新生活を始める人の背中を押してくれる『レモンズ ぼくら海辺の本屋さん』

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レモンズ ぼくら海辺の本屋さん
『レモンズ ぼくら海辺の本屋さん』(川夏子/KADOKAWA)

幼い頃から叔父が経営する海が見える書店で働くことを夢見ていた主人公・竹井純が、美大卒業後、就職の決まっていない友人二人と共に意気揚々と叔父の書店に向かう。だが、目当ての書店はすでに跡形もなく、テナント募集の張り紙が……。聞けば、経営不振で叔父は既に店を畳んだ後だった。しかもそこから海は見えないという――。昨今、書店の形も様変わりし、現実社会においても東京や地方でさまざまな工夫をしながら小さな書店を営んでいる人もいる。実際に有りそうで無さそうな、夢を追う若者たちの姿を描いた本作の魅力を紹介したい。

目次

まるでリアル『レモンズ~』! 名古屋にオープンする私設図書館にワクワク

『レモンズ ぼくら海辺の本屋さん』について書こうと思っていた矢先、ちょうど目に留まったのが2022年3月26日に愛知県名古屋市にグランドオープンした「私設図書館もん」のツイートだった。地域の人が楽しく暮らすための居場所と繋がりをつくるべく、ブックカフェやレンタルスペースが併設された「借りれる、買える」私設図書館を、クラウドファンディングで内装工事などにかかる費用の一部を募って作るのだという。「私設図書館もん」のツイートを遡って読んでみると、家具をDIYで作ってみたり、壁一面の本棚を眺めて「“一箱古本屋”をやろう」と思いつき、早速参加者を募ってみたり……。建築家や内装工事のプロの手を借りながら、空きスペースが日ごと理想の図書館に近づいていく様子が伝わってきて、「まるでリアル『レモンズ~』だ!」とワクワクしてしまった。

夢見がちな甥っ子を諭す含蓄ある叔父の言葉が胸に突き刺さる

『レモンズ~』には、後ろ髪を引かれながらも限界を感じて書店を畳んだ叔父を、幼い頃からの夢をあきらめきれない甥っ子があふれる情熱で「もう一度やろう」と説得し、一見適当なようで実は芯のある仲間たちとアイデアを出し合い、共に成長していく過程が描かれる。

「俺の考える本棚には『絶対にこうしたい!』っていう理想が2つだけあって――」と、夢見がちに理想を語る甥っ子に、前店主である叔父が「夢が大きければ大きいほど、それを実現するためには具体的な小さな行動の積み重ねが必要になる。みんなが愛してくれるのは夢じゃない。夢を叶えるために実行された数え切れない努力の積み重ねだ。どうすればいいかひとつずつ考えてみろ。そして間違っていてもいいから一つずつ実行してみなさい」と、自らの経験を基に言い聞かせる言葉が深く、夢見る時期を過ぎた筆者の胸にも突き刺ささる。

ポジティブな発想が夢を現実へと変えるひと押しに

だが、一方で甥っ子の友だちが語るように「逆にいえばなんでもないちっちゃなことの積み重ねでいいんだよ」「別に一人で全部やろうと思わなくてもいい」「ニコニコしながら楽しそうにしてたら、結構みんな面白がって協力してくれる」というのも真理をついているし、「もし失敗したとしても自分が諦めない限りは何度だって挑戦できるし、挑戦するたび自分の腕が上がっているなら、むしろそれは喜ばしい」とも言える。そんなポジティブな考え方のおかげで、夢を夢のままで終わらせることなく、着実に現実へと変えることができるのだ。

彼らが書店を開店する直前で『レモンズ~』の第一部の幕は閉じるが、これが現実ならまだスタートラインに立ったばかり。本が一冊売れて「必要だって言われたみたいで嬉しかった」と浮かれる甥っ子に対し、「たった一冊で偉そうにするな。売れ続けなきゃ続けられないんだ」と叔父が諭したように、どんな商売も始めるより続けることの方が何倍も難しい。だが壁にぶち当たっても、この仲間と一緒ならきっとどんな困難だって乗り越えられるはず。4月から新生活をスタートさせる人々の背中を押してくれる、読むと前向きになれる一冊だ。

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この記事を書いた人

インタビュアー・ライター。主にエンタメ分野を中心に、著名人のインタビューやコラムを多数手がける。多感な時期に1990年代のサブカルチャーにドップリ浸り、いまだその余韻を引きずっている。

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