日だけ異世界に店の入口を開くという設定で進みます。異世界に店があるわけではなく、店の扉だけが異世界に開く。土曜日に店を訪れる客は、その扉を通ってきた異世界人たちなのです。
見れば見るほど謎めいた設定ですが、だからこそ異世界作品群でも異色な立ち位置となるわけです。


異色な料理漫画が紡ぐ異世界種族の物語
ちなみに、土曜日以外の「洋食のねこや」は、 “現世”で営業しています。
なので、食材はすべて“現世”モノ。これがお客の異世界人からすれば“異世界の食材”で、見たこともない食材と、食べたことがない料理に早変わり。見ず知らずの食べ物を前に、最初は誰もが身構えることになるのです。
が、一口食べると……。それこそ味わったことがない味覚に、「なんだこの美味しさは!?」となるわけです。
料理漫画は数あれど、作られた料理を食するのは基本的に人間です。当然ながら食材や調理法には何らかの見識や考えがあり、それを打ち負かす料理の魅力が、作品の核となります。
つまり、料理漫画としての土台や基本設定からして、本作品は従来のものと異なるわけです。異世界モノとしても、料理漫画としても、型破りだらけの『異世界食堂』。ですが、作品内で登場する料理はどれも本当においしそうです。
例えばシンプルな料理の代表例・オムライスをイメージすると、わかりやすいかもしれません。調理法こそシンプルながら、店によって味は千差万別。実に奥深い、料理人の腕や想いが試されるメニューといえます。
本作でも、オムライスは重要なメニューとして描かれています。リザードマンの戦士が大ハマりし、「洋食のねこや」を訪れる度に「オムライス。オオモリ。オムレツ。3コ。モチカエリ」と、オムライスを食べた後、部族用のオムレツを3つテイクアウトしていきます。
オムレツ3つで部族全員が? と思われそうですが、狩猟・採集生活を主とする彼らにとって、たったひと口でもオムレツは週に一度のご馳走なのです。
リザードマンの歴代勇者も、「洋食のねこや」のオムレツを愛したといいます。逆にいえば「オムライスを食べられるのは勇者だけ」「オムライスを食べたければ勇者となれ」という伝統が、戦士たちに根付いているということでしょう。
「洋食のねこや」には、異世界のさまざまな種族が客として訪れます。種族ごとに異なる文化や風習、嗜好性や志向性など、さまざまな背景が料理と注文を通して描かれ、それもまた物語の魅力となっていくわけです。
ヒロインは「料理人冥利に尽きる」と言わしめる笑顔が武器!?
主人公らしい主人公が登場しないと前述しましたが、ヒロインは存在します。
金髪に黒山羊の角を持つ村娘・アレッタは、十代半ばの魔族少女。疫病で両親を亡くし、ひとり廃墟に寝泊まりするホームレス生活をしていたところをマスターに救われ、「洋食のねこや」でウエイトレスとして働き始めます。
天真爛漫で頑張り屋、謙虚で純朴な性格はお客たちにも好評で、何より読者にとって甘美な存在に。いつしか、どんな相手も諫めてしまう彼女の笑顔なしには読み進められなくなるはず。まさに、笑顔は最大の武器! マスターからも、美味しそうに食べる表情が「料理人冥利に尽きる」と絶賛されています。
そもそも異世界の多種多様な種族が登場する作品なので、そのままでは時におぞましい、料理漫画らしくない世界観になってしまいがち。そこを救うのが、アレッタの笑顔と、こだわった料理描写なのです。
とはいえ、いずれも作品内では脇役的なスタンス。両者が主張し過ぎないバランス感覚の秀逸さも、本作品のポイントに挙げられるでしょう。
2種類のコミカライズには、物語の魅力を端的にまとめてサクッと読みやすいヤングガンガンコミックス版、アレッタなど登場キャラクターの描写がTVアニメに近く、各種設定等も細かいのが角川コミック・エース版、といった違いが見受けられます。料理描写やキャラクターデザインも異なるので、お好みで選択されると良いでしょう。


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